グッと寒さが増した今日このごろ。本来なら温まるような本をご紹介したいところですが、今回は逆に寒さを助長するような本を3冊ご紹介します。郷愁に駆られる想いと何かを恐れる記憶は、個人的に紙一重だと思っています。歳を重ねれば重ねるほど、色んなことがわかったり理解するようになりますが、その一方で実は怖いものが増えているのかもしれません。今年読んだ本の中で、そんなことを改めて考えさせられるものを厳選してみました。一年の締めくくりとして、年末のお供にどうぞ。
我々は、自分の身体をパーツでしか認識することができません。細切れになった情報を脳でつなぎ、それを「自分の身体」と捉えるのです。もし、身体のパーツごとに物語があったとしたら、それは慈愛に満ちたお話になるのでしょうか、それとも恐怖のお話となるのでしょうか。
- 著者
- 中島 らも
- 出版日
12編が収録されているオムニバス形式の本書は、一人の少年が近所にある誰も訪れない「首屋敷」に忍び込み、地下室で見つけた人体模型と出会うところから始まります。いずれも身体の器官がタイトルに入っており、その器官にまつわるちょっとゾワッとするオチで終わります。
どれも日常の中で「もしかしたらあり得そう」なシチュエーションが舞台になっており、ちょっとしたデジャヴが体験できるかもしれません。どれも最初からグッと引き込まれて一気に読み進められるので(私は行き帰りの電車の中で読み終わってしまいました)、サクサク読みたい方にはオススメの1冊です。個人的には、電車の中や街中といった「たくさんの身体」が集まる場所で読むことを推しておきます。
歳を重ねていくにしたがって、少なからず「老い」を実感する瞬間があります。全速力で走れなくなってしまったであるとか、あれだけ執心していたのにある日パッタリと興味がなくなってしまったなど、人によってさまざまです。とりわけ「記憶」というものは、鮮明に憶えていれば憶えているほど、実は記憶違いかもしれないということもあります。
- 著者
- 松浦 寿輝
- 出版日
- 2016-06-21
9作の多種多様な作風の短編が収録された本書は、全体的に上記したような「老い」や「記憶」を考えさせられるようなものばかりです。とりわけ個人的にお気に入りなのが、「BB/PP」と「四人目の男」、そして「ミステリオーソ」です。タイトルにもなっている「BB/PP」は、グリム童話の「青ひげ」を下地とした近未来SFで、現代で言うラブドール(ダッチワイフ)が登場します。生身の女に興味を示さなくなったBBと、ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』や、2016年に日本公開した映画『エクス・マキナ』(監督:アレックス・ガーランド)をどことなく彷彿とさせるPP、この青ひげと未来のイヴのラブストーリーの結末は圧巻です。
一方、「四人目の男」と「ミステリオーソ」は、前者がプラハを舞台にしたミステリー、後者はパリを舞台にした幻想(回想)譚です。魔都と花の都という幻想広がる都市を舞台にしているせいか、めまいに近い感覚を憶える作品です。
海外に行くと、その国の慣習やルールに驚かされることがしばしばあります。そう考えると、我々が共有している「当たり前」というものは、実は所属しているコミュニティ内(大きいくくりで言えば国家、小さいくくりで言えば家族)でしか通用しないものなのだということに気付かされます。私たちが纏っている「当たり前」はどこまでが「普通」と言えるのでしょうか?
- 著者
- 嶽本 野ばら
- 出版日
- 2011-12-24
現代アートの鬼才・藤本由紀夫とコラボレーションした本書は、9つの「平和」で「平等」な世界をまとめた黒い寓話集です。寓話として書かれてはいますが、程度の差はあれ、あり得なくはない世界(もしかしたらあったかもしれない世界)がそこには広がっています。「平和」で「平等」な世界は悪夢と紙一重である、そんなことが、読み進めれば読み進めるほど頭をもたげてきます。
最初の物語はこう締められています。私はこの一文でガツンとやられてしまいました。
「おや、皆さん、どうしてそんな悲しそうな顔をしてこちらを睨んでなさいます。この国のお話はこれでお終いですよ。限りなく誰もが平等に愉しめた筈なのでございますけれどね。」(14ページ)
いかがでしたか? 今回はすべて短編集のものをご紹介しました。いずれも読んでいるとどこか郷愁に駆られ、そして次の瞬間にゾワッとするものばかりです。たまには寒さを助長させる本も良いかもしれませんね。