神の名のもと、決闘による裁判がおこなわれていた時代。姉を殺されたニコ・マイルズは、罪人であっても強さのみで無罪とされる裁判の正当性を疑問視していました。決闘裁判をおこないながらその間違いを唱える少年と、法王直属の巡回裁判員との、裁判を巡る旅を描いた『決闘裁判』。 スマホのアプリから無料で読める本作について、見所を紹介します。
原告と被告の決闘によって、裁判がおこなわれていた時代。
勝利は、神がその者の発言を真実だと表している証明とされ、たとえ本当に殺人や強盗をおこなっていても、決闘に勝てば無罪という判決をされていました。
- 著者
- 宮下 裕樹
- 出版日
- 2017-10-20
罪を犯しながら決闘裁判に勝ち続けて無罪となっている決闘士に、実の姉を殺されたニコ・マイルズは、決闘を申し込み、相手の罪を明るみに出すことを決意。実際に決闘裁判をおこなった彼は、勝った途端に掌を返す民衆や、真実が捻じ曲げられる世界の異常さを目の当たりにするのです。
そして、真実が真実として受け入れられる世界を求める旅に出たのでした。
本作の魅力は、テーマであり、タイトルでもある「決闘裁判」と、それをとおして繋がる人との縁ではないでしょうか。
そもそも決闘裁判というのは、中世から近世にかけて実際におこなわれていた裁判方法。物語同様、勝敗によって有罪・無罪が決められていました。
暴力で正しいものが決まるというのは、今で考えるとだいぶおかしなものですが、「神は正しいものを勝利させる」という考えがあったのが大きかったようです。
『決闘裁判』は、そのおとぎ話のようで実際にあった裁判。そこにファンタジーな要素を入れつつ、史実を踏まえながら描いているのです。史実を挟むものの、細やかな時代背景の説明を作中でしているわけではないので、ファンタジー作品としてスラスラ読めるのも魅力ですね。
主人公・ニコの特徴や、狼の姿をした元人間など、ファンタジー冒険物としてワクワクする要素がたくさんあるのが魅力的なポイントでしょう。
そして、ニコが決闘裁判をおこなうシーンは、大きな見所の1つ。体躯のまるで違う相手に、センスと視力で立ち向かっていくギリギリの姿は、胸おどるものがありますよ。
また、彼は行く先々で決闘裁判をしていくようになるのですが、そこでは善意でおこなったことが裏目に出たり、決闘裁判をしたから得たもの、逆に失ったものが、たくさん出てくるようになるのです。
決闘裁判を否定しながらも、そこでしか自分の正しさを証明できないという、もどかしさにもぶつかるようになります。腕っ節が強いから勝てる、勝ったから神が味方している、神が味方しているから無罪、というのは、なんとも暴力的で理不尽ですよね。
そんな理不尽に立ち向かい、戦いながらも、彼自身矛盾を抱えているというジレンマによって、「正義」のあり方を考えさせられます。自分の正義を信じ、理不尽と戦うなかで、自身も理不尽な目にあうニコ。
そんな成長していく姿は、読んでいて非常に楽しい部分ですよ。
暴力で有罪・無罪を決める決闘裁判。敗者にはむごい仕打ちが待っているものの、民衆はその裁判の様子を面白おかしく観戦していました。そんな不条理さにずっと意を唱えていたエルザ・マイルズは、連戦連勝の決闘士・ギュンターに殺害されてしまうのです。
そんな姉の死を受け、決闘裁判でしかギュンターの罪を証明できないと判断したニコ・マイルズは、決闘の場に立つことを決意しました。
- 著者
- 宮下 裕樹
- 出版日
- 2017-10-20
決闘裁判は基本的に、相手の罪を立証したい被害者が、被疑者に対して申し込むのですが、そうではないパターンというのも登場します。
ニコは、彼の村にやってきた巡回裁判員のアリアと、彼女について歩く狼のヴォルフ、一緒に暮らしていた猫とともに旅に出るのですが、そこで亡くなった女性を巡り、決闘裁判がおこなわれようとしていました。
決闘裁判を申し込んだのは、亡くなった女性の夫。申し込まれたのは、女性と不倫し、自殺に追いやったとされる男性でした。申し込んだのは旦那のほうですが、それは自発的にしたというよりは、男性に煽られてた勢いで申し込んだよう。
ニコは、体格上圧倒的不利である男性が笑みを浮かべて決闘を受けたことに違和感を感じ、決闘裁判を中止させようと、双方への接触を図ります。ニコの必死さから、誰かが死ぬ可能性があるなら止めなければという正義感が、ひしひしと伝わってきます。
しかし彼の正義が本当に「正しいこと」になるのか、それを理解しきれていないようですね。彼は客観的に物事を把握し、冷静に状況を判断するということが、いまいち苦手な様子。それでなければ、被告と原告双方に知ったような口調で話しかけることはできません。
どんなことをしてでも「自分なりの正義」を貫こうとしている様子から、ニコがまだまだ子供であることがわかります。彼が人の思いを感じ取れない貴重な回でもあるので、ぜひ注目したいところです。
ニコにとっては、決闘裁判に向き合ういい機会だったのではないでしょうか。
隣国との紛争に勝利し、潤っているとされている国。しかし城壁の内外でひどい格差がありました。そこでニコはひどい仕打ちを受ける璧外の人々をかばって傭兵に剣を向けたことで、国家転覆の主犯として捕らえられてしまいます。
彼を捕らえたのは、国内外から恐れられる、決闘を代理でおこなう代闘士のクロイツ。
自分自身の後先考えぬ行動により、璧外の農民たちは国家転覆を目論んだとして、皆殺しされることになったと聞いたニコ。その理不尽さに怒りを覚え、アリアのおかげで農民全員の代闘士として、クロイツと決闘裁判をおこなう機会を得ることができました。
- 著者
- 宮下 裕樹
- 出版日
- 2018-02-20
この出来事は、彼が成長するうえでもっとも大切な出来事となったのではないでしょうか。
再三アリアに余計なことはしないよう忠告を受けたのに、結局自分の正義を信じて剣を抜き、そのせいで他の者たちを苦しめてしまったという状況は、自分の正しさを信じてきた彼にとっては最悪の展開ですよね。
もちろん、これで彼の「真実を正しいと証明する」という意気込みが変わることはありませんが、それでも自分の行動のせいで発生した事態への責任は、重々感じられるようになったのではないでしょうか。そして、決闘裁判が完全なる「悪」ではないということも、やっと理解するに至ったよう。
罪を犯した者が無実になるこの裁判は、あまりいい方法ではありません、しかし、それでも勝てば正しさを万人に証明できる手段ではあるので、どうしてもなくすことができないのです。
そういった世界のあり方を理解し、ヴォルフに戦い方を教わってからは、ニコは一気に決闘士としての才覚を表していくことになります。
自分の正義をただ押し付けるのではなく、自分が正しいことを証明するために、相手を殺さずただ勝利を手にするという自分なりの戦い方を見つけたニコは、今までとは比べものにならないほど、かっこいいですよ。
無敗の代闘士クロイツは、敬愛した前領主と王妃の子どもを人質に捕らえられ、いずれ国を継ぐであろうその子のために、現領主の代闘士として国のために戦っていました。
子どもが救出され、戦う理由がなくなった彼は、今までの不正を告発します。しかし、すべてを言い切る前に、アリア、ヴォルフと因縁のある皇帝直属傭兵大将・ヴァンシュタインに殺されそうになり……。
クロイツは現領主に忠実だったわけではなく、ただただ国の未来のために自分が罪を犯していることを理解し、良心を痛めながら、罪なき人々を相手に戦っていたのでした。目先のことに囚われている時代に、未来を見据えられるのは、才能ですよね。
- 著者
- ["宮下 裕樹", "後藤 一信"]
- 出版日
- 2018-09-20
もちろん、どんな理由があれ、罪のない人々を殺めてきたことに変わりはないので、許されることではありません。しかし、どんな仕打ちを受けても、ただ忠義のために動けたクロイツはかっこいい。
また、性根から悪人のヴァンシュタインが出てきたことで、クロイツに対する嫌悪感が少ないのかもしれませんね。ヴァンシュタインは以前から登場していますが、アリアと何やら因縁があること、異常な性格をしていること以外は、いまいち明かされていませんでした。
しかし、彼がクロイツを手にかけ、ニコと再び会ったことで、彼とニコの関係、彼の異常性があらわになります。
初めて会った人間の前で、他人の首を切り落としたりするなど、彼自身が危ない人間であることはわかっていましたが、自分の利益のために、罪の意識なく多くの人を殺められるというのは、まさに異常です。
彼はただ自分1人のため、自分自身が最高の位に上がっていくためだけに、平気で人の命を利用します。クズな権力者ではありますが、彼は巧みにその性悪さを隠しており、余計にタチが悪い。
この彼との対峙により、ニコたちの周りは一気に騒がしくなってきました。自分にとって目障りなアリアが動いていること、興味をそそられるニコが一緒にいることで、ヴァンシュタイン一派に目をつけられたのです。
一派の1人と戦うシーンは、本巻でぜひ注目したいところ。この出会いが、どれほどニコを成長させるのか楽しみですね。
実際にあった理不尽な裁判。その当時の時代背景をもとに描かれたのが、『決闘裁判』です。ノンフィクションの部分があるとは思えないほどの理不尽な残虐性と、胸躍らせる冒険ストーリーが魅力的な本作。戦いをとおしてどんどん強くなるニコの姿に、ぜひ注目したいですね。