本作をご存知でしょうか?初版は1984年、昭和の終わりごろに執筆された本です。大日本帝国は、太平洋戦争でいかにして敗北を喫したのか?そこにどのような原因があったのかを分析・解説しています。日本人的な気質・組織性に原因があったとされ、原発事故や東日本大震災後のトラブルにも、そこに原因があったのではないかと、にわかに注目されました。 そんな『失敗の本質』を、わかりやすく解説していきます。
先の大東亜戦争(太平洋戦争)で、大敗を喫した日本。その戦争で、日本が負けた要因はいったいなんだったのかと研究者たちが考え、執筆したのが『失敗の本質』です。
副題に「日本軍の組織論的研究」とあるように、組織としての原因を追っていくストーリーになっています。
本作は、日本外交や陸軍を主とした歴史研究者の戸部良一、経営戦略・経営組織論専門の経営学者である寺元義也、組織論が専門の防衛大学教授である鎌田伸一、日本近代戦史の研究家の杉之尾孝生、軍事史専門の村井友秀、知識経営の生みの親といわれる経営学者の野中郁次郎。この6人が共同で執筆しました。
組織論、歴史の観点から読み解くのはもちろん、現在の企業・経営論にもつながる多角的な見方がされているといえます。
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
1991年08月01日
前提として、この著者たちの認識では、大東亜戦争は「勝てない戦争」でした。それをふまえて、重要となった戦い、ミッドウェー作戦やガダルカナル、レイテ沖などを例に挙げ、旧日本軍と米軍の闘い方、作戦を比較して解説しています。
第1章で代表的な敗戦からその欠陥を解説、2章でなぜアメリカに負けることになったのか、原因と日本軍におけるその本質を探ります。また、3章でそこから学んだ教訓をどう生かしていくかを解説しているのです。
一見、歴史の分析だけのようにも見えますが、敗戦には日本人特有の考え方、組織の動き方が関連しており、これは人数の集まる企業にも共通しています。
結果的に、このときの失敗は戦争だけでなく、今後の大きな災害やトラブル、組織の運営にも役立つということで、今や発行部数70万部以上のベストセラーとなったのです。
まずは、旧日本軍の6つの失敗した作戦事例を見ていきます。
1章で取り上げている失敗例は、ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦の6つです。
真珠湾攻撃から半年、実は日本軍はかなりの快進撃で勝ち続けていました。真珠湾での勝利、マレー沖やジャワ沖などでの圧勝、フィリピンの制圧……なんと、マッカーサーをフィリピンからオーストラリアに避難させるほどの勢いでした。
しかし、1942年5月の珊瑚海海戦で戦略的に失敗し、その後次々と敗北を喫することになります。それぞれの戦いでの原因はさまざまですが、すべてに共通するのは日本軍の戦略的失敗、また組織的な問題があったことです。それらの問題を、要点をまとめて簡単に説明していきましょう。
まず日本軍は、全体として戦いの目的が不明瞭でした。各作戦において、行き当たりばったりに戦闘したり、目的が二重性を持つ(2つの戦略目的を持つ)ことになってしまったりと曖昧な目的だったため、統一性のない戦闘がおこなわれてしまったのです。
一方の米軍は、仲間内で議論を重ねて検討を進めた後に、目的をはっきりさせて動いていました。
日本軍は長期戦になれば闘えない、ということがはっきりわかっていたのです。米軍と違い資源があまり豊富でないため、短期決戦でなければ勝てないという見込みがあったのでした。
そのため決戦ごとに、攻撃を重視した戦い方になってしまいました。情報収集や兵力の補給、兵站(前線の部隊のために、補給や後方連絡をする機関)を軽視してしまい、長引く戦争を生き抜く体力が持たなかったのです。
また戦略的にも、個々の経験を集めて問題を普遍化するという帰納的な戦略を策定してきました。実はこの戦略策定には、柔軟な対応が出来るという利点があります。
しかし当時の日本は、個々の経験から科学的に分析するなどといったことはおこなわれず、いわゆる「やればできる」のような精神論でまとめられていたのです。
一方、米軍は普遍的な出来事から結論を導き出す、いわゆる演繹的な考えで戦略をたてていました。ガダルカナルの実践経験をもとに、水陸両用作戦を他の戦いで利用するなど、トライ&エラーをくり返して戦略を磨いていったのです。
ここが、日本軍との大きな違いともいえるでしょう。
日本軍には、「異端や偶然を排除する」という性格がありました。
すべて人を同じ方向へ向かせ、異なるものは刑罰を与えたり排除する。当時の日本が「戦争一色」だったことを考えると、確かに、とうなずいてしまえる特徴です。
しかし「異端や偶然」は、自分たちの方向性を見直すためのものでもあります。自分たちの向いているもの、目的が果たして正常なものなのか。それを考えるきっかけが「異端と偶然」です。
しかし、日本軍はそれを徹底的に排除してしまっていたために、盲目的に組織が目指す目的を疑わずに行動してしまっていました。これは、組織の方向性の修正だけでなく、新しい考えも生まれない、つまり組織のイノベーションが起きないといった問題をも生み出してしまう考え方なのです。
当時の連合艦隊司令長官の山本五十六は、そんな「異端・偶然」が嫌いなリーダーでした。名将といわれた彼ですが、考え方の異なる相手との対話は好まず、自らの考え方を正しいと組織に浸透させ、議論や対話を避けていたのです。
一方で米軍は、山本五十六が生んだ空海戦を自らの戦略に取り込んでグレードアップさせるなど、柔軟に対応しつつ、勝利を重ねていきました。
異端や偶然は、確かに脅威になることもあります。しかし、それらを加味しながら対話をし、異なる考え方にも柔軟な対応をしていく。そのような考え方ができなかったため、日本軍は負けを重ねていったのです。
日本軍と米軍は、環境の変化に対応したかどうかでも、違いが表れます。
日本は初期の成功体験を信じ続け、また上層部の硬直した考え方で、戦略らしい戦略をとらず、戦術を重視した戦法を取り続けました。その結果、ガダルカナルの戦いで戦力を大幅に喪失した日本軍は、その後は負け続けてしまいます。
一方米軍はというと、日本軍の戦法を常に研究し続け、学習し、それを加味した対策・作戦で日本軍を圧倒していきました。新しい戦法を生み出し、トライ&エラーを続ける彼らの変化に、日本軍はついていけません。
日露戦争で勝利を収め、近代国家の仲間入りを果たした日本は、当時の勝利をひきずっていたのです。「白兵銃剣主義」「艦隊決戦主義」を過信し、新たな武器や兵器、戦闘機の発達に遅れをとりました。実際にこの戦争の決戦では、必ずしも白兵戦や艦隊戦が重要ではなかったのです。
日本軍は航空機や燃料の発達により、壊滅的な被害を受けました。空軍より海軍を重要視したため、米軍に遅れを取ったのです。
このように、日々進化していく科学技術や、相手の戦略に柔軟に対応することが、勝利の分かれ目となっていました。
過去の成功体験にとらわれていては、イノベーションは起こりません。
先ほども説明したように、日本軍は日露戦争の勝利を、この戦争でも引きずっていました。また、最初の半年の勝利によって、それらの成功体験はやはり正しいのだと、過信を助長させてしまったといえるでしょう。
そのため敵の戦力を過小評価し、一度失敗しても「過去に成功したのだから、運が悪かっただけだ」のように思ってしまうことが多かったのです。その間にも、米軍は日本軍の戦術を着々と研究し、自分たちの失敗も成功も改良し、次の戦いに備えていきました。
そもそも日本軍は、すでに模範解答が用意されており、それに向かっていく教育がなされていたのです。そのために、従来どおりの行動をし続けてしまうという弱さがありました。
過去に成功したからといって、それに甘んじているのではなく、相手が成長してくることも見据えての戦術や科学技術の開発、さらには組織としてのあり方を疑問視するようなイノベーションが起こらなかったというのも、日本軍の敗北要因のひとつでしょう。
では、成功体験を引きずらずにイノベーションを起こし続けるには、どうしたらいいのでしょうか?
組織や自己が変わって進化し続けるには、自己革新力が必要です。これを身につけるには、まず「自己否定」をすることから始まります。そもそも成功にとらわれていては、自分を否定することはできませんよね。
本作では、日本軍と米軍の学習スタイルが異なることを例に挙げて説明しています。日本軍は「シングルループ」、米軍は「ダブルループ」といったスタイルです。
シングルループは、目標、問題構造が変わらないという認識を持ったうえで進める学習プロセスです。一方ダブルループは、学習の目標、問題そのものが本当に変わらないか?という疑問を持ったうえで、再びその問題を再定義したり、変更することもいとわない学習となります。
環境は、常に変わっていくもの。それを念頭において絶えず変化する現実、現状を見つつ、どんどんと見直していくスタイルが、ダブルループなのです。これだけの説明でも、米軍の学習スタイルが日本を上回っていたのだ、と理解できるのではないでしょうか。
人間活動でも自然活動でも、環境は常に変化していきます。特定のコト・モノに固執せず、柔軟に物事を考えなければ、自己革新はままなりません。どんなときもダブルループの考え方で取り組むことで、イノベーションは起こっていくのです。
職場で、現場で営業している部下と上司の見方が食い違う。そんなこともあるのではないでしょうか。現実はこうなのに、上司はわかってくれない……そんな体験はありませんか?実はこの太平洋戦争のときも、そういった剥離が起こっていたのです。
先に説明した山本五十六は、新しい作戦を提案して実行するなど、確かに革新的な指揮官でした。しかし、個人の知識に頼ってしまった彼は、現場から帰還してきた部下と対話などせず、現場がどういうことになっているのかをあまり理解せずにいたのです。
それはつまり、結局は彼の頭の中だけでの計算にしかすぎないということ。そのなかでうまくいっても、実際に動く兵たちがどのように感じ、どのように行動し、また相手がどのように反応するかということを、報告を受けたうえでブラッシュアップするなどは、おこなわれませんでした。
上官が絶対だった日本的組織は、上官が現場を知らないにも関わらず、盲目的に上からの言葉を信じるのみだったのです。現場とそれが剥離している状況にも関わらず、です。
対話のままならない指揮官では、状況を好転させることは難しいといえるでしょう。
今の日常でも、「空気を読む」という言葉は頻繁に使われますよね。旧日本軍も、そういった「空気」に左右されていたのです。
沖縄戦への戦艦大和出撃は、当初反対されていました。それは作戦を検討した際、大和が出撃しても意味がないという結論に至っていたからです。
しかし、それは参謀の一言で、出撃決定、とひっくり返されてしまいました。冷静に考えれば、兵員の犠牲や成功率などを重視しなければいけない場面であったにも関わらず。
なぜ、このような「空気」に左右されてしまうのでしょうか?
それは、まず1つ目にサンクコスト、つまり今までの犠牲を取り戻すために、さらに損害を重ねてしまうことが原因と考えられます。さらに説明すると、ずさんな計画を立てて多くの犠牲が出て、もう取り戻すのは不可能と思えても、それでも固執してしまうという状況です。
たとえば「次の台で出るかもしれない」とパチンコを続けてしまう考えと同じといえるでしょう。
さらに戦況が苦しく、打開する策が見つからない、何をしてもうまくいかないときは、現実を認められずにむきになってしまいます。冷静に考えることができなくなるのです。
そして、それは日本の「精神論」的な考えにもつながり、「やる気」「積極性」といった目に見えないもので評価される人事制度を助長したのです。
上下関係が絶対だった日本軍では、部下の意見などを取り入れられることは、ほとんどありませんでした。そして上層部からの命令に、盲目的に従ってしまいます。
このような「空気」が日本軍を支配し、無謀ともいえる戦いに大きな犠牲を払ったのです。この「空気」は、現代社会にも少なからず存在するものといえるでしょう。
日本人的気質は、今も昔も共通しているのではないでしょうか。
目的が抽象化して具体案でないこと、何のための会議なのかわからないけれど上層部の判断に任せておこなわれること、人間関係や場の空気が尊重されること、結果よりも上司へのやる気の見せ方やプロセスなどが過剰に評価されること、声の大きい人の意見がとおってしまうこと……。
現場との意思疎通が難しく、上層部が現実を見ず、過去のデータや成功体験に固執してしまい、変化に対応できないことなど、どこをとっても現代の組織の問題点にも通じます。
つまり、ここで書かれている失敗の本質は、「日本軍の組織的研究」でありながら、日本人の現代の組織の失敗の本質を説いているともいえるのではないでしょうか。
組織として上層部に権威を与え、そこを重要視していく日本的組織は、以前の日本軍のような失敗をする可能性をはらんでいるといえるのです。
ここからは、本作を読むうえで一緒におすすめしたい本をご紹介します。
『失敗の本質』は、初版が1984年です。それから長く読みつがれてきましたが、2012年に新しくダイジェストとしてまとめられたものが、こちらです。
- 著者
- 鈴木 博毅
- 出版日
- 2012-04-06
戦略コンサルタントの鈴木博毅が、『失敗の本質』で書かれている内容を23のポイントに整理し、日本軍の失敗と、現代日本で共通する部分を解説します。
原作は、基本的には日本軍の解説がメインですので、今の仕事に生かしたい、もっとわかりやすいものがいい、と感じるかたにはこちらがおすすめ。
現代日本で陥りがちな悪い組織の特徴をつかみ、仕事や経営に生かしていきたいですね。
『失敗の本質』の著者の1人である、野中郁次郎氏が先頭にたって記した、本作の続編です。
- 著者
- 野中 郁次郎
- 出版日
- 2012-07-27
失敗の本質が全体的な組織における失敗を語っているとしたら、こちらは「組織におけるリーダーとはどのようにふるまうべきか」といったリーダー論に特化した内容。
「現場感覚」「大局観」「判断力」など、これからのリーダーに必要なものを解説しつつ、各著者がそれについて論じていきます。
現代の日本において、どのようにリーダシップを取ればよいかがわかる一冊です。
本作は、旧日本軍の軍事作戦における失敗を集め、なぜ失敗したか、なぜ敗戦したかというデータを、史実から分析した本です。単純に軍事的な本ではなく、いわゆる日本軍という「組織」がなぜ崩壊したかということが記されています。
ここでいう組織とは、現代日本でいう「会社」「企業」ともいえるもの。本作を読むことは、経営者にとってどのような組織を形成していくかという、1つの指標になるともいえるでしょう。
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
1991年08月01日
これまで見てきたポイントで、あなたやあなたの会社にも当てはまるところはないでしょうか。過去の成功体験に固執したり、上司の顔色を伺って空気を読んでみたり、ある考えにとらわれてみたり……。必ずしも軍という組織の中での話でなく、自分ごとに置き換えても同じことがいえるでしょう。
現代の日本経済が停滞しているのは、各組織がこのような「日本軍的失敗」を、どこかではらんでいるからなのかもしれません。
旧日本軍の「失敗」をもとに、自分たちはそれのあとを追っていないか、本作で新たな視点を獲得してみはいかがでしょうか。
いかがだったでしょうか?『失敗の本質』は少し難解ですが、現在の仕事などにも生かせる内容がたっぷり詰まっています。ご紹介した入門編からでも、ぜひ読み進めていってみてください。