シンガーソングライター・さだまさしによる、失明の恐怖と戦う男の姿を描いた感動の物語。 今回ご紹介するのは、短編小説『解夏』に収録された表題作「解夏」です。2004年に映画化された本作は興行収入で10億円以上を売り上げ、いまだに人々を魅了する作品となっています。読んだ後には、なんとも言えない清々しさを感じることができるでしょう。 そんな『解夏』のあらすじや作者について、さらには注目のポイントなどを中心に解説していきましょう。
2002年に刊行された、さだまさしの短編小説。表題作の他に「秋桜」「水底の村」「サクラサク」が収録されており、「サクラサク」は2014年に映画化もされました。
この記事では、そのなかの「解夏」に焦点を当てて紹介していきましょう。
本作は2004年1月に映画化、同年4月にはフジテレビ系にて『愛し君へ』のタイトルでテレビドラマ化もされ、注目されました。映画版では主人公・高野隆之は大沢たかおが、恋人・朝村陽子は石田ゆり子が演じています。
そして、その主題歌は原作者でもあるさだまさしが作曲、作詞をおこない、自ら歌ったことでも話題となったのです。
ドラマ版の主演は、藤木直人と菅野美穂。こちらは本作をベースに、月9流にアレンジした作品となっています。
そんな、さまざまなメディアで作品化されてきた本作のあらすじをご紹介しましょう。
- 著者
- さだ まさし
- 出版日
小学校教諭をしていた、高野隆之。生徒からも慕われていた彼はある日、目に違和感を感じて検査を受けることに。その結果、徐々に視力が失われていく「ベーチェット病」という難病に冒されていることを知らされるのでした。
それを機に、彼は教師を辞めて、地元・長崎に帰郷することに決めるのです。
そんな彼には、仕事の都合で海外にいる婚約者・朝村陽子がいます。彼は彼女のことを思い、婚約を解消しようと考えるものの、彼女は向こうに長期滞在の予定。直接言い出せない隆之は、恩師でもあり、陽子の父親でもある健吉に病のことを報告すると同時に、婚約解消を申し出るのでした。
しかし、婚約解消を父親からの手紙によって知らされた陽子は帰国を早め、隆之の元へ乗り込んできます。自分にも関係のある未来を相談もせず、勝手に決めないで、と怒りを露わにするのです。
後日、冷静になった彼女は長崎を訪れ、隆之の目になって彼を支えたいと伝え、彼の家族とともに暮らすこととなるのでした。
彼女の気持ちを嬉しく思う反面、迷惑をかけることを申し訳なく思う気持ちや、自分の不甲斐なさなどで葛藤する日々のなか、隆之は新たな一歩を踏み出していくこととなるのです。
本作の作者・さだまさしは、小説家としてだけでなく、歌手やコメンテーターなど幅広い分野で活躍。ライブMCの面白さと長さから、その「噺」のファンも多く存在します。
楽曲の代表作は『精霊流し』や『関白宣言』など。レコード大賞も数回受賞していおられ、NHK紅白歌合戦にも多くの出場経験を持っています。
執筆作品の代表作には『解夏』にも収録されている本作「解夏」や「サクラサク」をはじめ、映像化もした『眉山』や『精霊流し』、『風に立つライオン』などが挙げられるでしょう。
どれも、読者の涙を誘う作品ばかり。彼の作品には病、もしくは医療を題材にした作品が多く、それらを取り巻く温かい人間模様を描くことが多いため、読む人の心を揺さぶるのです。
- 著者
- さだ まさし
- 出版日
- 2003-08-01
なかでも『精霊流し』は、彼の自伝的小説となっています。フォークデュオ「グレープ」としてメジャーデビューを果たすまでの苦労話などがメインとなっていますが、読者の琴線に触れる書き方は、やはりさだまさし作品らしさを感じさせてくれるでしょう。
彼に興味を持たれた方は、ぜひ一読してみてはいかがでしょうか。彼の作品が、どうしてこうも人々を魅了させるのか垣間見ることができると思います。
では、ここで主要な人物を紹介しましょう。本作に出てくる登場人物達は、皆心温かい人達ばかりです。
隆之が冒されてしまった、ベーチェット病。
いずれ失明の恐れがあるとまで言われたこの病気ですが、具体的には一体どういった病なのでしょうか。
- 著者
- 石ヶ坪良明
- 出版日
- 2011-12-12
この病は国の指定難病にも定められており、原因・治療法ともに確立されていません。
症状としては、口内炎をはじめとした口腔内や、皮膚などの体の至る箇所に炎症が起こり、治癒と再発をくり返します。そのなかで本作に登場する隆之のように、眼球を覆っているブドウ膜や虹彩に炎症が起こる場合があるのです。そして、ひどい場合は失明に陥ってしまいます。
そんな難解な病を宣告されてしまった隆之。彼は最初、自分なりに考えて1人で最善を尽くそうとします。しかし周りの温かい人柄に助けられ、徐々に新たな人生を踏み出すこととなるのでした。
明らかになっていないことが多い難病にかかることは、大きな不安を伴います。そうしたなかで重要なのは、やはり周りからの支えなのでしょう。
さて、作品名にもなっている「解夏」ですが、なかなか日常では聞きなれない言葉ですよね。一体どういう意味の言葉か、皆さんはご存知でしょうか。
「解夏」というのは、実は仏教用語の1つ。
仏教僧がおこなう修行に安居(あんご)というものがあります。これは、陰暦4月16日から7月15日にかけて籠る修行のこと。その安居は、夏におこなわれることから夏安居(げあんご)ともいわれます。そして、それが終わる時のことを「解夏」といい、夏安居が始まる時を「結夏」(けつげ)というのです。
このことを、たまたま訪れた寺で出会った林茂太郎から教わった隆之と陽子。その時の隆之は、いずれ訪れるであろう失明の恐怖と闘っていました。彼はそれを知り、仏教僧がおこなう夏3ヶ月間の修行と、隆之の目が見えなくなる時までの期間を重ね合わせ、話をするのでした。
失明する時は、いずれ自分の目が見えなくなるという恐怖から解放される時。つまり、隆之にとっての解夏だと林は言い、彼を元気づけるのでした。
出会って間もない彼を元気づけようとする、林の人柄にもぜひ注目していただきたいです。
「解夏」の見所の1つは、なんといっても登場人物達の心温まる性格でしょう。しかし、その性格ゆえ隆之と陽子はお互いを思いやりながらも、すれ違ってしまうのです。
その甘く切ない彼らの恋の行方も、要注目。
まずは、住む場所の違いです。ただ、これはお互い納得のうえのこと。しかし、この遠距離恋愛があったためにお互い自分の気持ちが言えず、すれ違ってしまったのです。
いずれ失明する恐れがあることを知った隆之は、陽子の将来のことを考えて婚約を解消することに決めます。一方で陽子は、そんな一方的な彼の行動に腹を立てるものの、彼の病を知っても支えになりたいと考えるのです。そんな彼女の気持ちを知り、隆之は長崎で彼女と母親と3人暮らすことに決めます。
しかし、次のすれ違いが訪れるのです。病状が悪化して1人で階段も昇れなくなってしまっていることに気づいた隆之は、思わず陽子にきつい態度をとってしまいます。自分の無力さや、好きな人に拒絶された悲しみを抱いたまま、陽子は長崎を後にするのでした。
その後、2人がとった行動とは……。
陽子がいなくなり、彼女の存在の大切さに気付いた隆之は、1人で彼女の元へと駆けつけます。そして、「僕の目になってほしい」と伝えるのです。
このセリフは、物語の中盤で陽子が言った「あなたの目になりたい」という言葉につながっています。この陽子の気持ちが報われた瞬間は、まさに感動もの。2人の気持ちが通じ合い、再び長崎の地へと戻ってくるのです。
隆之の目が見えなくなることは避けられない事実。いよいよ、その日がやってきます。
その時、果たして隆之は何を思うのでしょうか。
- 著者
- さだ まさし
- 出版日
ラストシーンは、なんともいえない美しい描写で、何度読んでも泣ける名場面となっています。周りの温かな人たちのおかげで、隆之は救われたのだとわかるシーンです。林の言葉が生きてくる最後の一文は、ぜひ注目してください。
ここでは、あくまでも大まかな内容を紹介させていただきました。本作特有の細かい描写や深い内容を味わいたいという方は、ぜひ本作を手に取ってお試しください。