『攻殻機動隊』の作者として、世界的に有名な漫画家・士郎正宗。同作は世界を驚かせたハイクオリティアニメとしても知られていますが、原作の完成度も高い名作です。特に原作では士郎正宗の、先見性のある構成にうならされることでしょう。 今回は時代を先取りしたかのような作品を生み出す、この漫画家についてご紹介します。
士郎正宗(しろう まさむね)は1961年11月23日、兵庫県出身の漫画家です。本名は「おおた まさのり」とされていますが、極端なまでにメディア露出が少ないため詳細は不明です。
大阪芸術大学の芸術学部美術学科を卒業。大学時代に所属した漫画研究会で、漫画を描き始めたそうです。
在学中に描き上げた同人誌「ブラックマジック」を出版社に持ち込み、「アップルシード」で商業デビューを果たしました。
- 著者
- 士郎 正宗
- 出版日
肉体を機械に置き換える、脳をデジタル空間に直結させるなどといった、ややもすれば荒唐無稽になるサイバーパンクと、現実的な科学技術論に基づいたハードSFをミックスさせた世界観の作品を得意としています。
その作風は特に代表作『攻殻機動隊』(以下「攻殻」』)で顕著に見られるものです。
- 著者
- 士郎 正宗
- 出版日
その他、「攻殻」の続編やその前身ともいえる『仙術超攻殻ORION』では、オカルト分野の超自然現象と科学技術の合一も試みられています。
士郎の語り口は基本的にシニカルですが、コミカルな要素も多くあるのが特徴。知名度に反して、寡作としても知られています。
総じて難解な作品が多いのですが、その分マニアックな魅力に溢れており、コアなファンが多く存在するのです。
士郎正宗の作品には、本人に予知能力があるのではと思えるほど、先進的なガジェット(機械、装置など)が多々登場します。そのため、時に天才と呼ばれることがあるのです。
たとえば「アップルシード」には、登場人物がスマホのような携帯型端末で食事の予約を取るシーンが出てきます。
一件何の変哲もないように思えますが、実はこれが画期的なことなのです。
- 著者
- 士郎 正宗
- 出版日
現在の手帳型スマホが確立したのは、2000年代の前後のこと。前身たる携帯電話(ガラケーなど)が実用化されたのは、1990年代に入ってから。それまで誰も見たことも考えたこともなかったスマホのような機器を、それよりさらに古い1980年代に予見していたというわけです。
他にも個人用通信機やポケベルのようなものも作中では一般的で、いずれも10年20年先のアイテムであることはいうまでもありません。
士郎正宗の人となりを知るエピソードとして、押井守のインタビューが挙げられます。押井は「攻殻」をアニメ映画化した『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を生み出した監督で、士郎正宗の名前と「攻殻」を世界中に知らしめた人物です。
彼のインタビューによると、士郎は職人気質の非常に寡黙な人物で、製作に関してはすべてを任されたそうです。また、ハードボイルドな作風と同じく無駄を嫌ったらしく、それを受けた押井も、情報量の多い話を削って無駄を削ぎ落としたとか。
またTVアニメ版である『攻殻機動隊Stand Alone Complex』では、原案として豊富なアイデアを出したとされています。TV版の監督・神山健治は熱意あるクリエーターで、押井とは逆に、独自のアイデアを追加していったそうです。
ただ、やはり士郎正宗も表現者として譲れない一線があるらしく、このことで後に大喧嘩したとも伝えられています。
漫画家、アニメ監督ともに創作者として、アツいやり取りがあったからこその名作となったのでしょう。
士郎正宗の作品は、奥深い設定もさることながら、異常なまでに練られて描き込まれた描写も魅力です。
作品でよく出てくる光学迷彩(透明化装置)の表現でも、コマの端にちらりと映る反射だけでテロリストが反応するという場面が出てきます。先進技術に詳しく、用心深い人物ということが、たった1コマで表されているのです。
他にも犯人の逃走経路について、草の倒れ方だけで表現し、言葉では一切言及しないなどのこだわりも見られます。
読者にも読解力、考察力が要求されますが、その分気付いた時の楽しさは格別です。
第3次核大戦、第4次非核大戦を経て、技術大国となった2029年の日本。
超高度化した義体技術、電脳技術によって社会は飛躍的に進歩しましたが、同時にサイバー犯罪も複雑高度化していきました。
頻発するそれらサイバー犯罪への対抗策として、内務省直属の公安組織「公安9課」が発足。9課は最新鋭の装備と多脚戦車を主武装とすることから、攻性の実働部隊――通称「攻殻機動隊」と呼ばれるようになるのです。
物語は、9課のリーダー格・草薙素子やバトー、トグサといった課員の視点から、さまざまな事件が描かれていきます。
攻殻機動隊 (1) KCデラックス
1991年10月05日
士郎正宗の代表作にして、代名詞ともいえるのが本作。すでにご紹介していますが、非常に高度な技術や先進的な理念が作中に盛り込まれており、約30年前の作品にも関わらず、未だに目新しさに満ちた漫画となっています。
超高速無線インターネット、現実と見紛う仮想現実、きわめて精巧なアンドロイド、自問自答するAI……それらのイメージが影も形もなかった80年代に、時代を大きく先取りする形で、世界観が構築されているのです。
ありそうでまだ存在しない夢の超技術と、それらの孕んだ問題点が、一癖も二癖もある9課のメンバーによって露わとなっていきます。
ストーリーが進むほどに観念的になっていくので、物凄く難解な作品ですが、それを読み解くのも楽しみ方の1つでしょう。
第5次世界大戦によって世界は荒廃し、国家や高度な情報網が失われてしまった時代。
主人公のデュナン・ナッツとブレアレオス・ヘカトンケイレスは、奇跡的に機能する中央都市「オリュンポス」の特殊部隊として活躍します。
当初、オリュンポスは清潔で、理想的な都市かと思われました。しかし、デュナン達は徐々に、その裏に潜む問題や陰謀を知っていくことになるのです。
- 著者
- 士郎 正宗
- 出版日
『EX MACHINA(エクスマキナ)』のタイトルで3D映画化されたこともある、士郎正宗のもう1つの代表作。
社会が大きく変革し、高度な技術を持っていながらも、人類が本来的に持つ業がテーマとして描かれている辺りは、「攻殻」とも共通しています。
ただ本作は、生身の女性と全身サイボーグの男性による恋人コンビが主軸ということもあって、「攻殻」とは違ったビターな切り口による話も楽しめるでしょう。
「攻殻」とは世界観を共有しており、時間的にはその未来の話に当たるので、「攻殻」好きな方にもおすすめです。
高度な科学技術と、「龍法」と呼ばれる術によって発展した未来。人類は、その力によって宇宙に進出していました。
物語の舞台となるヤマタ人民帝国は、その無軌道な発展によって、危機的状況に陥りつつあります。そんななか危機の原因である「邪業」を巡って、セスカという娘が、ある計画に巻き込まれることに。
彼女の父フゼン道人は、計画阻止のため破壊神スサノオを召喚するのです……。
- 著者
- 士郎 正宗
- 出版日
士郎正宗といえば、哲学の諸問題と科学技術との融合が作品の特徴として挙げられますが、本作は神話と超技術を組み合わせた、異色のファンタジー。
物語では破壊を司るスサノオに対して、創造神としてクシナダヒメが描かれています。こういった日本神話がベースとなったキャラ造形や技術体系は、大本の話を考えるといろいろ面白いです。
科学を「仮学」と言い換えたり、龍法によるバランスを「龍力」と書いて「ろんり(「論理」に通じる)」とするなど、巧みな言葉遊びで生み出された用語も、非常に魅力的なものとなっています。
いかがでしたか?士郎正宗は、作品の知名度に比べて、あまりにも知られていない作家です。くり返しになりますが、彼の作品は非常に難解なものの、読みごたえのあるものばかり。
ぜひこの機会に、深淵な世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか?