「週刊モーニング」で連載されていた、外薗昌也の『エマージング』。日本国内で起きた未知のウイルスによるパンデミック……その発生と進行を描いた医療サスペンスとなっています。現実に即した描写はリアルに感じられて、ある種ホラーのようにも思えるでしょう。 本作はスマホの漫画アプリでもお読みいただけます。気になった方は、ぜひどうぞ。
発端は、東京のある会社に勤めるサラリーマンでした。1人のサラリーマンが突如、街の中心で血を噴いて倒れたのです。
男性の怪死事件。それが日本を震撼させる恐怖の感染症の始まりでした。それは現存するどのウイルスとも異なる、未知の感染症。
感染力も、潜伏期間も、症状も、そして治療法すらも不明だったのです。
エマージング 最終版 上 (SPコミックス LEED CAFE COMICS)
2016年12月19日
本作は、未知のウイルスの危険に晒された日本を描いた医療フィクションとなっています。
タイトルは、「エマージング・ウイルス」が由来。これは突然出現し、爆発的に広がるウイルスを意味します。
キーマンとなるのは、最初に二次感染した女子高生・岬あかり、サラリーマンが搬送された東済医科大学の病理医・小野寺と関口、そして、伝染病研究所の室長・森です。
致死性ウイルスに感染してしまった女子高生の視点、パニックに陥っていく社会、ギリギリで原因究明に挑む医療関係者の姿が、克明に映し出されます。
エマージング・ウイルスとは、特に文明社会において爆発的に広がる性質を持ったウイルス感染症を指します。
生態系や人間社会の変化によって、動物間だけで感染していたウイルスが人体にも適応したものと考えられています。非常に強い伝染力があり、エイズやエボラウイルスなど致死性が強いものが該当します。
後に作中で「日本出血熱」と呼称されるウイルスは、感染すると数日で発症。初期症状は風邪に似ていますが、やがて目が充血して血管が浮き出て、全身がむくんで腫れていきます。さらに症状が進行すると急激に身体が膨張し、目鼻などから出血して絶命するのです。
特にこの出血は「炸裂」と呼ばれる症状で、見るに耐えません。
諸症状こそエボラ出血熱に似ていますが、急速に進行したり、死後数時間で腐敗に酷似した状態になったりと、未知の感染症であることを強く意識させます。
こうした現実にあってもおかしくない迫真のウイルス描写が、本作の魅力の1つなのです。
ことさら書き立てることではありませんが、日本は非常に平和な国です。
個人レベルでの不満はともかく、大きな争いや明日も知れぬほどの貧困とは、基本的に縁がありません。安定した社会で医療も整っており、新型コロナウィルスが広まるまでは医療崩壊などの危険もほとんどありませんでした。
しかし、だからこそ無防備な点があります。それは未知に対する備えです。何もかもが平穏無事という危機感のなさが、対応の遅さに繋がる理由の1つとして、本作では描かれています。
最前線でいち早く危険に気付いても、はっきりしない段階では警告を発することが出来ず、しかも制度的に素早く緻密な研究も出来ないのです。
その結果、感染者と疑わしき人物が社会で野放しとなります。そして、誰もそうとは意識せず、どんどん接触を重ねていくのです。
その結果、誤った情報やデマによる大混乱も発生。医療現場ですら一時信じられていた誤情報が、一般に広まって大変なことになります。まるでウイルスそのもののように、誤情報による混乱までもが、感染拡大していくのです。
この様子は、昨今の新型コロナウィルスを取り巻く環境と酷似しています。今の世の中だからこそ、本作から学べることは多いのではないでしょうか。
この未知のウイルスという未曾有の危機に挑んでいくのが、医療現場で働くキャラクターです。
まずは主役級の小野寺と関口。小野寺は正義感の強い臨床医で、作中クローズアップされる感染者の1人であるあかりとはご近所の顔馴染みであることから、もっとも親身に振る舞います。最初の感染被害者である山田の遺体を見た段階から出血熱の可能性に気付いたほど、優秀な男です。
もう1人の関口は、小野寺の同僚。病理医で、山田の病理解剖を担当します。2人は医療従事者として奔走し、専門家と連携を取りながらパンデミックに立ち向かいます。
そして、小野寺や関口が関わった専門家が、厚労省伝染病研究所・村川分室の森という女性研究員です。この伝染病研究所は、現実にある国立感染症研究所の村山分室がモデルとなっていて、国内最高峰の施設として登場します。
しかし、その最高峰の設備をフル稼働出来ない、という政治的理由も同時に描かれました。きわめて危険な感染症を研究して、もし万が一流出したら――という本末転倒な配慮です。
こうした歯痒い実情も含めて、医療現場および関係者がリアルに描写されているところも本作の魅力といえるでしょう。
最初の感染者、サラリーマンの山田が出血して死亡したのは、多くの人がごった返す繁華街でのこと。飛散した血液は、周囲の人々に降りかかりました。
岬あかりも、彼の血を浴びた1人だったのです。彼女は徐々に体調が悪くなり、出血も始まるのですが、健気にも震える手で愛しい彼氏の元に向かっていきます。
- 著者
- 外薗 昌也
- 出版日
- 2004-09-22
目に見えない形で、素早く、静かに広がっていく恐怖。感染症の実態が医療の力で暴かれていく度に、却って得体の知れない不安が増していきます。
特に1巻では、感染経路がはっきりわからないにも関わらず、感染者の症状だけは確実に進行していくという不気味な状況がポイントです。
最善を尽くしてなお後手に回ってしまう様子には、社会全体の危機管理能力の低さをまざまざと突き付けられます。
エボラ出血熱にも似た未知の感染症……幸いにも、発症したのは最初のサラリーマン山田と、女子高生のあかりだけでした。この時点までは。
山田が街中で倒れたことに危機感を覚えた関口が調べると、変死事件当時に血を浴びた約100名から、初期症状らしき訴えが出ていることが判明するのです。
- 著者
- 外薗 昌也
- 出版日
- 2004-12-21
感染症は深く静かに進行し、ついにはネットを通じて空気感染の噂が流れ出しました。政府の発表と過熱した報道が入り交じり、一般人がパニックを起こし始めます。
刻々と変化する社会状況と、冷静さが求められる医療機関の対応。焦燥感が募るリアリティ溢れる描写が、ストーリーを盛り上げていきます。
小野寺、関口、そして森の奔走は、果たして感染症終息に結びつくのでしょうか。
パンデミックは人と人が交わる社会構造上、どうしても避けられない事態です。しかし、本作では人と人が交わるからこそ見えてくる希望も示唆されます。最後まで目が離せません。
いかがでしたか?新型コロナウィルスの感染拡大など、パンデミックはもはやフィクションの世界の出来事ではありません。『エマージング』を読むと、作中と現実世界との状況の一致から、本作が預言書のように思えるかもしれません。
昨今の状況と照らし合わせながら読めば、パンデミックの時代にこそ大切なことは何なのか、学べるのではないでしょうか。