【第17回】袖から観る舞台の話

2018年出演した演劇は一本だった。

ほんの少しの稽古と、それよりも短い本番が、あっという間の幻のようにわたしたちと、観客の前に立ち上がってわあと消えていった。

舞台俳優のひとはみんなあの真っ暗闇の暗転や、袖明かりだけが微かに見える暗い舞台袖に立ったことがあるんだなと思いながら、煌々とした画面を前に背中を丸めてタイピングしている。

2018年秋に参加した公演でも、本番中に舞台袖から、こっそり舞台を観ていた。

何度も何度も稽古で観たお芝居でも、お客さんと一緒に、けれど声は出さずに笑ったり驚いたり、感じ入ったりするのが大好きだ。どの公演でもすごくたのしい。 

けれど舞台袖でお客さんと一緒に舞台を観られるのは、自分が出ていないからでもある。

子供のころ、会社の人から「うちの会社にはスターとか、主役を張れるひと以外は置いておけない」と言われた。

そうか、と思いながらいろんなことに焦ったり喜んだり落ち込んだりしているうちに10年以上経ってもうずいぶん大人になってしまったけれど、一度もスターになれたことはない。

稽古場でもなく舞台の上でもなく、観客席にばかりいる。しかし、わたしがずっと真ん中にいる舞台を、わたしは観たいだろうか。

いま、非常に正直なところ観たいかどうかはわからない、けれどわたしはやってみたい。

きょう一等賞になれなくっても、やりたい役がやれなくっても、人生は続いていくというのを最近わかりはじめたので、わたしはすぐ消えたくならなくなった。

これから、なにかいい役とめぐり合わせがあるよきっと、これからもっと、たのしいことがたくさんあるよと、人生は十年二十年かけてゆっくりひらいてゆくものだから安心して、と自分に言い聞かせている。

これがどこまで本当かはわからない。

今日はひとついいことがあったから嘘なく書けるけど、明日は同じ気持ちで言えないかもしれない。

こんな拘りはもう執着以外のなにものでも無いのかもしれない。

わたしは舞台とか、芸術とか、表現とかへの、恐れとか、自信のなさとかあこがれとかでがんじがらめになって生きている。

舞台のオーディションで、わたしは演出家の言うことを犬のような目で聴いていた。

一言一句聞き逃したくなくてそういうふうに聴いてしまうんだけれど、その自分を思い出したときに、なんだか全部がまるごと滑稽だなとも思う。

さまざまな縁をつないだり切ったり手放したり、どこかへ置き忘れたりしながら生き続ける。暗いところと明るいところを行ったり来たりしながら、辞めないことを続けたい。

やっかいな男

著者
岩井 秀人
出版日
2018-09-11

劇団「ハイバイ」の主宰・岩井秀人さんのエッセイ集。

岩井さんの子供時代から現在までの公私にわたる様々なエピソードが、頭の中をそのまま文字に起こしたような文体で書かれております。

とにかく一編ずつが面白くって、ああ、演劇をやってるひとの頭の中って人生ってこんなに面白いのか。と打ちのめされる、ような隙さえ無いくらいに笑ったり、ジタバタしたり、なんにも言えなくなったり出来てとかく密度の濃い、でもさらっと読める一冊です。

ハイバイの作品をご覧になったことのある方にはもちろん、そして今のところ観たことの無い方にもおすすめします。

撮影:石山蓮華

この記事が含まれる特集

  • 電線読書

    趣味は電線、配線の写真を撮ること。そんな女優・石山蓮華が、徒然と考えることを綴るコラムです。石山蓮華は、日本テレビ「ZIP!」にレポーターとして出演中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」「転校生」、ラジオ「能町みね子のTOO MUCH LOVER」テレビ「ナカイの窓」など。

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