スクールカーストを題材とした、森もり子の作品である、『さよなら、ハイスクール』。後ろ向きな高校生の青春が描かれています。
異性と付き合い、友達と語らい、部活に専念し、勉強もそつなくこなす。万事が順調でうまくいく完璧な学生生活。誰もが憧れる、青春のお手本のような過ごし方といえるでしょう。
ある高校の2年生に、朝倉という少年がいました。彼はそんな絵に描いた青春――とはほど遠い、むしろまったく正反対の暗い毎日を送っていました。
いてもいなくても変わらない、誰にとってもどうでもいい、その他大勢にカテゴライズされるモブキャラだったのです。
- 著者
- 森 もり子
- 出版日
- 2016-07-20
そんな彼が、委員決めで不本意な役に就かされた日、同じ境遇、似たような感覚を持つ高田という少女に宣言します。クラスの関係を破壊し尽くし、自分達のような最底辺の存在感を変え、スクールカーストを根底から覆すと。
こうしてクラス内の力関係に嫌気の差した彼は、すべてを変えるために奔走し始めるのでした。
本作では、大なり小なりスクールカーストに縛られた登場人物が出てきます。
そもそもスクールカーストとはどんなものでしょうか?それは学校、特にクラス内での力関係の強弱による、小さな階級社会といっていいでしょう。
カースト上位は人気者。たいていはイケメンや美人であり、クラスの中心的存在として決定権を握っています。そんなカースト上位を頂点として、徐々にランクの低くなるピラミッド型の関係性となっているのです。
主人公の朝倉は、そんなカースト最底辺の少年です。誰からも必要とされず、空気のように扱われるモブ。しかし、そんな型にはめられた現状の打破と、カオスを目論みます。
当初から彼の理解者でありながら、冷静に第三者視点で見つめるのが高田です。彼女は底辺に甘んじており、現状維持で構わないが、変わるものなら、それを見てみたいと思っています。
そしてキーパーソンとなるのが、伊藤マユミです。カースト最上位の美少女なのに、なぜか朝倉との交際を承諾し、積極的に混乱を起こそうとします。その真意とは……?
さらに、そこへ若松カナと古賀タクヤのカップル、伊藤に思うところのある前田がメインとして関わってくるのです。彼らは、朝倉の主な標的となる上位陣メンツでもあります。
果たして、朝倉の目論見はうまくいくのでしょうか。
本作は基本的に、スクールカースト底辺の男・朝倉の情念によって引き起こされる、人間関係の混乱が描かれます。彼の一挙手一投足で教室が凍り付き、人間関係に亀裂が入るのです。
その過程では、大小さまざまな悲劇が巻き起こります。カップルをギクシャクさせたり、片想いを後押しして玉砕させたり、勘違いや行き違いで大怪我が発生するのです。
それらが、絶妙のタイミングで物語に差し挟まれます。そのタイミングがあまりにもよすぎて、予定調和の喜劇のような面白味を感じられるのです。
またカースト上位陣の悲劇は、彼らが自己陶酔に陥るための演劇装置として機能しており(朝倉の視点では)、他作品ではほろ苦い感動の場面であるはずが、なんだか薄ら寒いものとして描写されます。
悲劇のような喜劇のような、不思議な味わいが見所です。
主要人物の3人、朝倉と高田、そして伊藤は長台詞が多いです。
前者2人は底辺がこじれきったコンプレックス、負け犬根性の染みついたルサンチマンの発露が、じめじめした台詞として表れます。それは「持たざる者」の、なけなしの理論武装でもあるのです。
一方の伊藤は、彼らとは違った価値観と理屈で語ります。カースト上位だけあって頭がいいため、ド正論として突き刺さるのが朝倉との違い。ただ、彼女には異常というか、狂気が垣間見えます。
そして他のカースト上位の者達も、独自の言い分をくり広げるのです。それらは時に、剥き出しの本音として、殴り合いに近いような言葉の応酬に発展するのでした。
どの言葉にも一片の真実があって、共感出来る部分も多いでしょう。
高田にスクールカーストの崩壊を宣言した朝倉は、そのための第一歩として、クラスでもっとも人気の存在であるカースト最上位の女子・伊藤マユミへの接近を試みます。
確かにそれが成せれば、クラスに激震が走ることでしょう。問題は、彼が美少女の伊藤と交際出来るのか?という至極当たり前の点です。それが普通に考えれば無理なことは、高田も、読者も、そして当の朝倉本人にすら明白な事実でした。
さよなら、ハイスクール(1)
しかし、大方の予想に反して、なんと朝倉と伊藤はあっさり恋人関係になります。
もっとも困難な関門をあっさり潜り抜ける意外な展開。絵空事が一気に現実味を帯びてきて、日常生活に波紋を呼び起こしていくのが面白いです。
徐々に進行していく朝倉の計画ですが、あまりにもうまくいきすぎなのが気がかりとなってきます。クラスの不和の元となる伊藤の態度が、読者にとっても謎で読めません。
朝倉と付き合うことに決めた、彼女の真意とは?
朝倉と伊藤の交際によって、教室内の空気は一変しました。しかし、その変化はスクールカーストにとって異質ではあっても、崩壊するにまでは達していません。
それはあくまでも、朝倉が異分子として、カースト上位に食い込んだ衝撃でしかなかったのです。
さよなら、ハイスクール(2)
この異常事態を引き起こした朝倉。破滅願望にも似た行動力のあった彼が、カースト上位からまんざらでもない扱いを受けることによって、軟化していくのです。
革命を断行しようとした男が、変革や改革に至るどころか、カースト上位に取り込まれていく展開に驚きます。朱に交われば赤くなるといいますが、スクールカーストの柔軟さには目を見張るでしょう。
ことここに至って、ただ1人計画を知りながら傍観者に徹していた高田が、当事者行動に出ます。朝倉に活を入れるのです。目的がネガティブなのに、奇妙な青春を感じる場面となっています。
朝倉と伊藤は、利害の一致による協力者となりました。しかし、そんな彼らの真意に気付いた者が、驚くべき行動に出るのです。それは、クラス内スクールカースト最上位の1人・前田でした。
彼はクラスの不和が意図されたものであり、朝倉と伊藤の2人が原因であることを担任に報告したのです。
さよなら、ハイスクール(3)
小さな社会構造崩壊の、最大の障壁。それは青春の守護者たる、担任の岩崎でした。岩崎は都合のよい青春演出の方便として、スクールカーストを守るべく、朝倉と伊藤の仲を裂こうとします。
この最終巻にして、ついに朝倉と伊藤のスクールカースト崩壊計画が明るみに出ることに。計画は頓挫してしまうのでしょうか。それとも起死回生なるのでしょうか。
クラスとは、まだ子供の高校生にとって閉じた小さな世界です。その枠組みを取り払う方法は、果たして壊すだけなのでしょうか。青春のアンチテーゼの結末は、実際にご覧ください。
いかがでしたか?青春を否定しても、結果的にはそれが青春になるという一風変わった内容の作品です。かつて高校生活を送った大人にこそ、響く漫画かもしれません。