詩人であり小説家の阪田寛夫は、「サッちゃん」や「おなかのへるうた」など童謡の作詞を担当したことでも知られる人物。その優しく温かい言葉は、どのようにして紡ぎだされたのでしょうか。この記事では、阪田の生涯とともに、小説や詩集、絵本などバラエティ豊かな彼の作品を紹介します。
1925年生まれ、大阪府出身の阪田寛夫。詩人であり、児童文学作家、小説家でもあります。
実家は広島県で代々海運業を営んでいて、祖父の代からは大阪府で化学メーカーを設立。実業家の家庭で育ちました。また熱心なキリスト教徒でもあったそうです。
東京大学の文学部に進学し、在学中に、後に作家となり文化庁長官も務める三浦朱門らと同人誌を発刊。卒業後は朝日放送へ入社し、ラジオ番組のプロデューサーなどを担当しました。
退社後に、本格的な文筆業を開始。『音楽入門』で小説家としてデビューしました。1975年に『土の器』で芥川賞を受賞。その後も小説をはじめ詩、童謡、絵本、放送脚本などさまざまな作品を世に送り出します。
なかでも有名なのが、阪田寛夫が作詞を担当した童謡「サッちゃん」でしょう。2006年には阪田の通っていた幼稚園に歌碑が建立されるほど、子どもから大人まで愛される歌となりました。
また阪田は、詩人のまど・みちおを尊敬していて、まどに関するエッセイを執筆するほか、共著の作品も発表しています。
1975年に芥川賞を受賞した作品です。
語り手の「私」には、末期がんを患う母がいます。母は、どれだけ辛いことがあっても、けっして弱音を吐かない人でした。彼女を支えていたものとは何だったのでしょうか。
「私」とともに母の終末を見守る、心温かな家族の物語です。
- 著者
- 阪田 寛夫
- 出版日
表題作の「土の器」は、末期がんの母を近くで見守る息子と、彼らを取り巻く人々の物語。そのほか3編の作品が収録されています。
キリスト教徒だった母は、肩を骨折してもオルガンを弾き続け、弱音を吐くことなく最期を迎えます。しかし息子には、母を支えている存在が何だかわかりません。
登場人物の動きや心情が丁寧に記され、息子の母に対する想い、母の周囲の人々に対する想いが如実に表現されています。家族同士だからこそ芽生える葛藤や優しさに、きっと共感できるはずです。
「もう振り返っても母はどこにもいなかった」という文章で締めくくられる語りからは、切なさと大きな愛が伝わってくるでしょう。
阪田寛夫が生み出した132編の詩をまとめたアンソロジーです。
有名な「サッちゃん」「おなかのへるうた」や、日本版の「ねこふんじゃった」など、誰もが知っている童謡となった作品も多数収録。美しい日本語のリズムと、豊かな言葉で表現された詩を楽しむことができます。
- 著者
- 阪田 寛夫
- 出版日
- 2004-09-01
阪田寛夫ならではの高い表現力はもちろんのこと、テンポがよくリズミカルな言葉は何度読んでも心に響く心地よいもの。くり返し読めば読むほど染み入るのではないでしょうか。
馴染みのある歌も多く、声に出して読みたくなるかもしれません。子どもから大人まで、幅広い世代におすすめの一冊です。
人間が生まれるずっと前の恐竜の時代。ひとりぼっちだったイグアノドンは、小さな翼竜と友だちになります。翼竜は「だくちるだくちる」とうなり声をあげ、その声はイグアノドンにとって世界で初めての「歌」となりました。
イグアノドンと小さな翼竜との友情を描いた、温かな物語です。
- 著者
- ["阪田 寛夫", "V. ベレストフ"]
- 出版日
- 1993-11-25
本書は、ロシアの詩人であるV・ベレストフの詩をもとに、阪田寛夫が文章をつけた絵本です。小さな翼竜であるプテロダクチルスのうなり声をはじめ、語感の良い言葉の使い方は阪田ならではのものだといえるでしょう。
イラストを担当している長新太は、ユーモラスな展開と不条理な世界を描き、「ナンセンスの神様」という異名をもつ絵本作家です。本書では一貫してイグアノドンの表情は描かれておらず、全ページにわたりシルエットのみで登場。それなのに喜怒哀楽が読者に伝わるのが魅力でしょう。
イグアノドンを嬉しくさせる、初めての歌。「だくちるだくちる」という印象的な言葉のパワーをぜひ感じてみてください。
「ぞうさん」や「やぎさんゆうびん」などの童謡で知られている詩人のまど・みちお。阪田寛夫はまどのことを、先輩として慕っていたそうです。
そんな阪田が、まどはいかにして詩人になったのか、その経緯を作品とともに解説していきます。
- 著者
- 阪田 寛夫
- 出版日
まど・みちおは、20代から詩を作りはじめ、33歳の時に太平洋戦争に召集された経験があります。帰還した後も生涯として詩を書き続け、その創作意欲の源は、政治や経済、戦争に対する不満だったといわれています。
しかし生み出された詩はどれも優しく、作品から溢れ出る深い愛情は、小さな生物から広い宇宙へと視野を向けた哲学的な内容になっているのです。
本書は阪田寛夫が、まどの遍歴を追いながら、その優しさの秘密を解き明かしていくもの。特に「ぞうさん」の制作にいたるまでの過程を中心に紹介していて、まど・みちおの作品を知るうえでも欠かせない一冊となっています。
表向きは寡黙だった阪田寛夫ですが、家庭ではひねくれ者で、家族の失敗はすべて創作のネタとし、夫婦喧嘩が絶えなかったそう。離婚に備えて娘には、自分たちのことを「おじさん」「おばさん」と呼ばせていたなど、父親としては失格かもしれません。
本書の作者の内藤啓子は、そんな阪田寛夫の実娘。家庭でははちゃめちゃともいえる阪田が、なぜ優しくあたたかな詩を生み出すことができたのか、娘の視点から見た阪田寛夫の人生を綴った作品です。
- 著者
- 内藤 啓子
- 出版日
- 2017-11-30
本書では、著者が幼い頃からの思い出とともに、鬱や痴呆症を患った両親の世話をしたエピソードが記されています。
特にひねくれ者で内弁慶だった阪田への愚痴や不満を書き連ねながらも、決して暗いものではなく、明るく楽しい思い出として紹介しているのが特徴です。
阪田寛夫の作品を読んだだけではわからない、新しい人物像が垣間見えるでしょう。