逃げたいけど、逃げられない人へ【笑える不幸はハニーテイスト】

更新:2021.11.16

他人の不幸は蜜の味、とはよく言いますが、引きずられてこっちまで暗くなっちゃうこともありますよね。単なる不幸は、マイナスのものでしかないんじゃないかと思います。 大事なのは、その不幸が笑えるかどうか。もっというと不幸から距離を置いて、笑えるものにしているかどうか。それが不幸が蜜の味になるポイントに思いますし、私は今までそんな作品にたくさん助けてもらってきました。 この連載では、ちょっと元気になれる、笑える不幸がある作品を紹介していきます。連載名は、ちょっとおしゃれに英語にしています。英語=おしゃれというのがおしゃれじゃないのは置いといて。 第2回目は、『なんくるない』です。(敬称略)

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お笑い系の本が、すでに尽きる

連載2回目です。

2回目にしてもうすでにウケる系のおすすめ本がなくなるという事態が起こっています。紹介したい本そのものは結構あるんですけど、おすすめするために自分でも読み返しながら書きたいなと思うと、意外と手元になかったりするんです。今までたくさんお世話になった本ばかりだし、よい機会なので買います。今回には間に合わないですが……。

ということで2回目からすでに少し方向を変えて、笑いは笑いでも、読み終わった後にほっこりと微笑んでしまう作品をご紹介します。

なんくるない (新潮文庫)

2007年05月29日
よしもと ばなな
新潮社

こちらは、吉本ばななの短編小説集。すべて沖縄が舞台になった短編が収録されています。

これも記事を書いている今現在、手元にない(家にはある)のですが、最初から最後までストーリーを追えるくらいに読み込んでいるんです。

なぜなら、この短編集の表題作「なんくるない」は、北海道出身の私が沖縄の大学に行くきっかけになったくらい、人生に影響を与えてくれた物語だからです。

北の大地で、鬱々と

 

高校時代の私は猛烈に疲れていました。

自分への関心が薄い親がイヤ、くだらないことで盛り上がっている友達がイヤ、薄っぺらい恋しかできなさそうな彼氏がイヤ、自分を認めてくれない部活の顧問がイヤ、ひとりぼっちがイヤ。

そして何より、いろいろなことをまっすぐに受け止めれない自分がイヤ……。


 

JPOP感〜〜〜〜〜!!!!!!!!!

 

 

何てありふれた悩み……。ぜんぶ自分の心持ちの問題なんだから、腹をくくってふんっ!と切り替えるしかないのに、まるでハムスターが滑車を回すかのようにぐるぐるぐるぐる、同じことに毎日悩んでいたのです。

そうしていると、さらに負のスパイラルにはまっていって、悩んでることに疲れちゃって、どんどん気分が滅入ってきます……。

そんな青春のイヤイヤ期だった私は、毎日現実逃避のために物語に没入していました。

魅力的な作品を読んでいると、こんがらがった自分から離れ、違う場所に行ける。まだ高校生で、疲れすぎて、この日常から離れるという対策すら思い浮かばない私は、水泳で息継ぎをするように、生きていくために本を読んでいました。逃げる場所は、いつも物語だったのです。

そんななかで出会ったのが、この『なんくるない』という短編集。

吉本ばななは、『High and dry (はつ恋)』という作品を読んで知り、その時から心の苦しさが減るなぁ、と救われていました。息継ぎで吸える酸素の量が多いというか、読んだ後は心の淀みがちょっと綺麗になるのです。

そして日々の苦しさを紛らわせるようにひたすら彼女の作品をローラー読みしていた時、この作品に出会いました。

 

私って、まぁ生きてるだけでいいのかもね!

表題作「なんくるない」のの大好きなところは、「私って、まぁ生きてるだけでいいのかもね!」という子供のような肯定感を感じさせてくるところ。

主人公はバツイチのアラサー女性、通称ピンキーちゃん。離婚のショックから息苦しく日々を送っていた彼女は、その傷を癒すために、気持ちを新たにすべく沖縄へ旅行することに。

そこで地元の雰囲気に癒されるものの、何だか物足りない、下世話な物語が欲しいなぁ、と感じたところで、トラという男性が現れるのです。

かなり端折ったあらすじですが、まぁさらに詳しいあらすじはググれば出てくるでしょう。

ストーリーでは離婚を、「自分をいちばんに考えることを誓った人が自分と別れてもいいと思ったこと」(たしかこんな感じ)と表現。そして、大人として頭で受けて入れてはいても、心の中の子供の部分が、そんなのやだ、認めたくない!と泣いている、とも表します。

これは何だか小さい頃の幻想に似ているような気がします。生きてるだけですごく褒められて、愛されて、私は(アホの子だったというのもありますが)人生イージーモード!素晴らしい!と本気で思っていました。

それがいつしか、お父さんとお母さんは絶対的な存在ではないこと、周囲もただ優しいだけじゃないことを知って、何だか子供の頃に約束していたのとは世界、ルール違うじゃん!嘘つき!と、青春のイヤイヤ期に突入したのでした。

世界はもっと単純だと思ってたのでどうしていいか分からず、それがどんどん他人への疑心暗鬼につながり、勝手に人生をこじらせていったのです。

そんな複雑になった悩みをポーン!と飛び越えてくるのが、トラ。

トラは30過ぎてもぜんぜんしっかりしていません。むしろ大人になった今も女系家族で甘やかされていることもあり、どんどん末っ子感、ヒモ感の完成度を増しているよう。

しかしダメダメな彼は、自分が大切にしているものがブレないのです。そして自分と周囲のリアルにダメな部分を受け入れながら、まぁそれでいいし、十分価値があるのだと語ります。

本作を初めて読んだ当時、自分のことがイヤでたまらなかった私は、それにとても救われました。生きてるだけで、とりあえずオッケー!あんたは最高!というメッセージをトラから感じ、今悩んでいることももっと単純に飛び越えられそうな気がしました。大人になっても子供の頃みたいな単純な世界の捉え方をしてもいいのかもなぁ、と。

そして彼を描いた吉本ばななに対して、物語でこんなに優しいことを伝えてくれる人がいるんだ、こんな人生の先輩が世の中にいるんだ、頼もしいなぁと思ったのでした。
 

そうして吉本ばななを心の中で慕うと同時に、沖縄のことも大好きに。ちょうどその時が高校3年生の夏だったので、今まで志望していた茨城県の大学ではなく、好きという気持ちだけで沖縄の大学のオープンキャンパスに行きました。

そこで、死んでしまうんじゃないかとまで思っていた心が、ここにいたい、と言ってきたのが分かりました。すごく息がしやすい、と。

そして、じゃぁピンキーちゃんのようにとりあえず動くしかないな、とシンプルに思ったのです。

そうして晴れて私は、沖縄の大学生になりました。

なんくるない (新潮文庫)

2007年05月29日
よしもと ばなな
新潮社

イヤなことがあっても自分の価値は損なわれない、と思えれば、たいていのことは笑って流せる気がします。笑えるものにできれば、その出来事の意味も変わってきます。

逃げたいけれど、逃げる場所がない人に、悩みを飛び越えて大きな愛を届けてくれる本です。

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