1970年代の伝説的ギャグ漫画が、連載開始から40年以上を経て、まさかの再ブーム?!各地で原画展が開かれたり、グッズが売り出されたり……そんな人気再燃中の本作の魅力は、いったいどこにあるのでしょうか。もう1度確認してみましょう!
本作は「週刊少年チャンピオン」にて、1977年から1979年まで連載されていたスラップスティックギャグ漫画です。ドタバタとにぎやかで、理屈がなく、リズムのあるギャグがテンポよく連発されていく、読んでいて心地よい作品です。
高校1年生になった沖田そうじが、「菠薐荘(ほうれん荘)」という下宿に引っ越してくるところから物語は始まります。そこには先に2人の先輩が入居していて、彼らは落第コンビ。1人は落第10回生の膝方歳三(トシちゃん)25歳、そしてもう1人は落第24回生の金藤日陽(きんどーちゃん)40歳です。
2人は常識の枠からはみ出した……というよりは、最初から常識の枠の中にはいない人たち。この2人とクラスメイトになったそうじは、彼らが常識からは遙か遠いところで巻き起こす騒動に毎回巻き込まれ、その都度困ったり悩んだりするのです。
というのが基本的なストーリーで、ほかには少しだけそうじやトシちゃんの恋愛事情が描かれるくらい。特に展開らしい展開はありません。
連載の毎回16ページはほとんどがギャグに費やされていて、ストーリーといえる部分は僅かです。だからこそ、誰がいつどこから読み始めても楽しめるのです。
マカロニほうれん荘 (1) (少年チャンピオン・コミックス)
それまでのギャグ漫画には見られなかったスピード感とリズム感を伴った、息もつかせぬギャグの応酬、巧緻なタッチと描写、そして垣間見える芸術性など、1970年代においてまったく新しいスタイルで描かれた作品でした。現在のギャグ漫画の礎を築いたといっても過言ではないでしょう。
単行本は全9巻。初めて読む人も、どの巻のどのページから読み始めても、きっと楽しめます。未読の方は、今からでもぜひどうぞ。
『マカロニほうれん荘』の作者・鴨川つばめのデビューは1975年、「週刊少年ジャンプ」で新人賞を受賞してのことでした。受賞作品は『ドラゴン危機一髪』。
バロン吉元のアシスタントを務めたのち、受賞によりデビューした彼は、1977年から「週刊少年チャンピオン」で本作の連載を開始します。同じ頃「月刊少年チャンピオン」では、やはりギャグ漫画の『ドラネコロック』を連載していました。
その頃の「週刊少年チャンピオン」は人気絶頂期。『ドカベン』『がきデカ』『ブラック・ジャック』などヒット作品ばかりが連載されていました。そんな黄金期を、鴨川は『マカロニほうれん荘』で支えていたのです。
弾けるような鮮烈なギャグが毎回炸裂する漫画を描いてはいましたが、彼自身はとても真面目な人だったようで、アシスタントを使うことを「手抜き」だと言って、すべての原稿を連日徹夜をしながら、ほぼ1人で仕上げていたのだといいます。
また、キレのあるギャグをコンスタントに提供し続けることにプレッシャーを感じ、早期に本作の連載終了を編集部に申し出ていたとのこと。しかし、人気作品であるがゆえにそれは聞き入れられず、彼はさらに追い詰められてしまいます。
さらにはいくつかの理由で編集部と折り合いがしだいに悪くなったこともあり、彼の気力は連載が進むにつれ失われていき、それは原稿にあからさまに見えるようになります。
最終回近くの5話分ほどは、サインペン1本で定規を使うこともなく、まるで殴り書くような原稿が誌面に掲載されました。その末に、本作の連載は終了してしまうのです。
僅か2年の連載でしたが、連載終了から40年以上が経っても絶版になるどころか、ずっと版を重ねています。平成に入って50版を越え、現在もまだまだ読み継がれる名作です。
主人公の名前は「沖田そうじ(おきた・そうじ)」、彼を悩ませる落第コンビの名前は「金藤日陽(きんどう・にちよう)」と「膝方歳三(ひざかた・としぞう)」……聞き覚えがありますよね?
さまざまなジャンルから多くのパロディを盛り込む本作は、主人公たちの名前もパロディ。もちろん、もとネタは沖田総司、近藤勇、土方歳三。幕末の勤皇の志士・新撰組の一番組隊長、局長、副長です。
ただしモチーフとしているのは名前だけで、実在の人物、あるいは後世の新撰組を題材にした創作から性格などのキャラクター付けをされているわけではありません。
しかしながら、新撰組の沖田・近藤・土方といえば、日本人なら知らない人がいないほどの有名人です。そこから名を得ることで、読者も親近感を覚えやすいのではないでしょうか。
「きんどーちゃん」こと金藤日陽の名前は、さらにもう一捻りパロディが入っていて、これもみなさんすでにお気付きのとおり「金土日曜」に引っ掛けたものです。駄洒落に分類される捻りですが、こうしたナンセンスなエッセンスが少し加わることで「きんどーちゃん」というキャラクターに味が出ているのです。
本作は鴨川つばめが20歳のときに描きはじめた作品ですが、ペンタッチや構図やギャグのセンスなどは、すでに完成されたものだったと各所で評されています。
特に毎回の扉絵(タイトル表紙)は、漫画本編の内容とは関係のない図柄がデザインされることも多く、それ1枚が独立した作品であるといえる完成度を持ったアートでした。
1960~1970年代、ちょうど本作が連載された頃に英米で盛んになったポップアートの要素を、多分に含んだ画風が特徴です。
特に単行本第2~4巻辺りに収録されたものにはその傾向のものが多く、さらにはシュールレアリスムの要素を含んだ、ちょっと見ただけでは了解できない世界観を持つ扉絵もあり、読者を大いに楽しませました。
扉絵のタッチと本編のタッチが大きく異なるわけでなく、扉絵でアートを描いたタッチでそのまま本編のスラップスティックなテンション高いギャグ漫画を描きます。ときには本編中に本作の世界観を保ちながら、アートを描き出す一場面が挿入されることもあるのです。
たとえば、単行本第7巻に収録されている「日はまた昇る!」というエピソードは、トシちゃんが一定周期で変身する童話作家・七味とうがらし先生が主人公となるストーリーですが、終盤の七味先生が歩く夜の盛り場は、1ページを1画面として描かれています。
1画面に数多くの要素を詰め込んで細密に描かれていて、夜の都会の異常性や危険性をアーティスティックに表現。それでいながら本作の世界観を失わない=七味先生が画面の中心にいることに違和感がない1枚の絵に仕上がっているのです。鴨川つばめの技術と、アーティスト性の高さが窺えます。
先にも述べましたように、本作にはストーリーらしいストーリーはほとんどありません。ストーリーはきっかけとして存在して、あとはテンポよいギャグの応酬で展開し、軽くオチがついておしまいになるというのが各話のパターンなのです。
怒濤のように押し寄せてくるギャグにはパロディが含まれますが、本作が連載されていた1970年代のポップカルチャー・サブカルチャーがそのモチーフとされ、数多く盛り込まれています。
なかでも、鴨川自身が大好きで何度も題材として取り上げているのが、ハードロックやパンクロックなどの洋楽、当時たくさん放送されていた特撮作品、そしてミリタリーです。
洋楽は曲のタイトルが作品のサブタイトルに使用されたり、アーティストそっくりの人が作中に登場したり、またギャグの一部としてアーティストが着ていた衣装のデザインが取り入れられたりと、わかりやすいところから細かなネタまでが織り込まれています。
特撮は、きんどーさんやトシちゃんたちが怪獣の着ぐるみを着たり、特撮ヒーローに変身したりするギャグも多いので、頻繁に登場。「ギャグの表現」としてそういう姿になるのかと思いきや、きんどーさんたちは実際に着ぐるみを着用しているという設定のようで、たくさんの着ぐるみを虫干ししている場面が登場するエピソードもあります。
ミリタリーは航空機や戦車、銃器などの小道具が登場するだけではなく、ストーリーそのものがミリタリーパロディになることもしばしば。さらさらっと流して読んでももちろん面白く読めるようになっていますが、実は細かいところまで史実に忠実に描かれている部分もあったりして、ミリタリーファンも納得の仕上がりなのです。
主にこれらの要素のパロディが多かったのですが、そのほかにも流行歌や、当時放送されていたテレビCM、当時はゴールデンタイムにテレビ放送があるくらい人気があったプロレスなど、パロディのネタは多岐に渡ります。
このことから、鴨川つばめ自身がのちに述べているように、本作は彼のアイデアの抽斗に詰まっていたもの総ざらえという感じに描かれた作品なのだということが、よくわかりますね。
先ほども述べましたとおり、本作にはロックの要素が多分に取り入れられています。単行本第1巻の表紙カバー絵でも、中心にいるのはロックギタリストの扮装をしたトシちゃんです。扮装のモチーフとなったのはレッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジでしょうか。
実は、彼はイギリスのロック・ミュージシャン、ブライアン・フェリーがモデルだともいわれています。いわれてみれば、連載がはじまる頃にリリースされた3枚目のアルバム『LET'S STICK TOGETHER』のジャケットに写るブライアンは、トシちゃんとよく似ているようにも見えます。
単行本第1巻に収録されている「華麗なるアイスコーヒー」というエピソードでは、主人公・そうじたちが住む「ほうれん荘」の大家の娘・かおりが経営する喫茶店に、客としてイギリスのロックバンド・クイーンのメンバー4人が訪れました。
また、1970年代~1980年代頃は、喫茶店でBGMのリクエストをすることができた時代。このエピソードでは来店したクイーンのギタリスト、ブライアン・メイが、かおりにクイーンの『華麗なるレース』をリクエスト。『華麗なるレース』というのは邦題で、原題は『A Day at the Races』といいます。
1980年代までは、洋楽や外国映画が国内に入ってきた際に原題を使わず、日本語のタイトルをつけてしまうことがほとんどでした。『華麗なるレース』もそのようにしてついた邦題ですが、ブライアン・メイがこの曲をリクエストしたエピソードのサブタイトル「華麗なるアイスコーヒー」も、曲のタイトルを捻ってつけたものかもしれません。
第8巻「天才きんどーさん?!」では、きんどーちゃんが描いた漫画という体で「ロックまんが」が描かれています。レッド・ツェッペリン、ジューダス・プリースト、キッスなど、現在も名を残し、盛んに聴かれ、フォロワーも多く存在するバンドが1コマ漫画に描かれているのです。
鴨川はクイーンが特に好きだったよう。大胆にも単行本第3巻の表紙カバー絵は、クイーンの6作目のアルバム『世界に捧ぐ(News Of The World)』のジャケットアートのパロディです。
これは、クイーンというバンドを知らなくても誰でもこの曲は知っているだろうという『We Will Rock You』や『伝説のチャンピオン(We Are the Champions)』が収録されているアルバムです。
そのほか、きんどーちゃんとトシちゃんの落第コンビに翻弄される教師・クマは、2人のペースに乗せられてしまうと「戦慄のハード・ロッカー」として歌い出してしまいますが、そのときの衣装やアクションは、クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーをモチーフにしています。
こういった画面の端々の細かい点でも、ロックのネタが見られるのです。英米ロックが好きな人は、ぜひ探しながら読んでみてください。
人間離れした落第コンビ、きんどーちゃんとトシちゃんは、たびたび人間以外の何かに変身します。変身する姿は、特撮もののキャラクターであることがとても多いです。
その始まりは第1巻のエピソード「負けるな!ひざかたさん」です。冒頭で「サルトラマンレオ」と称して、きんどーちゃんが円谷プロダクションの特撮番組ウルトラシリーズ第7作の主人公「ウルトラマンレオ」の姿に。
もとネタのウルトラマンレオの胸には「レオサイン」(レオの故郷L77星の文字で「レオ」の意味)が書かれているのですが、彼が扮するサルトラマンレオは胸に「俺」という漢字を上下逆さにしたものが書かれています。ベタベタの駄洒落が、かえって笑いを誘います。
その後も第2巻「ドシャぶりロック」で雷に打たれたトシちゃんが、東宝特撮映画「ゴジラ」シリーズに登場する怪獣「アンギラス」になったり、大映特撮映画「ガメラ」シリーズのガメラになって火を吹きながらそうじたちを追いまわしたり、3つ首の竜「キングギドラ」になったりと、怪獣変化で暴れるのです。
しかもその後、最終ページでは1ページまるごと使って、さらに大暴れ。ゴジラ、モスラ、カネゴン、ケムール人、仮面ライダーアマゾン、帰ってきたウルトラマン、風雲ライオン丸、モゲラ、海底軍艦……その他たくさんの特撮キャラクターに扮したトシちゃんが多数同時出現して、ほうれん荘は大騒動です。
また、第6巻「女神へのキャラバン!!」で挿入される「これから30分……あなたの目はあなたの体を離れて、この不思議な時間の中に入っていくのです」という台詞は、ウルトラシリーズ第1作『ウルトラQ』の有名なナレーションです。この場面はエピソードの導入部に過ぎないのですが、このような部分にもパロディネタがつぎ込まれています。
ロックやミリタリーなどのほかのネタについても同様ですが、鴨川つばめはジャンルをひとつに絞ったとしても、多岐に渡るモチーフを同時に使用することが少なくありません。メインに据えるときもありますが、背景の要素の1つとしてさりげなく用いるときもあり、知識の豊富さとジャンルのカバー範囲の広さは20歳そこそこの青年とはとても思えません。
昔から、漫画家は漫画のことしか知らないのではいけない、漫画家になるなら広い範囲のことを学びなさいといわれていますが、彼の知識量・情報量には頭が下がってしまいます。
本作に登場するミリタリーの要素は、ミリタリーに詳しい人から見てもかなり正確なのだそう。軍服や装備品などが実在のものに忠実に描かれ、その取り合わせも正しいのだと、高い評価を受けています。
また軍装品だけでなく、史実もパロディの要素として使用頻度が高いのがポイント。たとえば、単行本第7巻収録の「勇者よいずこ!!」では、トシちゃんはオットー・スコルツェニー大尉に扮しています。スコルツェニー大尉は、第二次世界大戦時のナチス・ドイツ軍に実在した軍人です。
エピソード冒頭のナレーションのとおり、イタリアの独裁者ムッソリーニが首相の座を追われ、グラン・サッソの山荘に捕らわれていたのを、同盟国ドイツのヒトラーの命により、武装親衛隊大尉のスコルツェニーが指揮官となって救出に向かったのです。
この「グラン・サッソ襲撃」と呼ばれる事件を、まるごと「勇者よいずこ!!」というエピソードはモチーフにしています。
『マカロニほうれん荘』と同じ頃に「月刊少年チャンピオン」で連載されていた鴨川の作品『ドラネコロック』から、泉屋おやじが総統(ヒトラー)役として出演してギャグを挟み、ストーリーを盛り上げます。
後に続くストーリーもハチャメチャですが、スコルツェニーたちが山荘にグライダーで降下して戦闘を発生させることなく、しかも無傷でムッソリーニを救出したというのは、なんと史実の通りなのです。
登場するドイツ武装親衛隊の制服や徽章、作戦に使用された輸送用グライダーDFS230などの軍装品は正確に描かれ、しかしトシちゃんたちキャラクターや本作の世界観も壊すことなく、ストーリーがまとめ上げられています。ミリタリーパロディのなかでも、完成度が高いエピソードです。
もちろん、このエピソード以外にもミリタリーに関係するものは頻繁に登場。第6巻「水の中の太陽!!」では、旧日本海軍の制服を着たトシちゃんが戦火のなか、杉野兵曹を探しまわる場面が挿入されます。
これは、日露戦争時の広瀬武夫中佐と杉野孫七上等兵曹の旅順港閉塞作戦での逸話が元ネタですし、第5巻「未知との行き違い」では落第コンビの悪ふざけに怒りを爆発させたそうじが、旧日本海軍の戦艦「陸奥」から砲火を浴びせています。
こんな感じで、小ネタ風にミリタリーの要素は頻繁に差し挟まれているのです。もとネタとして引用されるのは、第二次世界大戦時のナチス・ドイツ軍と、旧日本軍の装備や史実エピソードが特に多いよう。
本作の扉絵は、アートの香りが高いものが非常に多いということを前の項で述べました。実をいうと、これら扉絵は雑誌掲載時と単行本収録時で、やや異なっているものも存在するのです。
特に例を挙げるなら、第4巻収録の「センチメンタル・サーカス!!」の扉絵。手に白鞘の日本刀を持ったセーラー服姿の少女が中央にいて、背景は黒ベタに水玉が数個浮かんでいる図柄です。少女はスカートの正面中央の裾を口にくわえていて、下着を見せています。表情がキリッとしているからか、不思議といやらしさはありません。
雑誌掲載時は2色刷で、単行本に収録されているものよりも水玉の数が多かったのです。水玉の中には映り込みの模様が描かれていますが、この中に文字が映り込んでいるのが雑誌掲載時は読み取ることができました。
水玉に映り込んでいた文字は1つに1文字で、全部で11文字。「お」「と」「な」「な」「ん」「か」「き」「ら」「い」「だ」「よ」。単行本収録版の扉絵には水玉が9つしかなく、映り込みが確認できるのはそのうち5つ。しかも、映り込みは文字として読めるものではなくなってしまっています。
雑誌掲載時は原画のまま印刷されて、単行本収録時に何らかの理由で、意図的に原画のメッセージを読めなくしてしまったのでしょう。
単行本収録の際になぜこのような加工がされたのかが語られている資料は、現在のところ見つかっていません。雑誌掲載時に気づいた人、2018年に国内数箇所で開催された原画展で気づいた人だけが知るメッセージです。
本作は連載開始後またたく間に人気作品となり、「週刊少年チャンピオン」の看板ギャグ漫画だった『がきデカ』(山上たつひこ)と肩を並べるまでになります。間違いなく当時の「週刊少年チャンピオン」を牽引する作品でした。
それだけのヒット作を描いているにもかかわらず、「チャンピオン」編集部の方針で原稿料は安く抑えられていて、鴨川は賃上げを交渉。しかし、聞き入れられませんでした。
これにヒット作をヒットさせ続けることや、ギャグ漫画としての質を保つことのプレッシャーが重なり、耐えられなくなった彼は編集部に連載終了を申し出ます。
しかし、人気作品を手放したくない編集部はこれもやはり聞き入れず、2週間連載が止まったこともありましたが、その後連載は再開。先の項目で述べましたように、アシスタントを使うのは手抜きだと、1人ですべての原稿を仕上げていた彼はやがて限界に達し、雑な原稿を描くようになりました。
最終的にはサインペン1本で人物も背景も描き、構造物を描くときにも定規を使わず、頼りない線を引くような、明らかに力が入っていない原稿を誌面に掲載しなければならなくなったのです。その結果、1979年には編集部もとうとう苦渋の決断。
『マカロニほうれん荘』は、「週刊少年チャンピオン」1979年10月15日号に掲載された第123話をもって連載を終了しました。僅か2年と少しの短い、しかし、なるべくして伝説となった連載でした。
後年、新聞の取材に答えて、鴨川は「ギャグ漫画家の才能は、神様が一生のなかで、たった1本だけくれた鰹節のようなもの」と述べています。連載をはじめる20歳の頃までの10年間に蓄積したものを、すべて使い尽くしたとも。
1本だけの鰹節を少しずつ削り小さくしていきながら、彼は『マカロニほうれん荘』という伝説をつくり上げていったのでした。
本作が、当時の少年漫画読者に大きな影響を与えたことは間違いありません。その証拠といえるもののひとつは、現在、国内各地に「マカロニほうれん荘」という賃貸アパートが何軒も見つかること。筆者の地元にもあります。きっとオーナーが、当時の読者なのでしょう。
鴨川つばめの画力は誰の目にも卓抜していて、絵画的センス・ギャグセンスも無二のものを持ち合わせています。安定した高い技術が、ハイテンション・ハイブラウなギャグを支えて本作の魅力を生み出していました。
鴨川は本作の原稿を、本稿でもすでに述べたとおり、アシスタントを使わずたった1人で描いていました。本作を連載していた1978年前後は、彼の人気絶頂期。週刊誌用の原稿を月に5本、増刊用の原稿を月に2~3本、人気作品の作者ゆえに掲載誌の表紙を飾るイラストも、月に数回は描かなくてはなりませんでした。
漫画原稿がモノクロよりも手間がかかる2色刷りになることもたびたびあり、雑誌の表紙用イラストは、当然フルカラーで描かなくてはなりません。大変な作業量ですが、彼は眠気覚ましのアンプルを日に10本以上も摂りながら何日もの徹夜をくり返し、1人で描き続けたのです。
近年、雑誌のインタビューに答えて、彼は当時「この作品と心中してもいいという気持ちでいた」と述べています。その覚悟で描いていたにもかかわらず原稿料は上がらず、作業量は増えていく。そんな状況でいれば消耗していくのも仕方がありません。
『マカロニほうれん荘』は作者が精魂込めた作品であるがゆえに、短期間の連載で終了してしまったのでしょう。
連載期間こそ短かったものの、本作は鴨川つばめの持てるものがすべてつぎ込まれた、濃い作品であったといえるのです。
本作の単行本は、全部で9巻出ています。先の項でも述べましたように、連載終盤の鴨川つばめは、もう燃え尽きてしまっていて、以前のように丁寧な原稿を仕上げることはできなくなっていました。
単行本第9巻収録話では「野球のフィナーレ!!」(第112話)辺りから、人物にはしっかりペンが入っているものの、背景が白かったり線が雑になりはじめ、「トシさまの最後!!」(第122話)では人物も漫画用のつけペンのタッチではなくなっています。背景もすべてフリーハンドの線で、見るからに雑です。
最終話「元気でなーっ!!」は人物も背景も、サインペン1本で描いたラフ画のような状態で、ストーリーもトシちゃんが七味とうがらしという売れっ子絵本作家であることが周囲にバレてしまい、ほうれん荘界隈には居づらくなってしまうという寂しいものでした。
ペン1本の雑な原稿は、単行本には2本だけ収録されていますが、最終話間際の5本のエピソード(第114話「乙女の輝き!!」、第115話「ニコニコ大戦争!!」、第116話「スイカ音頭です!!」、第120話「真夏の夜の夢!!」、第121話「不良はコワイゾ!!」)は単行本をはじめ、文庫版や電子版など、どの版にも未収録となっています。
収録されている2本は、『マカロニほうれん荘』というストーリーのおしまいを語るために必要なので収録されていますが、ほかの5本は従来通りの1話完結もので、ストーリーには影響がありません。
また、描いた鴨川自身が雑な仕上がりを恥じて収録しないように編集部に願い出たため、第9巻には最終話直前の5本は収録されず、現在刊行されているかたちにまとまったとのこと。
ほうれん荘を出る決意をしたトシちゃんに、きんどーちゃんと第6巻辺りから登場頻度が高くなってきたなんだ馬之介(初登場時は「前田馬之助」)が「どこまでも一緒に」と立ち上がります。
3人は新天地を目指し旅立ちますが、ラストシーンは木製の手こぎボートに乗り合わせて、だだっ広い海を流れていくというものでした。海は茫洋としていて、希望というよりも、終焉の地を探す旅のようでもありました。
連載終了後、別の作品の連載を挟んで続編『マカロニ2』が連載されたり、まったく別の作品に本作のキャラクターがメインとして登場するなどで、落第コンビたちとの再会の機会はありましたが、かつての爆発力あるギャグ漫画が復活することはなく、いずれもひっそりと終了してしまいます。
また、鴨川自身も本作の後に数作を残して、ひそかに世の中の表舞台から姿を消してしまいました。実に寂しいフェイドアウトですが、『マカロニほうれん荘』という作品は消えてしまうことなく、40年の時を経た現在も、ギャグ漫画の系譜に輝き続けているのです。
常識外れのキャラクターと、ハイテンションスラップスティックギャグで時代に笑いの渦を巻き起こした『マカロニほうれん荘』。今も色褪せることなく、語り継がれ読み継がれています。生涯に1度は体験しておくべき作品であるといえましょう。
未読の方にはぜひともおすすめしたい、ギャグ漫画No.1です。