松本清張のおすすめ文庫小説10選!ミステリーから時代小説まで選び放題

更新:2021.12.14

ミステリーから時代小説まで多彩な名作を生んだ松本清張。名作が多過ぎて、どれを読めばよいか迷ってしまいますが、あえて選んでみました。松本清張の作品のおすすめを10作ご紹介します。

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貧困ゆえに諦めた文学が、生活を救うことになった作家・松本清張

松本清張は日本の小説家です。1909年、出生地は広島県広島市、または福岡県企球郡板櫃村(現・北九州市小倉区)とされています。

生家が貧しかったため、板櫃尋常高等小学校を卒業後、株式会社川北電機企業社(現在のパナソニックエコシステム株式会社のもと)の小倉出張所へ就職。出張所閉鎖のために失職し、松本清張は小倉市の高崎印刷所で石版印刷の見習工を経て、朝日新聞西部本社嘱託となりました。

開戦にともない教育召集受け、陸軍で衛生兵を務め、終戦後は朝日新聞西部本社に復職したものの、生活が成り立ちませんでした。松本清張がアルバイトなどで糊口をしのいでいる中で、『週刊朝日』の「百万人の小説」で『西郷札』が三等に入選。この作品は直木賞候補作となっています。

これが日本文学史に燦然と輝く作家・松本清張の誕生でした。

小説の他にも戦後日本の闇を描いたノンフィクション『日本の黒い霧』が話題を集め、「黒い霧」は流行語にもなりました。

松本清張は、家にいるときは着物を好み、執筆にはモンブランの万年筆を使用し、ヘビースモーカーだったとか。好きな菓子はカルカンで、大のコーヒー党。下戸でアルコールは受け付けなかったようです。唯一の趣味はパチンコで、変装して店へ行ってもすぐに気づかれたのだとか。

一時カメラを趣味としていた時期もあり、松本清張は一眼レフを下げて取材に出向くこともありました。更に、アンチ巨人にも関わらず、常に巨人の成績を気にしてばかりいたと言われています。

処女作から、松本清張が大作家であると実感する

ある新聞社が企画する展覧会の出品資料として、宮崎支局から西郷札とその覚書が送られてきたことから物語がはじまります。

西郷札とは「さいごうさつ」と読み、明治十年の西南戦争を前に、西郷隆盛率いる薩軍が発行した紙幣のこと。この軍票から一攫千金を夢見た男の破滅を描いている松本清張の作品です。

著者
松本 清張
出版日
1965-11-29

処女作にして既に、のちに松本本人が鋭く喝破することとなる社会への問題提起の視点が存在しています。まだまだ初々しいからこそ、そこが際立ち、フィクションなのかノンフィクションなのかわからなくなりそうな絶妙なリアリティが、しっかりと描かれているのです。

松本清張といえば社会派ミステリーを思い浮かべるひとも多いと思いますが、時代小説での彼を知るきっかけとしていかがでしょうか?

短編ながら映画を観るような緊張感とサスペンス

警視庁の刑事・柚木は、東京目黒で発生した強盗殺人事件の主犯である石井を追い、彼の昔の恋人の横川さだ子が嫁いた九州S市に向かいました。横川家近所の旅館で張り込みを開始した柚木の前で、銀行員の後妻となったさだ子は淡々とした日常生活を過ごすばかりでした……。

著者
松本 清張
出版日
1965-12-17

描かれる日常は淡々としていても、視る者と視られる者の緊張感は凄まじいものがあります。このままなにも起こらないのか、犯人の石井が会いに来るのか。

さくっと読めてしまう長さですが、特に怖い書き方をしていないのにもかかわらず、ラストへ向かっていく際にはきゅうっと心臓を引き絞られるような痛みすら感じます。激しい起伏がない文体のほうが、展開によっては恐怖を感じるのかもしれません。

この作品について、松本清張は、何気なく読んだ新聞記事から着想したと述べています。

何度も映像化されるような松本の代表作と言える短編。はじめて読む方はもちろん、何度か読んだ方ももう一度、あの緊張感を味わっていただきたい松本清張の一作です。

すべてが見えるのはほんの一瞬だった! 東京駅のトリックをあばく

東京駅の13番線プラットフォームで見送りを受けていた機械工具商会を経営する安田辰郎と、料亭・小雪の女中ふたり。彼らは、ちょうど向かいにある15番線プラットフォームに、やはり小雪で働くお時と男性が親し気に夜行特急列車・あさかぜに乗り込む姿を見かけます。その数日後、お時とその男――佐山は香椎海岸で情死体となって発見されました。

単なる情死に過ぎないと思われたこの事件にひっかかりを覚え、博多のベテラン刑事・鳥飼重太郎はひとりきりで捜査をはじめ……。

著者
松本 清張
出版日
1971-05-25

アリバイ崩しのミステリー長編です。松本清張初の長編小説で、ブームを巻き起こすきっかけともなりました。

叩き上げのベテラン・鳥飼と警視庁の警部・三原の描き方が良く、彼らの捜査していく姿から目が離せなくなります。謎が重なり、それが解明されたとき、東京駅のプラットホームに立った気分になることでしょう。

すっきりと謎があかされるラストシーンにぜひとも感嘆の声を上げてほしい松本清張の一作です。

兄の弁護を断られた女性の冷酷な復讐劇

九州のある田舎町で、高利貸しをしていた老女の強盗殺人事件が発生。検挙された教師・柳田正夫は、殺害現場で借用証書を取り返したことは認めながらも、殺人に関しては無罪を主張し続けます。しかし、物的証拠は揃っており、充分な動機も認められる不利な状況でした。

国選弁護人ではこの状況を覆すことができないと思った柳田の妹・桐子は、高名な弁護士の大塚に兄の弁護を依頼するために上京しました。多忙だった大塚には、高い弁護料を払うのは無理だろうと決めつけられ、拒否されてしまうのでした。

やがて、柳田が無実を訴えながらも獄中で非業の死を遂げたことで、桐子は大塚への復讐を決め……。

著者
松本 清張
出版日
1972-02-01

リーガル・サスペンスに類される松本清張の作品。貧しい兄妹に降りかかった過酷な運命と、金がなければ助けないという弁護士の姿がシビアに描かれています。弁護士はおかしなことは言っていませんから、桐子の彼への復讐は、理不尽といえば理不尽なのに、どうしても読者は桐子に共感せざるを得ない展開になっているのです。

復讐のために変貌し、悲劇へ向かっていくヒロインの姿が切なくて、同時に愛しく、
ラストにはなんとも言えない苦しさを感じずにはいられません。きっと桐子にとってはハッピーエンドなのでしょうが、どうしてもそうは見えなくて。

それでも、桐子の行く末を見届けていただきたい松本清張のおすすめの名作です。

銀行から巨額の金を横領し、夜の蝶になろうとした女

銀行の支店勤務の地味なOL・原口元子は、その職を利用し、銀行から横領した大金を元手に銀座のクラブママとなります。夜の銀座で、さらなる野望を成就するために元子が狙う次の獲物とは……。

まだオンラインがないころの銀行からの横領の手段というのが、裏口座からの搾取でした。裏口座を書き記した黒革の手帖を武器になりあがっていく元子ですが、決して美人ではないんです。美人でないからこそ知恵と策略で這い上がる様子がリアルなのかもしれませんね。

著者
松本 清張
出版日
1983-01-27

何度もドラマ化されているものの、正直松本清張の原作を越えたものは一作もありません。それだけ原作の完成度が素晴らしいのです。とにかく元子がいやな女でいて、格好よくて強かで、周囲の人間たちがまさに魑魅魍魎ばかりという感じで、息をもつかせぬ展開をしていきます。

辛辣なデッドエンド作品。ラストには思わず、「うわ……」と呟いてしまうと思いますが、元子というキャラクターにはどうしようもなく引っ張られていくことでしょう。ピカレスク・サスペンスの名作、おすすめです!

悲しい女が愛のために狙った一理不再理

保険勧誘員の須村さと子が夫・要吉を殺した罪で逮捕されますが、要吉の乱暴や怠惰な様子が報道されるようになると、世間ではさと子への同情が集まり出しました。婦人評論家・高森たき子は家庭での夫の横暴と家族制度の悪習を批判して、減刑嘆願書も提出し、その結果として、さと子は執行猶予の判決を得るのですが……。

著者
松本 清張
出版日

一件落着からの急転直下の展開が素晴らしい作品です。想像もしない方向へと進んでいく過程がなんとも息苦しく、決着に満足していた高森の鼻をへし折るような辛辣さに、さすが松本清張と思わざるを得ません。

短編なので読み終わるのに時間はかかりませんが、本を閉ざした後に残るダメージがなかなか凄まじいです。「女は怖い」と同時に「女って強いな」とも思い知らされます。そしてなによりも完成度が素晴らしいので、ぜひ手に取ってみてくださいね。

殺人現場から消えた謎の女の正体は……。

関門海峡に面する門司市の古社・和布刈神社での神事の前夜、神奈川県・相模湖近くの弁天島で、交通関係業界紙編集者・土肥武夫の死体が発見されます。土肥が宿泊した旅館の女中は、女性が同行していたことを証言するのですが……。

著者
松本 清張
出版日
1972-12-19

あえてこの作品を選んだのは、『点と線』の三原・鳥飼コンビが復活しているからなのです。このふたりの組み合わせはとても魅力的で、さすがの推理力を発揮しています。時系列的には『点と線』の4年後なのだとか。

謎の女の存在が事件解決のポイントなのに、どこの誰なのかまったくわからない上に、煙のように消えてしまっていて、より「謎」が増します。オチには思わず「ああ!」となり、眼からウロコが落ちました。当時のミステリーでこれは新鮮だったと思います。

松本清張はカメラを趣味としていた時期があり、それが生きている作品でもあります。『点と線』と続けて読むとまた面白さが加わるかもしれません。

様々な糸が絡み合う

お見合い結婚をして、新婚旅行を終えた後に夫が謎の失踪を遂げるところから、物語は始まります。結婚をして間もないので夫のことを何も知らず、手がかりがほとんどありません。そこで妻は、夫の会社仲間や義兄夫婦に過去を訪ね、自ら足を運び捜査を開始するのです。すると、女性問題を起こしたことはないと夫の知り合いはみな口を揃えいうのに、以前夫と繋がりがあったとされる、1人の女性が犯人に浮上するのです。

それと同時に今まで夫を可愛がっていた取引先の会社社長夫婦が現れます。一見、捜査に協力してくれる親切な人であり、聡明で気品溢れる社長夫人に妻は憧れさえ抱くのですが、ある秘密を見つけるのです。徐々に、登場人物達の糸が全て絡まり、結末を迎えます。

著者
松本 清張
出版日
1971-02-23

この作品の文章は非常に読みやすく、ページ数は少なくはないのですが、あっという間に読み終えてしまうかと思います。次々とたくさんの糸が絡まりますが、複雑な表現があまりないので理解しやすいです。

近年執筆されている新しいミステリーはどんでん返しが起こるようなものが多いですが、この作品は読み進めていく内に、謎が解き明かされるという少々昔に執筆されているミステリーならではの魅力があります。

「推理」「歴史」「現代」、3種の要素を味わえる短編小説

松本清張の代表作『砂の器』の原型とも言われている表題作は、田上耕作という男性が主人です。生まれつき神経障害で麻痺がありましたが、頭脳はむしろ優秀でした。友人から勧められた書物から、森鴎外に興味を持ち、彼が自らの郷土で過ごした三年間を綴った日記を補完したいと思うようになるストーリーです。

耕作は、数々の文献を漁り、ゆかりある人を取材して、鴎外の足あとを追い続けます。しかし、戦争が始まったことで、取材は困難になり、食糧不足から体調も悪化して、寝たきりになってしまいます。日記の所在、耕作の運命を、時代と共に克明に描いた作品となっているのです。

著者
松本 清張
出版日
1965-06-30

本作は、松本清張の人生を色濃く反映した一冊になっています。舞台になったのは、福岡県小倉市。当時、彼が暮らしていた場所です。主人公が探している小倉日記は、森鴎外が小倉で軍医をしていた時代の日記。鴎外に対し、松本は一生涯を通じて興味関心を持ち続けていました。その理由は、長年にわたり数々の研究者たちが議論を重ねているほどです。

そして、これまでは朝日新聞で会社員として働きつつ、兼業作家として小説を執筆していた松本清張が、執筆業に専念することになったきっかけも、この作品でした。芥川賞という大きな賞を得ることになり、彼の名を世により広く知らしめたのです。

松本清張の代表作

東京国鉄蒲田操車場で推定年齢が50、60歳の身元が不明な男性の遺体が発見されるところから物語は始まります。捜査の手がかりは現場近くのバーで若い男性と被害者が一緒にいて東北弁訛りのカメダという何度も喋っていたことのみです。ここから、先輩と後輩の刑事が若い男が犯人だろうと目星をつけ、捜査を始めます。

捜査を続ける中で、殺害された被害者は過去に巡査として働いていたことがわかります。この事実が事件解決へと一気に近づけるのですが、そこには犯人を責めるに責めきれない複雑な殺害理由があったのです。

著者
松本 清張
出版日

1960年代に執筆されている作品なので今との時代背景の違いを感じることができるでしょう。物語の最後にハンセン病の内容が出てきますが、その頃に差別され苦しんでいた人々について、深く考えさせられる部分です。この作品は映画やドラマ化もされていますが、映像化よりも本を読んだ方がひしひしと伝わる部分となっているので映像化されたものを既に見ている方は、細かく執筆されている小説も楽しんで頂ければと思います。


松本清張を紹介しはじめたらキリがなく、あれもこれも!と思ってしまうのですが、今回はこの10作を選んでみました。まだまだたくさんの名作があるので、また、別の視点でいつか紹介できたらいいなぁと思っています。

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