本を読んでいる人を見るのが好きだ。ほとんど体を動かさず、じっと文章のなかに入りこんでいることがわかるともう目が離せなくなる。ページをめくり、再び同じ姿勢に戻る様子や、まぶたの動き、眼圧の変化などを見ていたい。 下を向いているので、髪の毛で表情が隠れていてもいい。特に電車の中などで、ずっとうつむけていた顔をふとあげて、駅名を確認する表情にぐっとくる。あ、こんな顔で本を読んでいたのかと、つい見つめてしまうのだ。
お付き合いをする相手が読書好きであれば嬉しい。ふたりで家にいる時も、同じ部屋で別々の本を読みながらゴロゴロしたいし、相手の本棚から面白そうな本を借りたりもしたい。あわよくば「これ好きそうだよ」とプレゼントなどされたい。
だけど現実は、私の周りにいる同年代の男性たちで読書が好きという人がほとんどいない。たまにビジネス書や新書を「~読了!」とSNSにアップしている人はいるが、はっきりいってタイプではない。(偏見含む)
私自身は輪郭がぼんやりとした物語の世界に浸るのが好きなので、趣味の合う人がいればなと思うが、実際の彼氏が私の本棚から手に取ったのは旅行のガイドブックだけだし、半年以上経っているのに返却すらされない始末だ。
日々をこなしているとつい忘れてしまいそうになるが、私がこの仕事を始めたきっかけは、「本を好きな人や、本を読む人がもっと増えてほしい」と思っていたからだ。
おそらく親の影響だと思うが、物心がついた時から読書が好きだった。小学校の頃から歩きながらでも本を読んでいたし、図書館の貸し出しカードの枚数もトップレベルだったと思う。ただ私だけでなく、当時は時間割に「図書」というものがあって、どんなにやんちゃな子もその時間は本に向き合っていた。
しかし年齢を重ねていくにつれ、本を読む習慣のある友人は少なくなっていった。私は相変わらずどこへ出かける時も必ず本を持ち歩く生活をしていたので、この楽しさを共有できる人が減っていくことが悲しかった。本を好きな人が増えれば、自然と楽しさを共有できる人も増えるだろう。そのためにはまず、本自体の魅力を知ってもらう必要がある。そう思っていた。
その一方で、いざ誰かに本をすすめるとなると、とたんに怖くなる。「この本が好き」と感じることは、個人の趣味や嗜好が本当に現れていると思うからだ。いざ誰かにすすめてみて、「こういう本を面白いと思う人なんだ」と斜めから評価されるのも怖いし、反対に私の「好き」や「面白い」を理解してもらえないことも怖い。
私という人間は少なからずこれまで読んできた本で成り立っていると思うし、だからこそ本を人にすすめるという行為は、自分の一部をさらけ出すことと同じなのだ。
さらにいうと、たとえば自分が好きだと思ったシーンを言葉にして誰かに伝えようとすると、いっきに陳腐になってしまう。そりゃあ、ひと言でいえないようなことが一冊に書いてあるのだから当たり前なのかもしれないが、「あのシーンが切なくて感動した」と言ったところで興味を抱く人はいないだろう。その時私が感じたもっともっと複雑な心の動きを伝えることはとても難しい。
みたいなことを、本を紹介するメディアに書くのもなあ……と思うが、そんななかで昨年スゴイ人を知ったのでご紹介します。
- 著者
- 花田 菜々子
- 出版日
- 2018-04-17
書籍と雑貨の店「ヴィレッジヴァンガード」で働いていた作者。しかし変わっていく職場の環境に鬱屈を抱え、夫とも別居をすることに。そんなある日、「知らない人と30分だけ会って話してみる」という出会い系サイト「X」に登録をする。そうしてアポをとり、初対面の人と話をして、その人に合うだろう本をすすめていくという内容だ。
ウェブマガジンで連載され話題になった作品なので、知っている人も多いかもしれない。私もキャッチーなタイトルに惹かれてなんとなく手にとってみたものの、実際に読んで見ると、作者の本に対する情熱に驚いた。
「出会い系サイト」ということもあり、最初の頃は作者自身も、どこか半信半疑な気持ちで相手の人と会っていた。
奥さんがいるけど俺は問題ないと言ってくる人、ひたすら手品とポエムを発表する人、年収5000万と嘘をつく人……「ヤバめ」な人にも出会うのだが、彼らのためにもしっかりと本を選ぶ。相手の性別や年齢だけで安直に判断せず、雰囲気やその時の感情、色を感じとって推古したうえですすめるのだ。すすめる本は小説だけでなく、詩集や歌集、新書、漫画、翻訳本など多岐にわたる。
あとがきには、当初働いていたヴィレッジヴァンガードを退職し、東京の下町にある小さな本屋で店長をしている作者の様子が描かれている。SNSや口コミで彼女の存在が広まり、ある日、新潟県から母親を亡くした女性が本を選んでほしいとやってきた。
つらい気持ちを抱えている人に「早く元気になってください」とか「これからいいことありますよ」というのは、心から思っていてもなかなか言えない言葉だ。ましてや知らない人になんて。
でも本を介してなら、気持ちを押し付けることなくこんなふうに知らない人と気持ちを交換できたりする。
マイナスの状態で「X」に登録したはずなのに、本と向き合い、人と向き合うことで、いつの間にか乗り越えていた作者。もしかしたらその時の彼女に頼れるものが本しかなかっただけなのかもしれないけれど、そしたら本はちゃんと救ってくれたのだ。
私はある種の安堵感を得るとともに、目指すべきこともなんとなく見えてきた気がした。いつか、私がすすめた本を手にとった人が、どんな表情でその本を読むのかじっと見つめてみたい。
ちなみに本書ではさまざまなジャンルの本が紹介されているので、純粋に読みたい本を探している人にもおすすめです。
困シェルジュ
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