「このミステリーがすごい!」大賞受賞作でデビューを飾った中山七里。読みやすい作風と作品の幅の広さから、一気に人気作家の仲間入りを果たしました。今回は、中山七里のおすすめ作品6選を紹介します。
中山七里は、2010年にデビューした岐阜県出身の作家です。
幼少期から、どこでも本を読むような子供だったそうです。なんと小学生にしてアーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズシリーズ』、モーリス・ルブラン『アルセーヌ・ルパンシリーズ』を読み尽くしたそうです。
高校時代から創作を始め、大学時代には江戸川乱歩賞に応募して1次選考を突破。しかし、中山は就職を機に創作をやめてしまいます。
20年後、島田荘司のサイン会に行ったのがきっかけで執筆を再開し、「このミステリーはすごい!」大賞に応募しました。応募作品は、最終審査で落選してしまいますが、この時の反省を活かして新たな作品を書き上げ、2009年に大賞を受賞。48歳という遅咲きの作家の誕生となりました。
- 著者
- 中山 七里
- 出版日
- 2013-04-27
臓器移植と切り裂きジャック事件を元にした『切り裂きジャックの告白』。事件に挑むは、刑事・犬養隼人。
木場公園で、身体の臓器を全て抜き取られた遺体が見つかりました。その場で殺して解体したと見られ、医療関係者などの専門職の仕業ではないかということ、手口の特殊性から連続殺人に発展する可能性が挙げられました。
その後、新聞社に犯人らしき人物から、声明文が届きます。「彼女の臓器は軽かった」と書かれている声明文の最後には、「ジャック」という署名が記されていました。誰もがロンドンの「切り裂きジャック事件」を連想しました。
2人目の犠牲者が出たことにより、警視庁は、埼玉県警と合同で捜査に当たることに。捜査一課の犬養隼人も、埼玉県警の古手川とコンビを組むことになります。調べていくと、被害者達には、ある共通項があることがわかったのです…。
犬養は、イケメン刑事として描かれていますが、彼にも弱点や、責められるべき過去があることが描かれています。犬養だけではなく、中山の作品の登場人物は、皆、なにかしら弱みを持っていて、それが物語にリアリティや深みを与えています。犬養の場合の弱みとは、自分の浮気によって離婚した過去。それを悔いていますが、妻や娘とのわだかまりは解けていません。特に娘は、犬養に対して反発を覚えています。そんな人としての不完全さが、犬養に身近さを感じさせる要因なのかもしれません。
また、犬養は「人のウソを見抜く」特技を持っています。しかし、彼は女性のウソだけは見抜けないのです。それが、彼の推理や捜査に影響を与えることもあります。妻と娘という女性を泣かせてきた犬養が、女性のウソを見破れないというのは、なんだか皮肉のようにも感じます。
猟奇殺人、快楽殺人とも思える事件に、犬養がどのように挑むのかがとても気になる作品です。
- 著者
- 中山七里
- 出版日
- 2015-05-14
法医学をテーマに書かれた作品『ヒポクラテスの誓い』。法医学の権威・光崎藤次郎が探偵役となります。
浦和医大の研修医・栂野真琴は、内科の教授からのアドバイスにより法医学教室で研修を受けることに。そこは、世界的に有名な法医学者・光崎藤次郎が取り仕切る教室でした。
光崎は、真琴の法医学への覚悟のなさを見抜き、追い返そうとしますが、准教授のキャシー・ペンドルトンのとりなしにより、なんとか法医学教室に入ることが認められます。
そんな中、埼玉県警から解剖の要請が入り、真琴は光崎らと現場に向かいます。一見酔っ払った末の凍死に見えましたが、埼玉県警の小手川は、遺体の服装と酒の種類が噛み合わないことに違和感を覚え…。
今回のメインの登場人物となる、光崎藤次郎。実は、中山の他の作品にも何度か登場している人物です。埼玉県警の古手川もそうですね。他の作品では脇役だった人物の活躍が見られる点も魅力の作品です。
タイトルの『ヒポクラテスの誓い』は、医師の倫理や任務についての、ギリシアの神への宣誓文のことだそうです。死者の声を聞く法医学が事件の真相を明らかにしていく様は、リアルです。
また、本作の登場人物は、個性的。偏屈な法医学者・光崎をはじめ、准教授のキャシー・ペンドルトンは「死体大好き!」という驚異のキャラクターです。他作品でも登場する埼玉県警の古手川についても、一癖も二癖もある性格の人物です。このような濃いキャラクターの面々に囲まれる真琴が、話が進むにつれて成長していくのがわかります。
リアリティとキャラクター性が絶妙にマッチし、非常に読みやすい作品です。
- 著者
- 中山 七里
- 出版日
- 2011-01-12
ピアニスト・岬洋介が探偵役を務める『さよならドビュッシー』。「このミステリーがすごい」大賞受賞作品であり、中山のデビュー作でもあります。クラシックが織りなすドラマと、ミステリーのコントラストが魅力的です。
中学3年生の香月遥は、ピアニストを目指し毎日厳しい練習に明け暮れていました。彼女は、旭丘西高等学校の音楽科に推薦で特待入学することが決まっており、周りからの期待も高かったのです。同じくピアニストを目指す従姉妹の片桐ルシア。遥とルシアは、姉妹のように仲良しでした。
そんな2人を悲劇が襲います。ある夜、祖父の香月玄太郎の部屋から出火し、玄太郎と遥、ルシアがいた離れが全焼してしまったのです。彼女は、全身に大火傷を負いましたが、奇跡的に命を取り止めました。しかしあとの2人は助かりませんでした。
ようやく退院し、香月邸に戻った彼女を待ち受けていたのは、顧問弁護士による玄太郎の遺言の発表。玄太郎は、遥に総資産の半分を譲るという遺言を残していました。遺産は、信託財産として、遥のピアノ教育とピアニスト活動にのみ使われるものでした。
彼女は予定通り旭丘西高等学校の音楽科に入学したものの、火傷が完治していない状態での特待入学だったことで、クラスメイトからは辛く当たられます。さらに香月邸でも命の危険にさらされ、ピアノ講師の鬼塚からは見放され、彼女は夢を諦めかけます。そこで彼女の講師を引き受けたのは、鬼塚の弟弟子であるピアニスト・岬洋介でした…。
中山七里のデビュー作として、非常に話題になった作品です。タイトルに「ドビュッシー」とある通り、クラシック音楽が絡むミステリーとなっています。まるで音が聴こえてくるかのようなクラシックの繊細な描写も、非常に魅力的です。
クラシックと絡み合う主人公の思いは、時折、鬼気迫るものさえ感じさせます。彼女は重度の火傷で指が自由に動かなくなってしまいます。日常生活に支障はなくとも、ピアノを弾くには致命的なことでした。それでも彼女は、ピアノが弾きたいと願います。主人公の演奏シーンは、必死であるがゆえに胸をうたれます。
- 著者
- 中山 七里
- 出版日
- 2011-02-04
「カエル男」と呼ばれる猟奇殺人鬼を捕まえるため、埼玉県警の古手川と渡瀬が捜査にあたる『連続殺人鬼 カエル男』。『さよならドビュッシー』と共に「このミステリーがすごい!」大賞にノミネートされた作品です。残念ながら受賞には至りませんでしたが、落選作品も読みたいという声に応えて、刊行されました。
12月1日、新聞配達の少年はマンションの13階に吊るされている怪しいブルーシートを見つけます。めくってみると、全裸で吊るされた女性の遺体。ブルーシートには、平仮名で書かれたメモ書きが貼り付けられていました。「きょう、かえるをつかまえたよ。このはこにいれていろいろあそんだけど、だんだんあきてきた。おもいついた、みのむしのかっこうにしてみよう。くちからはりをつけて、たかいたかいところにつるしてみよう」という、まるで子供が書いたような文字と文章でした。女性の異常な殺され方に、世間は騒ぎます。
捜査一課の古手川和也はベテランの渡瀬とコンビを組み捜査に当たりますが、手がかりを得ることはできません。城北大学の教授である御前崎は事件の幼児性を指摘し、犯人は、飽きるか叱られるかしない限り、決してやめないだろう、と警告します。そして、第二の事件が起こり…。
『連続殺人鬼 カエル男』は、大賞受賞作の『さよならドビュッシー』とは正反対の、サイコサスペンスとなっています。中山の作品の幅広さを改めて感じさせてくれる作品です。
今まで紹介した作品は、ミステリーながらどこか爽やかさの残る作品が多いですが、本作は違います。猟奇的な殺人事件と、幼児性というミスマッチな恐ろしさ、手口の残虐性を物語る描写、格闘シーンなど、思わず目を背けたくなるかもしれません。それでも先が気になって読んでしまう魅力あります。
さらに、「どんでん返しの帝王」とまで呼ばれる中山の仕掛けが、本作では大いに楽しめます。猟奇的な殺人事件の裏に隠された真実を、古手川は見つけ出せるのでしょうか。
- 著者
- 中山 七里
- 出版日
- 2017-03-10
『テミスの剣』はある冤罪事件を軸に、主人公渡瀬が警察組織を敵に回しながらも真実を求める社会派ミステリーです。
1984年、渡瀬は当時巡査部長として、教育係鳴海の元、強行犯係に所属していました。そこで1件の殺人事件がおこります。容疑者として浮かび上がるのは楠木明大。鳴海は明大が犯人と決めてかかり、荒々しい取り調べ、さらには証拠品のでっちあげまで行います。こうして、死刑宣告をされた明大は獄中で自殺してしまいました。
1989年、ある事件を捜査していた渡瀬はその手口が5年前の殺人事件の手口と似ていることに気がつきます。容疑者の迫水二郎を取り調べる中、迫水はあっさり5年前の事件も自分の犯行と認めます。それは警察組織を揺るがす発言となるのでした。
物語は冤罪、警察組織、司法のあり方を責め立てるようにすすんでいきます。渡瀬は自分の正義を貫こうと冤罪事件について捜査します。しかし、それを面白く思わないのが警察、司法の人間達。そんな大きな力を敵に回しながらも渡瀬は真相を追い求めるのです。物語が進むにつれ渡瀬が成長していき、とても愛着がわいてくるでしょう。
そして1つの冤罪が憎しみを生み、第2の事件を引き起こします。第2の事件では、迫水が殺害されてしまい、まさに負の連鎖です。警察の中には、楠木明大、迫水二郎の名前も聞きたくない人間もいます。もちろんそれは、明大を冤罪に追いやったという自覚がある者たちです。市民の正義の指標であるべき警察が悪を悪で覆い隠す姿に何を信じていいのかわからなくなってきます。
そんな不安な気持ちをも引き起こすこの物語。だからといって読まなければよかったなんて絶対思わないでしょう。警察、司法について考え直すいい機会になります。またとても読みやすく、巧妙に仕組まれた伏線は圧巻です。ぜひ1度読んでみてください。
- 著者
- 中山 七里
- 出版日
- 2013-11-15
『贖罪の奏鳴曲』の主人公は、弁護士・御子柴礼司。タイトルに「奏鳴曲(ソナタ)」と入っていますが、法廷ミステリーとなっています。
弁護士・御子柴礼司は、どんな裁判でも必ず勝つ敏腕弁護士。しかし、証言者を金で釣るなど、真っ当とは言えないことも多くありました。さらに、依頼人には法外な弁護料を吹っかけるということもあり、敵も多い人物です。
ストーリーは、御子柴が、川の上流から死体を遺棄するところからはじまります。死体は加賀谷竜次という記者のものでした。
死体が発見されると、警察は、記者・加賀谷がゆすりの常習者であり、最近では、夫の人工呼吸器を止めて殺したという東條美津子の事件に興味を示していたことを突き止めます。御子柴は、東條の弁護人を担当していました。彼と対面した警察は、御子柴の知られざる過去に気づきます…。
タイトルの「奏鳴曲」は御子柴にとって重要な意味を持ちます。中山も、御子柴の過去と絡む「奏鳴曲」のシーンにはこだわったと述べており、その重要性がうかがえます。
御子柴の過去と現在の事件を通して、現代社会の問題を提起する作品でもあり、社会派小説が好きな方にも是非読んでもらいたい1作。
デビューから今まで、テイストの異なる様々な作品で読者を楽しませる中山七里。今後もどんな作品が出てくるのか、目が離せません!