本作は、作者・高港基資が断続的に発表していた作品をまとめた、短編集です。おのおののエピソードには繋がりも関連性もなく、気味の悪い、じめっとしたホラーという共通点しかありません。それでいて、人間心理を暴く空恐ろしさがあります。 この『恐之本』は、スマホの漫画アプリで無料で読むことも出来るので、まずはそちらで、どれだけ怖いかお試しいただくのもおすすめです。
ある晩のこと。
主人公の青年は、ビルの上空に奇妙な物体を目撃しました。それは不気味な球体で、その表面には人型の何かが複雑に絡まり合っていたのです。そのうち、球体から人型の1つが地上に降り立ち、障害物をすり抜けて人間と接触しました。
また、青年は別の日にも、同じように球体の人型が人間に触れる場面を目撃するのです。そして、触れられた人間は、例外なく大事故で即死しました。
球体を認識し、因果関係に気付いているのは青年だけのようなのです。
- 著者
- 高港 基資
- 出版日
- 2013-07-24
人並みの正義感を持った彼は、やがて球体に狙われる人間を救おうとし始めますが……それが思わぬ展開となるのです。
「ひとだま」から連想される「人魂」とは根本的に異なる現象が、この話では語られます。それは、死神に類する運命を司る何かのように描かれるのです。件の球体は、どうして人間を死亡させていくのか、なぜ青年にだけ見えるのか……。
本作特有の、すっきりしないモヤモヤしたものが残り続ける、名エピソードです。
ある夜、夫が目覚めると、隣にいる妻の顔が老人になっていることに気付きました。そして、ある時は無邪気な子供に、ある時は厳ついヤクザに……寝ている時、妻の顔だけが変化するのです。
昼間の妻に、変わった様子はありませんでした。しかし、変化しては素顔に戻る、ということが何度も続いたのです。
またある晩、妻は見知らぬ美女の顔に変わっていました。夫はそこで初めて、変化した妻の顔とコミュニケーションを取ることに成功します。その美女は、未練を残した幽霊のようでした。
不憫に思った夫は、彼女の無念を晴らそうとするのですが……。
- 著者
- 高港 基資
- 出版日
- 2013-07-24
なぜか妻の寝顔に宿る、幽霊の思念を描いたエピソード。顔だけが変わるのが不気味です。
人は理解不能なものを恐れるものですが、この現象は本当にわけがわからないので、そこに恐怖を感じてしまうでしょう。寝言と会話してはいけない、という古い迷信も思い起こされます。
油断したところに飛び出てくる、インパクト抜群の表情(通称「わはは!」顔)が印象的です。
主人公の青年は、幼いころに見た映画のことが、今でも引っかかっていました。古い村落の悲喜交々が描かれる映画です。
劇中で何度も登場する倉庫小屋は、引き戸が少し開いていて、必ず何者かの両手が映り込んでいました。
青年はある時、件の映画DVDを入手します。そのDVDでは、小屋の戸はすべてのシーンで、黒々と開いていました。そして何者かの手も、どこにもなかったのです。
- 著者
- 高港 基資
- 出版日
- 2014-01-27
人が何気なく覚えていることをテーマとしたエピソードです。
思い違いか、はたまた記憶違いか。思い過ごしではなく、記憶の方が正解だとしたら……その場合、消えた両手の持ち主は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。
ゾワリとする感覚が味わえる話です。
主人公の島田は、自分が起こした飲酒運転の事故で入院することになりました。大怪我のせいで全身は固定され、ショックから一時的に話をすることも出来なくなります。
意識を取り戻した彼は、看護師のなかに見覚えのある顔を発見。それは1年前、彼が衝動的に襲ったカップルの女だったのです。
女はもちろん、彼を覚えていました。それから毎晩、復讐として彼を追い詰めていくのです。
- 著者
- 高港基資
- 出版日
- 2014-07-24
この島田という男は途轍もないゲス男なので、自業自得といえばそうなのですが、女の怖さが尋常ではありません。復讐も陰惨で、読んでいて恐怖だけが募ります。
そして、この女もただ者ではなく……誰がどのように「生まれ変わる」のかが見所です。
あるところに、動物専門の霊媒師の男がいました。彼は依頼者のペットの霊を呼び出し、生前の想いを代弁していきます。
しかし当然、それは嘘でした。事前に調べ上げたことを、思わせ振りに言うだけだったのです。
男はそうやって大金を稼いでいましたが、彼の前に思わぬ依頼者が現れます。彼の力を本物だと確信し、病気で亡くなった愛猫の最期の真意を問いたいと願う少年です。
男は適当にあしらおうとしますが、少年の頑なさを察すると、交換条件として無理難題をふっかけます。
- 著者
- 高港基資
- 出版日
- 2014-07-24
おどろおどろしいホラー短編集のなかでは、珍しく感動的なエピソードです。
インチキ霊媒師が、純粋な少年をいかにして納得させるのか。そのあっと驚く顛末に、ご注目ください。
とあるカップルの身に降りかかった、ある夜の出来事です。
普段からラブラブの2人でしたが、彼氏が合宿に行かなければならず、しばらく離れ離れになってしまうことに。
限られた時間で交わす電話越しの睦言だけが、彼らの唯一の楽しみでした。
- 著者
- 高港基資
- 出版日
- 2015-01-23
その晩、彼氏は仮病を使って抜け出し、彼女の家を訪れました。電話越しでサプライズをおこなうのですが、突然様子がおかしくなります。
2人だけの会話のはずなのに、奇妙な声が混じってきて、さらには不気味な女の影がちらつき始めるのです……。
非常にシンプルに、短くまとまった不可思議な話。イチャイチャする時には他人の目と、幽霊の目を憚った方がよさそうです。
美容形成外科の主人公の元に、大柄の女が手術を依頼してきます。目的は、約100キロの減量。彼女は2ヶ月後の同窓会に生まれ変わった美人として出るべく、無理な注文を付けてきたのです。
何度断っても情に訴えて付きまとい、変身したいとヒステリックに手術を迫る女。主人公は健康の観点に立って、無謀な手術を固辞し続けます。そして同窓会の目前、女は主人公を恨んで自殺しました。
そこから、奇妙なことが起こり始めます。主人公の妻が、暴飲暴食で肥満になっていったのです。そして、食べるのをやめさせようとするたびに狂乱しました。
その姿はまるで、あの自殺した女のようだったのです。
- 著者
- 高港 基資
- 出版日
- 2017-01-23
女の自殺を境に、妻が異常になっていく形成外科医の恐怖体験です。幸せな家庭はぶち壊され、やがて主人公も狂気に駆られていきます。
真っ当な人間が、狂気にあてられる理不尽さ。ホラーの本質を抜き出したようなエピソードです。ほとんど別人に変身してしまった妻に、主人公が下した決断とは……。
いかがでしたか?本作はねっとりと絡みつくような、湿度の高いホラー短編集です。日常の煩雑なモヤモヤを、より強烈なモヤモヤで上書きするのには打って付けでしょう。