アマチュアからプロ棋士に上り詰めるのは、非常に困難な道。その難関を、将棋に向かないとされる女性の身で挑もうとする棋士の活躍が描かれます。そんな本作が『将棋指す獣』です。 女性が主人公の将棋漫画で、かつ本格的にプロ棋士を目指すという、熱さを持った稀有な作品といえるのではないでしょうか。今回はそんな本作の魅力をご紹介。
地味で、田舎臭い見た目の印象を受ける女性、弾塚光(だんづか ひかり)。
彼女は、女性でありながらアマチュアから初の女性プロ棋士を目指して対局に望む、元奨励会3段の棋士です。
- 著者
- 出版日
- 2018-11-09
相手の手を殺し続ける容赦のない打ち筋から、「ケダモノ」と呼ばれていた彼女。不可能といわれているアマチュアから、3段リーグ編入試験を受けてのプロ編入という、前代未聞の異業を成し遂げようと動き出します。
果たして彼女の挑戦は、どのような結末を迎える事になるのでしょうか。
まずは本作の作者である原作者である・左藤真通(さとう まさみち)と、漫画家・市丸いろは(いちまる いろは)についてご紹介しましょう。
まず左藤については、著書に『アイアンバディ』『ATOMの開発現場に潜入せよ!』といったSF要素の強い作品を、これまで手がけてきました。本作においては原作者でありますが、本人も高い画力を持っており、ハイクオリティな漫画作品を生み出しているのです。
- 著者
- 左藤 真通
- 出版日
- 2016-11-22
対する市丸についてですが、初連載作品『ミリオンジョー』でデビュー。同作でも原作者が別におり、作画を担当していた人物です。その際には、登場人物達の鬼気迫る様子やインパクトの強いシーン描写などを巧みに使い分ける事の出来る、高い画力を発揮していました。
いずれも漫画家として実績を残してきた両氏が組んだ事によって、本作は非常に迫力あるシーン描写が魅力的な作品となっています。まだまだ始まったばかりですが、先が気になる構成は高い期待を持たずにはいられない事でしょう。
主人公・光は、お世辞にも華がある見た目をしているとはいえず、作中でも女の子らしく可愛らしい描写はほとんどありません。
しかし、そんな彼女の本領は、対局中の盤上で発揮されます。「ケダモノ」と呼ばれる程の、相手にとってえげつない打ち筋は、とにかく相手とその対局を見守る者を魅了してやみません。
アマチュア天竜戦の東京予選では、同じく元奨励会3段であり有望株の加賀見と2度対局しますが、いずれも圧倒的な強さで打ち倒すのです。
作中で到底プロになる事は出来ないと評された女性でありながら、周囲を驚愕させるほどの強さで次々と相手を打ち倒していくさまは、やはり見ていて心が躍るもの。
本作の重要な魅力として、これからも彼女の活躍に注目せずにはいられない事でしょう。
驚異的な強さを持つ光ですが、強さだけではなく、将棋に対する熱意も生半可なものではありません。勉強のための対局練習では、集中しすぎて朝の目覚ましアラームにも気づかず、隣人から怒鳴りこまれるまで勉強を続けていました。
加えて、勉強のし過ぎで常時寝不足状態であるにも関わらず、通勤中はモバイル中継で対局の配信を見続けて勤務地をとおり過ぎ、挙げ句の果てに終点まで乗り過ごしてしまいます。
さらにさらに、休憩で席を離れた先のトイレでまたもやモバイル中継を見始めてしまい、気付けば1時間経過していたということもある、将棋バカっぷりです(しかも籠っていたトイレの個室の壁には、頭の中でシミュレーションした棋譜が一面に書き込まれていたのでした……)。
そんな将棋に関する事以外はダメ人間スレスレの行動ばかりをくり返す彼女ですが、それゆえの弱さも感じられて、読み手としても共感しやすくなってしまいます。
棋力の高さと合わさって、とても魅力的な主人公であるといえるのではないでしょうか。
女流プロ棋士を目指す事の実現性に対する厳しさもさることながら、本作では将棋界を取り巻くさまざまな状況についての解説が、随所で描かれています。
奨励会での持ち時間と、アマチュアの大会の持ち時間による感覚の違いや、アマチュアから3段リーグ編入試験を受けてプロになる可能性が皆無である事など、光にとっても障害となるような要素がさまざま存在するという事が語られています。
一方で、実は物語の冒頭では、光が初の女流棋士になった後の対局から物語が始まっており、彼女の行きつく先としてプロ棋士になる事まではわかっているのです。本作は、そうした将棋界を取り巻く厳しい実情に対し、光がどのように苦悩しながら戦い抜いていくのかを楽しむ作品でもあるといえるでしょう。
将棋をあまり知らない読者であっても、読み進めていくうちにいつしか将棋界についての知識が身に付くかもしれません。超えなければいけない将棋界の壁を、光がどのようにぶち壊していくのかを楽しみに読み進めてみてはいかがでしょうか。
ここからは、1巻の見所についてご紹介していきます。
冒頭から、アマチュアから初の女流プロ棋士になった光の姿が描かれていますが、物語では、そこに至るまでの時間が語られることになります。先述のとおり対局者を容赦なく打ち倒していく一方で、疎かになる日常生活とのバランスに苦慮しながら、彼女はプロ棋士を目指す事になるのです。
対して、すでに天才と呼ばれる程の高い棋力を持ち、天竜戦9連覇という偉業を成し遂げている男・赤烏(せきう)も登場。ちなみに、彼は冒頭で、プロになった光と対局していた人物です。
そんな彼との対局して打ち倒す事を目標に、光は対局相手を次々と負かしていく事になるのですが……。
- 著者
- 出版日
- 2018-11-09
そんな本巻の見所は、光が仕事中に赤烏の対局を、モバイル中継で観戦しているシーンです。
赤烏の実力は関係者すべてが認めるところであり、彼が見せたある一手は、同等の実力者である対戦相手・樋口を打ち負かす決定的なものとなりました。
しかし、そんな中継の陰で、赤烏の打ち筋を頭の中でシミュレーションしていた光は、他の誰もが予想しなかった彼の一手とまったく同じ手を考えていたのです。
天才と称される程の逸材と同等の才覚を彼女が持っている事を表す描写であり、今後の2人の関係性に強い関心を抱かせるような、よい演出といえるのではないでしょうか。
まだ始まったばかりの『将棋指す獣』。将棋が好きな方も、詳しくない方も、楽しんで読めること間違いなしの作品です。