東京は池袋を舞台にくり広げられる、裏社会を生きる者たちのせめぎ合いがハラハラする本作。非合法の物品を売買する「道具屋」という生業で生計を立てる大学生の主人公が、チャイニーズマフィアや半グレ組織、ヤクザといった裏社会の住人を相手に立ち回る、スリリングな物語が楽しめる作品となっています。 今回は、そんな本作の魅力をご紹介。ネタバレ注意です。
順調に返済し続けて、完済するのは40代。そんな奨学金という多額の借金を背負っている大学生の主人公・タモツは、社会人になる前に完済する事を目指して、危ない仕事で稼いでいました。
- 著者
- 出版日
- 2018-07-30
裏社会の住人達に非合法(ハスリン)な道具を売買して、高額な報酬を得る職業「道具屋」である彼は、常に危険と隣り合わせ。警察にも頼れず、一歩間違えば死が待っている世界で、生き抜く術は自らの知能と機転のみです。
数々の窮地をギリギリで潜り抜ける彼は、今日も依頼人の元へと赴いていくのでした。
主人公のタモツは、一見するとどこにでもいる普通の大学生。ですが、彼には友人達とは違い、多額の奨学金という負債がありました。
大学生であれば誰しも背負う事になる可能性がある奨学金ですが、返済の負担額については社会問題にもなっています。彼にとっては、40代になって初めて完済する事が出来る人生の重荷となってしまうのです。
彼曰く、30代になっても半分以上の借金が残り、結婚なんて夢のまた夢である現状は、ほぼ人生の「詰み」ともいえる状況。
タモツはそんな人生を打開するために、道具屋という非合法な仕事をおこない、大学を卒業するまでの間に稼ぎまくる事を決めたのでした。ですが、そんな彼の日常はいつもギリギリの綱渡りを続けるような、危機的状況です。裏社会の住人達によって、人生に幕を閉じる結果に陥らないとも限りません。
そして、タモツ自身は他人を引き付けるカリスマ性に優れているわけでも、他者を屈服させる腕力を持っているわけでもないのです。頼れるのはただ1つ、己の知能と機転によって、危機を乗り越えるための才覚のみ。
暴力の世界に生きる人間達と渡り合う彼は、傍から見れば、泥臭くてみっともない立ち振る舞いに見えるかもしれません。
しかし、そんな必死な足掻きこそが、本作における見所であり、物語に緊張感を持たせる重要な要素であるといえるのです。
タモツが関わる相手は、チャイニーズマフィアに半グレ組織、ヤクザといった文句なしの裏社会の住人達です。
彼らは他者を陥れ、自らの利益を得る事を生業にしており、本作に登場する人物達も例外ではありません。女性に薬物を投与して慰み者にしたり、非合法なビジネスについて、警察からの追跡を免れるために罪のない人間を陥れたりと、ありとあらゆる悪意を振るいます。
そうした裏社会の常識をセンセーショナルに描くことで、物語の重厚感を演出しているのです。
一方で、裏社会の住人達が、ふとした時に見せる人間らしさも描かれています。サウナで我慢大会をしたり、そのサウナのおばちゃんには頭が上がらなかったりといった、まるで子供のようなコミカルさを見せる事もあるのです。
そうした描写を取り入れていく事で、日常と非日常の狭間を強調して演出しています。そして、タモツはまさにその狭間に生きる人間という事で、彼の視点から見たそれらは、より現実感を増して読者に伝わるのです。
緊張と緩和によるインパクトが巧妙に使い分けられた作品だといえるでしょう。
タモツにとって道具屋としての生活は、常に生死の境を潜り抜けるような緊張感に満ちています。というのも、彼には道具屋としての知識や技術はあっても、暴力の世界に生きている住人達を相手にするには、あまりにも貧弱であるといわざるを得ません。
当然のことながら、彼はありとあらゆる場面で窮地に立たされ、綱渡りを続けていく事になるのです。
ある時は、ヤクザに売ったトバシ(他人名義の携帯電話)の件で武闘派ヤクザにぶっ殺すと電話で詰められ、またある時は半グレ組織のパーティーでボコボコに殴られて大量の薬物を摂取させられそうになり、またまたある時は恋心を抱く相手の目の前で、違法薬物の取引をおこなう事になります。
そんな数々の窮地に立たされながら、タモツという主人公は実に巧妙に立ち回り続けるのです。もちろん暴力を振るわれて傷を負う事や、警察にパクられそうになる事も1度や2度では済まないのでしょう。友人に裏の稼業がバレて人間関係に亀裂が走り、稼業にとって障害になる事もあります。
そんななかでも、彼は必死に頭を使い、瀬戸際を見極めながら生きていくしかないのです。そうした日常に思わず読者も引き込まれてしまい、あたかも自分が裏社会に触れているかのような錯覚を覚える程のリアリティが、そこにはあります。
息もつかせぬ緊張感のなかで楽しめる作品だといえるのではないでしょうか。
ここからは、単行本の内容と見所についてネタバレ紹介していきます。本巻ではタモツの道具屋としての稼業と、その周囲の環境についての紹介といったエピソードが多く描かれています。
道具屋を贔屓にしている松丸(まつまる)というヤクザや、チャイニーズマフィアの王(ワン)、武闘派ヤクザの百瀬(ももせ)といった一筋縄ではいかないメンツを相手に、彼の道具屋としてのスレスレの立ち振る舞いが光る内容です。
そして、半グレ組織タイガーのパーティーに潜入し、ボスであるアキヒロとのパイプを作るといった、危ない橋を渡り続けていきます。
一方で、気になっている大学の女の子・里中との進展も気になるなど、普通の大学生らしい一面も描かれています。
タモツの人となりと、非合法な生業についてしっかり理解出来る内容です。
- 著者
- 出版日
- 2018-07-30
そんな本巻の見所は、武闘派ヤクザ百瀬との電話バトルでしょう。
タモツは道具屋として、百瀬から依頼のあったトバシを売る事になったのですが、その使用期限の事が百瀬に伝わっておらず、誤解によるクレームを受けてしまいます。使えないトバシをつかまされたと思った彼は覚醒剤をキメてぶっ飛んでおり、まともに話が出来る状態ではありません。
呂律も回らない怒号に押されながら、強烈な殺意だけを向けられたタモツは、それでも毅然として、道具屋として譲ってはいけない一線だけは守ろうと、7時間以上にもおよぶ電話での攻防戦に挑むのです。
その様子は見方によっては、ある意味コミカルに映るかもしれませんが、当のタモツにとっては、まさしく死活問題。絶対にしのがなければならない窮地です。
まさしく、本作における魅力が数ページの間にしっかりと詰まっているエピソードといえるのではないでしょうか。