他人の不幸は蜜の味、とはよく言いますが、引きずられてこっちまで暗くなっちゃうこともありますよね。単なる不幸は、マイナスのものでしかないんじゃないかと思います。 大事なのは、その不幸が笑えるかどうか。もっというと不幸から距離を置いて、笑えるものにしているかどうか。それが不幸が蜜の味になるポイントに思いますし、私は今までそんな作品にたくさん助けてもらってきました。 この連載では、ちょっと元気になれる、笑える不幸がある作品を紹介していきます。連載名は、ちょっとおしゃれに英語にしています。英語=おしゃれというのがおしゃれじゃないのは置いといて。 第1回目は、『まんしゅう家の憂鬱』です。
さて、今回紹介するのは『まんしゅう家の憂鬱』というエッセイなのですが、「まんしゅう」と聞くと、歴史で習った中国の地方を思い浮かべる方が多いかもしれませんね。違います。
この作者のフルネームは、まんしゅうきつこ。
- 著者
- まんしゅう きつこ
- 出版日
- 2017-11-17
ひらがなに変更する前のペンネームは、マン臭きつ子。
つまり、めっちゃ臭い陰部。
ここからすでにヤバい人感が滲み出てます。そのとおり、ヤバい人です。
もともとこの名前にした由来は変な人が近寄らないようにという目的だったそう。変な人のさらに上をゆく変さをアピールしていくことで絡まれないようにしたというライフハックですね。
さらには周囲へのウケ狙いという意味もあったとのこと。ちょっとした笑いをとるために今後の作家生命に関わる大事な名前をこんな臭そうにしちゃうとは、もう、天才。
『まんしゅう家の憂鬱』は、そんな彼女の初期エッセイ作品。まんしゅうきつこのちょっと残念で、爆発的に面白い日常を描いています。
個性が隠れようとしても隠れきらず、もはや目次だけでその魅力が伝わるほど。
シンプルながら、切れ味鋭い下ネタたち。
作者名と同じく、ディープなインパクトを読者にぶつけてきます。しかしながら内容も名前負けせず、ディープなインパクト。
デニーズでしかバイトをしたことない、オムツレベル5くらいの状態でオムツ倶楽部の面接に行っちゃう筆者ももちろんすごい。すごいですが……。
自ら包茎手術の失敗をネタにしてほしいと志願してくる弟。
茶の間の一角で四つん這いになってケツ毛を切ってもらうのが日課の父。
食べ終わったスイカを顔にすごい勢いで擦り付け、自家製パックをする祖母。
キャラが濃すぎる。
この家族にして、この子あり。ヤバさが純粋培養されていたことが伝わる面々の渾身のエピソードが披露されます。
個性が爆発しまくっている本作なのですが、読んだ後に心に残っているのは意外にもノスタルジックな要素だったりします。
特に、「ともだち」のエピソードはちょっと切なくて、おすすめ。作者が27歳で結婚し、半年で出戻ってしまった時期に出会った、2人の人物とのエピソードが描かれています。
1人目は同じ職場のキャバクラで出会ったアミちゃん。お金持ちたちの愛人をしつつ、さまざまなお水の仕事を掛け持ちしている人物です。
もうひとりは、アミちゃんから「お茶するだけで5万円」というバイトで紹介されたブラッドフィールド。厨二病感漂うメアドからのあだ名で、見た目は見るからに冴えないオタクだったそう。
このブラッドフィールドが超いいヤツ。
仲良くなってきて、お茶するだけで5万円をもらうことを申し訳なく思ったまんしゅうきつこが、一回ぐらいならヤってもいいよと言った時、ブラッドフィールドはこう返すのです。(ちなみに作者はまったくヤリマンではないので、シンプルに友情からの言葉だと思われます)
「セックスするのは僕のことを好きになってからでいいよ
キミはまだ僕のことを好きじゃないから」
(『まんしゅう家の憂鬱』より引用)
ピュアッピュアァァァ…………。
ブラッドフィールドは、いわば『星の王子様』のキツネのような存在なんです。
少し『星の王子様』のエピソードを交えて説明すると、星を旅する王子様が旅の途中で1匹のキツネと出会います。そこで一緒に遊ぼうと王子様は彼を誘うのですが、キツネは「遊ぶためには、僕が君になつかないといけないよ、一緒に絆を結ばないといけないんだ」と返すのです。
- 著者
- サン=テグジュペリ
- 出版日
- 2017-07-15
一緒に何かをするには、そのための関係性がなくちゃ不自然なんだ、そして僕は君と関係性を築きたいんだよ、とまっすぐに言ってくるキツネ≒ブラッドフィールド。可愛すぎないかい。もう、可愛いしか言えない。可愛い。
本作はこんな風に、やってることは「普通」から外れてメチャクチャなのに、根っこの部分がまっすぐな人たちが登場します。アミちゃんもどう考えてもヤバそうな人なのに、最後の線引きがしっかりした、とても良い子なのです……。
どぎつい下ネタや笑えるエピソードに挟まれて、不意に出てくるピュアさ。そんな癒しが本作の魅力です。
まんしゅうきつこの、ちょっと残念でめちゃくちゃにぶっ飛んでいる『まんしゅう家の憂鬱』。笑い(主に下ネタ)とノスタルジックさが詰め込まれた、おすすめ作品です。
- 著者
- まんしゅう きつこ
- 出版日
- 2017-11-17
困シェルジュ
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