本作はドラマ化もされた、警察漫画の秀作ともいえる漫画原作です。本作のタイトル「サイレーン」とは、「サイレン」と、その語源になった「セイレーン」を混ぜた作者の造語。 セイレーンとは、海に現れるギリシャ神話の魔物で、美しい女性の顔を持つ上半身と、怪鳥の下半身を合わせ持った恐ろしい魔物のこと(人魚の姿であるともいわれています)。その美しい歌声で船乗りを惑わし、座礁、もしくは沈没させてしまうと言われている架空の生き物です。 本作『サイレーン』の重要人物は、まさにそんなセイレーンのような女性なのです。今回は、そんな本作について全巻分ご紹介したいと思います。
カラオケ店で仲間達と酔っ払い、ふざけて女性のスカートを履いて、廊下で寝転んでしまった1人の男・里見偲(さとみ しのぶ)。彼は起き上がった拍子に、髪の長い美しい女性と、彼女を追いかけるもう1人の女性とすれ違いました。
酩酊状態のまま、部屋に戻り、そこで仲間の猪熊夕貴(いのくま ゆき)達とともに悪ふざけにいそしみますが、少々やりすぎてしまい、警察を呼ばれてしまいます。大慌てで一同は脱走。
そして次の日、里見と猪熊は車で街を巡回していました。
そう、実は彼らは警察官。そして里見と猪熊の2人は、「機動捜査隊」の刑事だったのです。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2013-09-20
そんなある日、2人は事件発生との通報を受け、ただちに現場に急行します。現場は風俗店で、1人の女性が死亡。近くのテーブルには酒と睡眠薬があり、スマホには遺書が書かれていました。
猪熊が店内の人間に聞き込みをしていると、里見はそのなかにいた、髪の長い美女に見覚えがあることに気づきます。出会ったときは酒に酔っていたのでうろ覚えでしたが、彼女はあのカラオケ店の廊下ですれ違った美女でした。そして亡くなった女性は、彼女を追いかけていた人物だったのです。
亡くなった女性は、風俗店のマネージャー。数々の物証から、今回の事件は自殺ということで決定します。
しかし、猪熊はなぜかその後も、あの髪の長い美女に出会うことになるのです。
彼女の名は、橘カラ。
2015年に実写化された本作。主人公の里見を演じた松坂桃李の出演作の一覧を紹介した<松坂桃李の出演作は「攻め」揃い!実写化した映画、テレビドラマの魅力を発掘>の記事もおすすめです。
その謎の女・カラが、主人公・里見偲と、ヒロイン・猪熊夕貴の日常を壊していくのです。
カップルといっても彼らは刑事なので、本作では刑事の知られざる日常が見れるのも興味深いところ。
まず一口に刑事といっても、ドラマで出てくる殺人事件を扱う捜査一課から、暴力団取締係(マル暴)に、町の風紀を守る生活安全課(本作第1巻にも登場)など、さまざまなタイプの刑事が存在します。
里見と猪熊の所属する機動捜査隊(通称・キソウ)とは、本作によると、事件現場に真っ先に駆けつけて初動捜査をおこなう部署であり、2人が車にいることが多いのは、事件発生の通報を受けたらただちに現場に急行するためのようです。
ややこしいことに、警察には機動隊という部署もあり、里見は以前この部署で働いていました。機動隊とは、災害警備、雑踏警備などをおこなう部署であり、機動捜査隊とはまた違った存在です。
さらに、機動捜査隊は警察の便利屋と呼ばれているためなのか、2人はいろいろな部署の手伝いをしています。生活安全課で下着泥棒の犯人の逮捕と、盗品の押収。犯罪者の隠した銃を探すために、山中の藪の中を探し回ったりもするのです。
その姿は、ドラマで見るような、知恵を使って犯人探しをしたり、チンピラを相手に大立ち回りをする姿とはまったく違う、きわめて地道なもの。しかし、これこそが警察の本来の仕事なのです。
さて、本作の主人公はカップル同士ですが、本作によると、警察では同じ部署の人間が恋人同士というのは、基本的にはご法度。2人は周囲に、自分たちの関係を知られないようにしています。ちなみに、バレたら即異動とのこと。
そのため、ちょとスリリングな関係?と、いえなくもありません。カラの存在や事件といった不穏な空気以外にも、彼らの秘密の恋人関係にも注目してみてください。
生活安全課の応援で、カミツキガメの捕獲、動物密輸業者の尾行、盗撮犯の逮捕など、猪熊も里見も、日々の警察業務で忙しくしています。
そんな時、猪熊は、時折カラと出会うようになっていました。しだいに2人は意気投合するようになっていきます。そして徐々に猪熊からの信頼を得るカラは、猪熊を監視できる場所に引っ越すのでした。
そんななか、北町のマンションで殺人事件が発生。被害者の夫の証言によると、マンションは妻の持ち物で、犯人は、被害者である妻の愛人の可能性が高いと考えられるとのことでした。しかし、里見は第3者の存在を疑います。
そんな時に、新たなる事件が発生。それは、北町のマンションの殺人事件の被疑者が亡くなったというものでした。その女性・乃花は、なんとカラの知り合いだったのです。
彼女の死因は、自殺なのでしょうか。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2013-12-20
カミツキガメの捕獲で、極力周囲に溶け込む服を選ぼうとして四苦八苦していたり、犯人を追いかけていくうちに、いかがわしい店に入っていたりするなど、本巻の最初のエピソードは、テレビドラマ「踊る大捜査線」シリーズのようなコメディ色の強い内容となっています。
プールでカラと再会した猪熊は、彼女の身体能力の高さに驚かされます。一方カラは、猪熊が盗撮犯を見つけたのを見て感心するのです。こうして彼女達は、少しずつ意気投合していきます。
やがてカラは、猪熊に事件解決のアドバイスまでするようになるのです。彼女は寡黙で一匹狼な女性ですが、驚くほど人に取り入るのがうまいよう。
そんななか、カラは知り合いの乃花という女性と会います。どうやらこの2人は、過去に整形で顔を変えているようでした。カラの過去の断辺が語られますが、現時点ではほとんど不明のままです。
本巻では、カラの不穏な動きが目立つようになってきます。猪熊の女子寮の向かい側のアパートに住んでいる男性・渡公平の部屋に居候し、猪熊の家を監視するようになるのです。
果たして、その狙いとは?
カラの助言により、捜査一課から声がかかるようになった猪熊は、さらに彼女に信頼を寄せるようになりました。一方、里見は飲みに行ったキャバクラで、カラの優れた身体力を目の当たりにしてから、ちょくちょく事件に関わる彼女が気になって仕方なくなります。
さらに、彼女が整形していたということや、北町のマンションの殺人事件の被疑者が美容整形外科に通っていたことから、そこの院長・月本を監視し始めるのです。そして休日を潰して張り込んでいた結果、院長がカラを乗せて、車でどこかに行こうとしているのを発見します。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2014-03-20
里見は、月本が通っているという会員制クラブを調べました、そこは売春をおこなっているという噂のクラブで、里見はそこに潜入することにしました。そして、そこで出会ったのは、アイとレナという、双子のようにそっくりな2人の美女だったのです。
一方カラは、猪熊とプロレス観戦に出かけたときに、なぜ警察官になったのかを彼女に聞きました。すると彼女は、昔から正義感が強く、そのために子供時代に孤立していたことがきっかけだったと答えます。そんななかで父親に励まされ、そのままこの道に進んだのでした。
そんななか、カラの店の近くに通り魔が出現。里見と猪熊が駆けつけて、2人で何とか対処に成功します。
猪熊の強い正義感を目の当たりにしたカラは、彼女の正義が「欲しい」と強く願うようになるのです。
里見と猪熊は、捜査一課への異動を夢見ていたようですが、本巻の序盤を見てみると、どうやら里見よりも猪熊のほうが先に捜査一課に行くようです(ちなみに、どちらかが捜査一課に行ったら結婚するつもりでいたよう)。
捜査一課は上記のとおり殺人事件を扱う部署で大変ハードなのですが、やはり刑事の花形の現場らしく、作品内では人気が高いよう。しかし、実際はハードな現場、しかも上司の推薦が必要な専務試験を受けねばならないので、まず上司に気に入られなければいけません。
ここでのポイントは、猪熊の方が周囲と渡りあうのがうまく、あまりうまくないのが里見である、という点です。
この辺に警察の縦割り社会が見え隠れしていて興味深いのですが、物語を読んでいる限り、刑事の素質が高いのは里見のように感じます。なぜなら、マンションの殺人事件でも、被害者の愛人以外の容疑者を疑ったのは彼で、本巻では犯人の通った整形外科病院を疑っているからです。
彼は人当たりは悪くないようですが、意外と単独で考えたり、行動しがちなので、あまり捜査一課には向いていないかもしれません。
そういった組織としての面白さなども垣間見えるのが、本作の面白さでもあるのです。
月本が死んだとの連絡が入り、里見と猪熊は現場に駆けつけました。里見は院長に対して張り込みや聞き込みをおこなっていたので、その胸中は複雑です。
彼はベットで拘束されており、近くにはなぜか15歳くらいの女の子がいて、2人とも農薬を注射されていました。月本の正体は、売春をおこなっている会員制クラブのオーナー。そして、それだけでなく、少女趣味まであったようなのです。
そして警察は、無理心中という形でこの事件をまとめようとしますが、里見はそれに違和感を感じ、カルテを片っ端から調べています。そして、そのなかにカラのカルテだけが見当たらないことに気づくのです。
すると猪熊が現れて、院長と心中しようとしていた女の子・田沢麻耶が、まだ生きているとの連絡を入れてきました。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2014-06-23
徐々に狂気性を表す、カラ。果たして、彼女は何者なのでしょうか。月本とはどうやら、患者と主治医という間柄だけではないようです。なぜなら、彼女は彼のえげつない趣味まで知っていたからです。
彼女が自分の顔を変えていることは明らかになりましたが、それはいかなる事情だったのでしょうか?
一方、里見は、職場ではいまいちうまくいっていない(というより捜査一課の課長代理に受けが悪い)ようですが、なぜか女の人からは、やたらモテるようです。
売春クラブの女の子、病院の女医など、本巻ではやたらと女の子に縁がある里見。麻耶のお見舞いに行くときは、必ず看護婦さんたちにもお土産を持っていくので、彼女たちからの受けもよいようです。里見は母子家庭で、母親が看護婦なので、昔に何か仕込まれたのかもしれません。
恋愛といえば、カラの居候先の公平も、彼女への思いを募らせてとうとうプロポーズをしようとします。しかし、この人の好い男が彼女の本性を知ったら、どうなってしまうのでしょうか?
カラを疑う里見は、彼女を尾行している最中に、猪熊とかち合ってしまいました。なんだか気まずくなってしまう2人。結局カラと正体をつかめず、おまけに猪熊と嫌な感じになってしまい、里見はもやもやとした感情をひきずったまま、麻耶の病室に向かいました。
すると、そこで意外な人物に会うのです。それは、あの月本がオーナーだった売春クラブで働いていた女の子・アイとレナ。彼女達は、里見の捜査に協力をすることになります。
そこでアイが、カラと同じ店で働いて彼女を監視することになり、レナはカラの住所を探り当て、里見とともに彼女のアパートに侵入することになりました。
彼女の部屋は、これまで里見の出会った犯罪者とは違い、無機質で何もない部屋。唯一の持ち物は、警察関係の資料と、手錠、そして薬でした。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2014-09-22
作者・山崎紗也夏は恋愛描写がうまく、本巻は人をやきもきさせる描写が非常に巧みです。
里見は、猪熊のことが心配でカラを追っているのに、カラの方が1枚上で、猪熊にメールで連絡して、里見が自分を問い詰めるところで鉢合わせるように仕向けてしまいます。
そのために、里見と猪熊は険悪な間柄になってしまうのです。さらに、その間を狙うかのように、今度はアイとレナが里見に急接近してきます。
一方、公平もカラへの思いを募らせていくのですが、肝心なカラは、彼を都合のいい道具程度としか思っていません(もちろん、彼女の異常性にも気付いていません)。
そんななか、里見はレナとともに、カラが公平のアパートに居候しているスキに、カラのアパートへ侵入。そこで見たのは、あまりにも生活感のない、がらんとした寒々しい部屋だったのです。
作中でもいわれていることですが、部屋はその人の人間性を表すといいます。カラの部屋は、機械的で、無機質で、孤独な印象です。
浦沢直樹の名作漫画『MONSTER』に登場するキャラクター・ヨハンの部屋を彷彿とさせるようなこの部屋。
少しヨハンについて説明させていただくと、彼は優れた頭脳と美貌を兼ね備えた人物で、作中で数々の人間を魅了していきますが、彼自身の心の中は虚無的で、冷たく、部屋の中もがらんとしていて、人が住んでいるとは思えないような内装でした。そして、人々の心を操り、凄惨な殺人事件を巻き起こしていくのです。
カラも頭の回転が早く、魅力的な女性のようですが、心は空虚なのでしょう。
カラからストーカー被害にあっているという相談を受けた公平は、その犯人であると教えられた里見に接触。疑うことを知らない彼は、怯えながらもそのことを里見に警告します。そしてその後、カラに里見がレナとアイという女の子と一緒にいたことを報告するのです。
一方、里見は少しずつ猪熊との関係性を戻しつつありました。しかし、アイからの携帯の呼び出しにより、浮気を疑われてまた台無しに……。
そんななか、捜査一課に配属されて、5年前の薬局の事件の担当になった猪熊は、その事件にカラが関わっていることに気がつきます。
それを知ってか知らずか、カラは埼玉のとある場所に資料があるといって、彼を誘い出すのでした。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2014-12-22
公平、人が好すぎます。しかも、大人しそうな人かと思えば意外と行動的で、里見に急接近して警告までするのです。しかも、相手が警察だとわかっているにも関わらず。これは、カラも驚くほどの大胆さでした。彼は全然悪い人間じゃないだけに、今後の展開を思うと気の毒でなりません。
さらに彼は、里見がアイとレナと一緒にいるところを勝手に写真に撮っていますが、作中によると、これはどうも盗撮になってしまうよう。みなさんも、うっかり勝手に人の写真を撮らないよう、ご注意ください。
一方、猪熊にプロポーズしたものの、結局ギスギスした関係になってしまった里見ですが、その後、猪熊が行方不明になってしまいます。さらにレナから、アイも行方不明になったと連絡を受けるのです。
これまで里見は、事件を客観的に見ている側の人間でしたが、ここから先は事件に巻き込まれ、当事者となってしまうのでした。
徐々にクライマックスへと向かいつつある展開に要注目です。
こん睡状態だった麻耶の意識がようやく戻り、たどたどしいながらも、里見に犯人の名を告げました。
一方、猪熊はどこかの空き家に監禁されています。そこには、行方をくらましたアイもいました。犯人は以前から、彼女に目をつけていたのです。
犯人の目的は、猪熊の「〇〇」が欲しかったからなのでした。
- 著者
- 山崎 紗也夏
- 出版日
- 2015-03-23
いよいよ明らかになる、カラの正体とは?賢明な方なら、これまで彼女が何をしてきたかは、何となく察しがついたのではないでしょうか?
さて、このカラですが、その美貌と常軌を逸した人間性に魅了された方も多いはず。彼女のキャラクターについて、作者はサイコパスの人格を勉強して意識して作ったよう。
サイコパスとは、早い話が、他者への共感性が著しく欠けていて、利己的な考え方をしており、他者へ攻撃することをいとわない人間のこと(本巻にも解説が載っています)。
しかし、彼らに関して驚くべきことは、実は大変魅力的で頭の回転が早く、優秀な人間が多いということ。
しかも、必ずしも殺人者や犯罪者になるわけではなく、むしろ企業の社長や医者や弁護士など、社会的に高い地位にいることが多いというのです。リーダー的な一面もあり、人を従えさせるのに長けた人間であることが多いというのですから、恐ろしい。
そのため、サイコパスなキャラクターとして設定されたカラは実に口達者。ただ、リーダーになるというよりは一匹狼でいたいというタイプに見えるので、もしかしたらサイコパス人間とはまた少し違うのかもしれませんが、人を操る能力は天下一品です。
本巻では彼女の正体、そして、なぜ整形をしたのか、彼女の過去に何があって、何の目的で猪熊に近づいたのかが判明します。謎大き美女の知られざる秘密、そして猪熊・里見の運命を、ぜひともご自身の目で確認してみてください。
本作は実際の警察官や、警察社会に詳しい事件記者がブレーンとなっているので、その描写は、かなりリアルに作られていると思います。単行本では警察の豆知識も語られているので、そちらも要チェックです。