2019年にドラマ化される本作は、あまり馴染みのない「見当たり捜査員」という職業の男が主人公です。その職業ゆえにさまざまな悩みを抱えた主人公が、自分の意図しないうちに事件に巻き込まれていくさまは、読む者に息をつく隙もあたえません。 スリリングでリアリティーに富んだ本作。今回は、そんな『盗まれた顔』の見所を5つに分けてご紹介しましょう。
1人の見当たり捜査員が、とてつもない事件に巻き込まれていく物語です。
主人公は、警視庁刑事部捜査共助課の捜査員・白戸崇正。彼は、常に500人の顔を記憶しているという特殊能力の持ち主でした。視界の中に記憶している顔の持ち主がいると、脳が反応するのです。
そんな彼は自分の能力に対する苦悩や、彼女が浮気しているのではという疑いで日々悶々と悩んでいる人物でした。
盗まれた顔 (幻冬舎文庫)
2014年10月09日
そんな日々を送っていた、ある日。彼はなんと、いるはずのない人を見つけてしまうのです。 それは、過去に死んだとされている人物。
自分が見間違えたのか、それとも、死んだというのが何かの間違いだったのか……さらにそのことで悩むようになった彼に次々と魔の手が襲いかかり、ある事件に巻き込まれていくことになったのでした。
本作では、彼が自身の能力に飲み込まれて「普通の暮らし」ができなくなっていくというところも、物語を大きく揺るがすポイントとなってきます。果たして、この不可解な事態を招いた真相とは……。
因みに2019年のドラマ版では、白戸を玉木宏が演じます。苦悩する主人公を彼はどのように演じるのでしょうか。
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羽田といえば、2015年に又吉直樹とともに芥川賞を受賞した人物。バラエティー番組などで、自身の作品が印刷されたTシャツを着ていた姿を覚えている人も多いでしょう。
そんな独特の感性を持つ彼は、わずか17歳で、家庭内ストーキング を題材にした『黒冷水』を執筆。そして文藝賞を受賞しました。
彼が書くものには常に哲学的考察が組み込まれており、物事を多角的に見つめようとしています。それが作品に重厚感を与え、一見冷たく見える筆致に人間味をもたらすのです。
- 著者
- 羽田 圭介
- 出版日
彼は本作を書く前に、カップルの携帯電話における家庭内ストーキングをテーマにした『隠し事』という作品の執筆していました。この作品の構想に行き詰まっていた時に、たまたまニュース番組で見当たり捜査員の特集を見たのです。
指名手配犯数百人分の顔写真を記憶し、街中で地道に見つけようとする姿に心をつかまれた羽田は、一気に本作の構想を膨らませます。その結果本作が生まれ、実際の内容ということで、非常にリアリティーのある内容となっているのです。
見当たり捜査員というのは、道行くたくさんの人々のなかから、自分の記憶だけを頼りに手配犯を見つけ出す捜査員です。 彼らは常に300人以上の手配犯の「顔」を記憶しています。そして、自分の目の前を通り過ぎていく人々のなかから、その「顔」を見つけるのです。
たった1人の犯人を追いかける通常の捜査とは違い、いつどこで自分が記憶している顔に出会うかわかりません。だから彼らは、休みの日だろうが何だろうが、いつも神経を研ぎ澄ませておくことになります。 片時も気を抜くことができないのは、なかなか辛いものがあるでしょう。
でも人間の目と脳だけが頼りのこの方法は、時に最新テクノロジーを用いた捜査よりも優れた成果をあげることがあるのです。
実在するとは信じがたいこの職業について知ることができるのも、また本作の魅力といえるでしょう。
なんといっても魅力的なのは、やはり苦悩する主人公・白戸崇正です。彼は、自分の覚えた顔に接すると「目の奥が緩むような感覚」に襲われます。そして、その感覚だけを頼りに、1年間で10人以上の手配犯を捕まえてきました。
しかし最近、その感覚に引っ掛かるのが、手配犯なのか、ただの知人なのか、部下なのか、それとも恋人の千春なのか、わからなくなってしまっているのです。 自分の特殊能力に、自分の暮らしが蝕まれていくという事実に彼は怯えますが、なんの対処もできません。
さらに、千春が浮気しているかも……と思ってコソコソ調べても、本人には直接は何も言いません。この、なんだか煮え切らない人物が特殊な能力を持ってしまった……という感じが、彼の最大の魅力なのです。
そして、そんな彼の恋人・宮坂千春が始終、彼に何かを隠しているように見えるのも本作の見所の1つ。本作のキーパーソンで白戸の先輩捜査員であった須波通から電話がかかってくる前に姿を消したり、内緒でバイトを始めてみたり……。
白戸はわりとすぐに彼女の言い訳を信じますが、読者には「いやいや、そんなはずはない」という疑念が残ります。でも、そんなふうに彼女がずっと怪しいということが、この物語に深みを与えているのです。
そして、本作で欠かすことのできない人物・須波通ですが……彼については、次のセクションで紹介しましょう。
白戸を事件に巻き込んでいくのは、かつて彼と同様に見当たり捜査員として抜群の能力を誇っていた、須波通です。 彼は4年前に、恋人の仇をとるための捜査中に焼死したことになっていました。
しかし白戸は、その死んだはずの彼を見かけてしまうのです。彼が生きているとなると、その死を断言している公安部捜査員・川本が嘘をついていることになります。
これが事実だとするなら、なぜ川本はそんな嘘をつくのか、そして、白戸の捕まえた王が誰かによって暗殺されたのはなぜか、弁護士と歯科医を殺した罪を塚本が背負わされたのはなぜか…。
さまざまな謎が、実はすべて1つの原因が元にあったとわかった時、白戸は強大なる悪が自分の身近にあったことに気づくのです。 緻密に張り巡らされた謎が、やがて1つに収束していく爽快感は、間違いなくこの物語の魅力となっています。
ある日、白戸の元に非通知の電話がかかってきます。それは紛れもなく、須波の声でした。彼は生きていたのです。
そんな彼が身を隠していた背景には、彼の亡くなった恋人、そして中国人マフィアの存在がありました。そして白戸は須波の囮として、彼に利用されしまったのです。
須波が、元後輩を囮にしてまで成し遂げたかったこととは一体何なのか、そしてマフィアを巻き込んだ大ごとに発展したこの事件は、どのような決着を果たすのか必見です。
盗まれた顔 (幻冬舎文庫)
2014年10月09日
そして本作には、まだ続きがあります。
事件が解決しても、白戸は「普通の生活」に戻ることができません。 さらに戻れないだけでなく、恋人に関する衝撃的な事実に気がついてしまうのです。 それは、白戸のある過去に関することでした。読者は、この予想外のラストに驚愕することとなるのです。
事件の真相、そして衝撃のラスト。2つの結末が気になる方は、ぜひ本編でお楽しみください。