車谷長吉の半生を知るおすすめ本5選!

更新:2021.12.13

車谷長吉は自分の転落人生や家族類縁のネガティブな話題(自殺、障害など)を包み隠すことなく見せてくれる小説家です。その生々しい描写は実際の人の人生を覗いているような快感を私たちに与えてくれます。

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直木賞作家車谷長吉

車谷長吉(本名車谷嘉彦)は1945年に兵庫県姫路市に生まれました。中学時代は県下一の進学校を目指しますが、あえなく失敗。自暴自棄になっていた高校生活の最中に夏目漱石や森鴎外の著書を読み、文学に目覚めます。

その後、慶応義塾大学に入学。大学時代に読んだ嘉村礒多の本に小説家という道を見出します。小説家になるという願望を抱いた車谷でしたが、卒業後は生活のため広告代理店へ就職。サラリーマンとしての生活に世間の醜さを感じ、鬱々とする日々を過ごす中、処女作『なんまんだあ絵』が文芸誌『新潮』の新人賞候補に。これを機に会社を辞め、本格的に小説家を目指すことを決めます。このとき車谷長吉二十八歳。

しかしこの後、これといった作品を生み出せない苦悩の時期がやってきます。この世に希望を見出せなくなった車谷は下足番、料理屋の下働きなどの職を転々とします。その間も小説家になるという目標をあきらめることはありませんでした。ついに『赤目四十八瀧心中未遂』で直木賞を受賞したとき、処女作の発表より実に二十六年が経過していたのです。

まさに人生をかけて小説を書いた男、車谷長吉。そんな彼の姿を浮き彫りにしてくれる著作をご紹介します。

車谷長吉の半生を読みたいならこの本

この作品は車谷長吉の自伝的小説です。この本はいわば彼の半生を丸ごと書き収めたものになっています。

主人公の生島嘉一は若いころから西行や一休宗純といった「世捨人」の著書にひかれ、いつか自分も「世捨人」として生きたいという願いを抱きながら、ついに果たせず、ずるずると人生を生きている男です。

慶応大学を卒業しながら、最初に就職した広告会社の栄転を蹴って辞表を出し、総会屋の隠れ蓑として設立された左翼新聞社に転職。その後もごみ収集員、下足番、料理場の下働きと仕事を転々とします。

これは車谷長吉の人生そのものです。特に一度小説が新人賞候補に上がったものの、その後はさっぱり目が出ないのに、小説への未練を断ち切れず苦悩する様。長く世に知られることのなかった不遇の作家車谷長吉の姿がここに書かれています。

著者
車谷 長吉
出版日

またこの作品には「世捨人」になりたいという、現代社会になじめない多くの人が抱えている隠れた願望が生々しくかかれています。

物語序盤で、生島は高校で同級生だった僧侶を訪ね、仏門への道を探ろうとします。しかし、寺で聞いた話は想像を絶する過酷なものでした。朝、昼、晩と用意されるのは飽食の時代には信じられないほどの粗末な食事。テレビも新聞もなく、夏は藪蚊に、冬は寒さに耐えての座禅修行など、生半可な気持ちではとても務まらない生活を聞き、生島はそれに耐えきれるのか自問自答を続けます。俗世への絶望を抱きながら結局世を捨てるまでに至れないという矛盾が、激しい自己嫌悪になって生島に襲い掛かります。そんな自分を現した言葉がタイトルの『贋世捨人』というわけです。

この小説が出たのは車谷が直木賞を受賞した後です。栄光を味わった後に、これだけ自分の不遇の過去を露出して書けるというのは凄いことだと思います。車谷長吉を知るためには欠かせない一冊といえるでしょう。

車谷長吉の家族について知りたいならこの本

『鹽壺の匙』には車谷長吉の作品でたびたび登場する親族にまつわる物語が収録されています。

「なんまんだあ絵」は小説新潮の新人賞候補になった作品で、おみかさんという車谷の田舎の祖母の話です。この作品は彼が小説家を目指すことになったきっかけとなった記念的作品ですが、そこから車谷の苦悩が始まるわけです。この辺の事情は『贋世捨人』を読むとよくわかります(おそらく『贋世捨人』の中に出てくる「田舎の葬殮準備」という作品のモデルがこの「なんまんだあ絵」だと思われます)。

田舎の老婆おみかさん、孫は都会にでていますが、彼の帰省中にぜひとも縁談をまとめたいと願っています。そして、それをきっかけに自分の死の準備もしてしまいたいとも思っているのです。この死の準備を周りに気が付かれず、そっとやってのけたいおみかさんですが…。死が身近にせまっているものの日常にはっとさせられる作品です。

著者
車谷 長吉
出版日
1995-10-30

「鹽壺の匙」は車谷長吉の叔父宏之が若くして自殺した過程を淡々と描いた作品です。この中で車谷は自分の家系をさらしています。曾祖父と祖母が金貸しで(今の闇金に近く、銀行などではお金を借りられない人にお金を貸していたそうです)、極道との渡り合いもある家庭でした。そして曾祖母のむめおばあさんの暗い過去。これらのじっとりとした背景の中に叔父宏之を書くことで、車谷長吉の屈折した世界が浮かび上がってくるようです。叔父が首を吊ったシーンの描写はあっさりしていますがすさまじく印象的です。

他、実父のことを書いた「吃りの父が歌った軍歌」も収録されています。

車谷長吉の読書遍歴が分かる本

この本は車谷長吉の読書の記録です。最後の私小説家の異名をとる彼の作風をつくりあげたその源泉がわかる本といえます。

たとえば冒頭は「三つの小説」という章ではじまります。近代日本の小説で車谷が選ぶベストスリーを紹介しているのですが、そこで彼は『楢山節考』をあげるのです。これは姥捨て山の話ですが、主役の老女は自分の死を意味する姥捨ての日を当たり前の、むしろ喜ばしいこととして捉え、嬉々としてその「死ぬ」日の準備をします。この死の準備が日常の中に位置づけられている構図は車谷の処女作「なんまんだあ絵」と似た作りだと思われます。

著者
車谷 長吉
出版日
2010-07-28

また、この本は最高のブックガイドでもあります。中に紹介されている本は近年書店でベストセラーになるような流行の本ではありません。三島由紀夫、夏目漱石、内田百閒、谷崎潤一郎、志賀直哉……。いわいる日本の純文学が中心です。紹介の基準はタイトルを見ていただければわかるかも知れません。文士の魂、これを感じられる作品。車谷長吉の信条をよく表している言葉が漱石の次の言葉です。

「生きるか死ぬか、命のやり取りをする様な維新志士の如き烈しい精神で文学をやつてみたい」

このような命の輝きが見える作品がずらっと100編ほど紹介されているのです。車谷長吉の作風に惚れこんでいる人間にとっては必ず手に取りたくなる名作の数々。そして、車谷の紹介の仕方がまたうまいのです。小説の核心を短い文章でさっとなぞりながら、その作品の「どこ」が名作足りうるのか鮮やかに解説してくれています。

人の情念の世界を描いた短編小説集

『金輪際』は車谷長吉の私小説の中でも比較的短い短編小説の集まりで編まれています。初めて車谷を読む人にも読みやすく、おすすめできます。もちろん短いからというだけではありません。その短さのなかに車谷長吉のどろっとした世界観と、羞恥をかなぐり捨てて自分の人生を書くという作風が濃縮されており彼の真髄を味わうことができるのも理由の一つです。

著者
車谷 長吉
出版日

この本の最後に収録されている「変」という小説は、嘱託社員として働いていた「私」(車谷)がいきなりリストラされるところから始まります。続いて心臓発作を起こして病院に担ぎ込まれるという運のなさ。せっかく芥川賞の候補になった著作『漂流物』は時節柄ふさわしくない(阪神大震災とオウム事件の年だったため)という理由で落とされてしまいます。

芥川賞を切望していた「私」は白紙で人型を作り、当時の審査員三浦哲郎、大江健三郎等九人の審査員の名前を書きました。そして深夜の神社で丑の刻参りを実行するのです……。ここで審査員の実名をすべて書き並べる大胆さ、笑ってしまうぐらいの狂態を読者に見せつけてくる私小説家の意地。圧倒されるものがあります。

日常の車谷長吉を発見する

車谷長吉の雑文集的本です。中を見ると『鹽壺の匙』等作品のあとがきや読書日記(『文士の魂』ほどまじめな読書ガイドではなく、本当に何を読んだかをさっとメモしたかのような文章)、映画『赤目四十八瀧心中未遂』のパンフレットに載っていた視聴感想や俳優さんへのお礼文などがあります。

表題作の「雲雀の巣を捜した日」も短いエッセイです。昔車谷長吉が友達が雲雀の子を飼いならしている友達をうらやましく思い、雲雀の巣を探していて母に叱られたというのどかな内容。激しい私小説とは一風違った車谷の「日常」を垣間見ることができる作品集となっています。

著者
車谷 長吉
出版日

そしてこの本でぜひ見ていただきたいのが「凡庸な私小説家廃業宣言」。これは車谷が『刑務所の裏』という小説に実際の人物を実名で登場させ、この人物に迷惑をかけたことへのお詫びを記したものです。その反省の形として私小説を今後書かないことを誓うと書かれています。

実際、車谷長吉はこの件で提訴されているのです。車谷が私小説を辞め、史伝小説など別ジャンルの小説執筆に移行した契機となる貴重な文章です。

慶応義塾出身のエリートでありながら、出世コースを棒に振り、小説家への志を選んだ車谷長吉。その生き方は現代の社会に疑問を持つ多くの人の心に奇妙な魅力を持って迫ってきます。作風は暗いのに、なぜか読んだ後ほっとさせられるのは世俗的な世界につかれている証拠なのでしょうか。毎日目まぐるしく生きている人はぜひ車谷長吉の人生を覗いてみてほしいと思います。

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