「生物多様性」という言葉をご存じでしょうか。地球上には確認されているだけで約175万種の生物が存在し、相互に生態系を支えあっています。もちろん人間もその生命システムの一員で、だからこそ「生物多様性」を保護することは重要なのです。この記事では、概念や定義を解説したうえで、重要性や問題、環境省の取り組みなどをわかりやすく解説していきます。あわせてもっと理解を深めることができるおすすめお関連本も紹介するので、ぜひチェックしてみてください。
環境保全を目的として1990年代頃から使われるようになった「生物多様性」という言葉。
現生している生物はもちろん、かつて地球に存在していたものも含めて、地球上の命は直接的、間接的にお互いを支えあっています。そのひとつひとつが地球環境の維持に貢献しているという考えにもとづいて、生物の多様性を守るべきだという考えが生まれました。
1992年にリオデジャネイロで開かれたサミットにて、「生物の多様性に関する条約」が調印されました。そのなかで、「生物多様性とは、全生物の間の変異性を指すものとし、種内の多様性、種間の多様性、および生態系間の多様性を含む」と定義しています。
「種内の多様性」とは、同じ種に属する生物が生息地域や個体の差によって異なる特徴をみせることを指しています。遺伝子レベルで多様な生物を守ることを重要としているのです。
生物多様性が重要視される理由のひとつに、私たち人間が生態系から恩恵を受けていることが挙げられます。その恩恵を「生態系サービス」といい、以下の4つのグループに分けることができます。
・供給サービス
生態系が、人間の衣食住に必要な資源を提供してくれること。農業や畜産業による食料の生産、農作物の品種改良に必要な遺伝資源、燃料や繊維などの原材料などが含まれます。
・文化的サービス
山や森、海などレクリエーションの場や、動物とのふれあいといった精神的充足、学びの機会などの刺激を与えてくれること。知的好奇心を刺激する以外にも、たとえば猛禽類の滑空からヒントを得た飛行機や、蓮の葉からヒントを得た撥水素材など科学技術にも貢献しているのです。
・調整サービス
気温や気象の維持、水質の浄化、病原菌の拡散防止など、人間社会に与えられる悪い影響を緩和して、快適に暮らせるよう環境を安定させることです。
・基盤サービス
水や空気、土、栄養など命が存在する基盤となる環境を保つ、もっとも基本的な生態系の機能を指します。特に光合成により植物が提供するエネルギーは、すべての生物の栄養供給源
これら生態系サービスの恩恵は、いずれも多様な生物がいてこそ成り立つものです。そしてこれらの生物が現在の生態にいたるまでには、幾度とない進化をくり返し、数千年、あるいは数万年という長い年月が必要でした。つまり、今あるものを失ってしまうと、取り戻すまでに膨大な時間がかかるということです。
生態系サービスは人間を中心に考えられている機能ですが、そもそも生態系そのものにも歴史的価値があることがわかるでしょう。
生物多様性を脅かす問題として挙げられているのが、人間による乱獲行為や農薬の散布、開発などによる動植物の生息可能地域の減少と分断、外来生物の流入による生態系の混乱などです。グローバルな視点で見れば、地球温暖化も大きな問題でしょう。
これらの影響を特に受けやすいのが、広大な土地と大量の食糧を必要とし、環境の変化に適応するのに時間がかかる大型の哺乳動物です。2021年現在はアジアゾウなど多くの種が絶滅危惧種に登録されています。
また日本独自の問題としては、少子高齢化による里山の手入れ不足や狩猟の減少により、クマやイノシシなどが増加しています。特にニホンジカは1980年代後半から2013年にかけて個体数と生息域ともに爆発的に拡大し、食害によって多くの動植物に影響が出てしまいました。
「生物の多様性に関する条約」にもとづいて、日本では環境省がガイドラインを制定しています。生物多様性の保全や生態系の回復を目標に、これまでもさまざまな対策が講じられてきました。
たとえば国内希少野生動植物のうち、ツシマヤマネコやアマミノクロウサギ、アホウドリ、トキなどの生物に保護増殖事業が実施されています。保護や繁殖、野生への復帰、分布の調査、保全計画の策定、生息環境の改善などに取り組み、指定種の増加を試みているのです。
また「日本の重要湿地500」のなかから選んだ50の領域を、国際条約である「ラムサール条約」に登録し、保全や河川の増設、人工湿地の整備などの再生に取り組んでいます。
さらに在来種を脅かす侵略的外来生物のうち、特に影響力がある種を「特定外来生物」に指定し、野生で過剰繁殖したものについては防除をして生態系の回復に寄与しています。
ただ「生物の多様性に関する条約」で、2020年までに達成すべき目標として定められた目標の20項目は、非常に厳しい達成率でした。
- 著者
- ["鷲谷 いづみ", "後藤 章"]
- 出版日
- 2017-09-21
高校生物の内容を補えるようにと発表された本作。生物多様性にまつわる系統立てた解説はもちろん、用語の説明や、政策、保全についても記しています。
イラストが豊富で、ビジュアルで理解できるよう工夫しているのが大きな特徴です。そもそも「生物多様性」という言葉自体が抽象的な印象を受けるうえ、見慣れない単語を使って解説をされてもわかりづらいですが、イラストが説明文を要約する役割を果たしているので、すんなりと理解ができます。
重要なポイントも目立つ構成になっているので、予備知識がなくても問題なく学ぶことができるでしょう。
大学受験を控えている人はもちろんですが、本書を読むと生物多様性が地球の生命システムにおいていかに重要かも理解できるので、大人にもおすすめです。
- 著者
- 本川 達雄
- 出版日
- 2015-02-24
作者の本川達雄は、シンガーソングライターでありながら生物学者として数多くの作品を発表している人物です。本書では、研究者の立場から生物多様性の重要性を語っています。
前半では、サンゴ礁や熱帯雨林、生態系サービスなど生物を育む源泉となっている環境について語っています。一方の後半では「私」というもっとも身近な生物を中心に、個の存続について哲学的なアプローチ交えつつ、数百万種もいる生物のすべてを守る必要があるのかを考察しています。
本来「価値」を語るのは倫理学者の範囲で、生物学者が語るものではないとしつつ、作者自身も生物多様性を守るべきという考えの根拠を探しながら執筆したそうで、ともに思考をめぐらせながら読むことができるでしょう。
また冒頭と巻末には、シンガーソングライターである作者らしく、自身が作詞作曲した歌の譜面もついています。一見ふざけているように見えつつ、実は生物多様性の解釈がコンパクトにまとめられている生命賛歌です。こちらもあわせてお楽しみください。
生物多様性を守ることは、現在だけではなく、未来を守ることに繋がります。生命史における6番目の大量絶滅は人間が原因と指摘されていることからも、私たち人間が当事者意識をもつ必要があるでしょう。