鯉と、日本酒と、家庭内ひとり吞み、とかもう【山本裕子】

まずは、信州の年末年始の風習から。

うちのあたりは、大晦日に「お年取り」という行事があってですね。

31日はもう掃除とか仕事とかしないで、年神様に1年の無事を感謝しつつ、数えで1つ年を取ることをお祝いし、ご馳走をいただく、のだそうな。

おせちもこの時に食べちゃう。お正月は、その残りを食べるのです。

そのご馳走で「年取り魚」というのがあるのですが。

地方によって、それがブリだったり、鮭だったり、まあなんやかんやあるらしいのですが、縁起物なんですってよ。詳しいこたぁようわからん。

で、それがうちのあたりでは、鯉が主流みたいで。

年取り魚としても食べるし、冠婚葬祭のお膳には大抵これの煮付けがついてくるので、なんか、そういう立ち位置なんでしょうね。

年末になるとスーパーの鮮魚売り場に、鯉のブツ切りがどどーんと並ぶのですが、それがさ。

わたし、嫁にくるまで鯉は、池で泳いでるやつか、料理屋さんで皿に乗ってる鯉のあらい、くらいしか見たことなかったので、この

「血まみれのブツ切り鯉が、びっちりラップで覆われている様」

を魚売り場で見たとき、まあ結構な衝撃を受けました。

魚の切り身って、だいたい、でかい刺身様のものが、白い発泡スチロールの皿にちんまり収まっているじゃないですか。

一方、鯉はまず、でかいのな。丸々として、皿の深さには到底収まらず、やけに肉感的な身が半分以上ばーんとはみ出しちゃってて、すごい3D感。

鱗が黒々ギラギラ、切断面は赤黒く血にまみれて、なんかすごい、生々しい。

もう、ドリップ、じゃないんですよ。リアルに、血。あれ、なんでですかね、鯉だけ。

それが、あの白い発泡スチロールのでかい皿に、ぎゅうぎゅうになっているのです。

凄惨な生の鯉と対峙する勇気はないので、毎年、煮付け状態になったものを家族の人数分予約して、大晦日の夕方取りに行きます。

なお、先月は虫の煮付けについて書きましたが(「むし、を冷蔵庫にいれて年を越す、のか」参照)、この鯉もやはり、醤油みりん砂糖あたりで甘辛くこっくり煮付けてあって(なんでも甘辛く煮付けるなあ)、これがすげえうまい。

ウナギの蒲焼きの、タレの味。無双でしょ?白メシいくらでもいけます。

ということは、そりゃ、日本酒だわ。ちょい辛めの、どっしりしたやつを、冷やでいきたい。

ですのでね、今回もそれに合わせ、瓶詰めされたばかりの地酒の生原酒を、冷蔵庫にスタンバイさせました。うひひ。

話変わって。

うちの夫はひとりで農業をしているのですが、ほぼ1年中なにかしらが土に植わっていて、なにかしら作業があるので、完全に丸一日オフ、というのが基本的になくてですね。

週休ゼロ日。ブラックにもほどがある。

唯一、畑の整理が終わった12月末から、次の苗が届く1月初旬までの約2週間、ちょうど年末年始が夫の休み期なのです。

ですので、せめてこの時くらいはゆっくり体を休めつつ、だらだらしてもらいたい。

おいしいもの食べて飲んで、近場に旅行したり、録りためたドラマみたり、惰眠をむさぼるもよし、明るいうちから飲んじゃうもよし。

とくにこの12月、わたしが公演やら撮影やらで半月以上おらず、その間、夫が畑・保育園児の世話・家事の一切を取り仕切るという、わたしがそっちの立場だったらぜってーお断りしますが、そんな地獄をくぐり抜けてきたのでね。そりゃ労わないと。殊勝だな!

ですので、まあ一応、がんばりました。おいしそうなものあっちこっち買いに行って、あれこれおせち詰めて、そのほかオードブルやら、小洒落たサラダやらさ。

お子にはちょいとすてきな瓶詰めリンゴジュースをご用意。

普段は夕方に先に食べてもらう85才義父も、今日はみんなで乾杯しよーぜ!

例の鯉も、大きいやつを4つ、受け取ってきたぜ!

三重から送ってもらった霜降り和牛で、すき焼きの準備も万端ですよ!

食卓の上も、冷蔵庫も冷凍庫も、ご馳走でぱんっぱん。

お年取り、カモーン!

そしたら、件の夫が、夕方からがっつり発熱、寝込んじゃいましてね。

「悪いけど、あとは、任せた……」

お、おう。

OS-1渡して、唯一食べられるというゼリー買いに行って、冷えピタ貼って、毛布かぶせて。

午前中に休日診療行って薬はもらっていたので、他わたしにできることは、もはやない。

そしたら、1日中はしゃいでいたお子4歳は、これから食事というときになって、眠ってしまった。

こうなるともうね、わたしも別に夕ごはんとか、適当でよくなってくるんですけど、さすがにお年取りに、義父ひとりで食事というのも。

ということで、85歳義父と2人で紅白観ながらお歳取りです。

うーん、お子がいないと、とくに共通の話題とか、ないなあ!

2人でもそもそ、おせちと鯉食べます。

「歌詞がカタカナばっかで、あれだな、おらたちには何いってるか全然わからねえ」

「あー、最近の歌はそうですねえー」

「…」

「…」

「…」

「今年も鯉、農協(Aコープ)で頼んだんですよー」

「鯉はあれだな、農協のが一番うめぇな」

ああ、去年もこの会話をしたような。

すがる相手はもう、テレビのみ。紅白があってほんとよかった。

審査員席に、長野県の生んだスター・小平奈緒が映ります。

「あのなんちゅったか、あのー、スケートする、なんとかナオコは」

「スケート?ナオコ?……あー、あれ、えっとなんでしたっけね、えっと、あ、小平奈緒!」

「あ、そうだなコダイラコダイラ。コダイラナオコはあれだな、伊那西(高校に通っていたん)だったんだな」

「あー、そうらしいですね、(実家は)茅野でしたっけ小平奈緒」

「そうそう、ナオコはあれだな、……」

なぜ義父はずっとナオコと呼ぶのだろう。

そのうちお子が起きてきて、ほっとしたのもつかの間、お子は鯉の煮付けをひとくちだけ食べ、おせちのかまぼこと卵焼きつついて、すぐまた夫の寝てる部屋へ遊びに行ってしまった。

そりゃそうよな。4歳児に、紅白とおせちは渋すぎるよな。

ああ、せめて、からあげを用意していれば……!

やがて義父は自室へ戻り、わたしはもう、おいしい日本酒吞むくらいしか。家庭内ひとり吞み。なんか、大学生みたい。

ご馳走はぜーんぶラップかけて冷蔵庫にぎゅうぎゅうしまい、漬け物と鯉でお酒飲んで(鯉、でかいのでなかなか食べきれない)、米津玄師みて、特別に12時まで起きてたお子と遊んで、寝ました。これが、大晦日。

元旦の朝も、夫は起き上がれず。夜更かししたお子、もちろん爆睡。

義父と2人で、お屠蘇飲んで、もそもそ雑煮食べる。

その後やることないので、やはり朝からひとり吞み。正月なので。

夫、ベッドでゼリー食べる。それをまねしてお子もベッドでゼリー。

おせち、全然減らず。85歳の義父の食べる量など、知れている。

普段ものすごい食べる夫に合わせて食べ物を用意したが、夫、うどんもむりー、と、ゼリーばっか食べている。お子、やはりまねする。

食材は何も減っていかないが、賞味期限は刻々と迫り、それに対処できるのはこの世界でわたし1人。この孤独たるや。

結果わたしは、腐りやすいものから順に食べ切っていくマシンになりました。

1日の夜も、2日の夜も、鯉ばかりを食べました。繰り返すようですが、でかいのでね。鯉で腹いっぱい。あとかまぼこ。あれ、結構すぐ悪くなっちゃうからね。あああ、チーズとか、ポッキーとかを、食べたい!

おせちもお餅も食べられず、もちろんお酒飲めず、うう~~んと唸り声をあげながら、箱ティッシュ抱えて、ずううっと布団に横になっている夫。

その横でぴょんぴょん跳ね回る4歳児。

いたって平常運転・85歳義父。

それらを尻目に、44歳妻はもう、おいしい日本酒だけが、友なのであった。

2019年もどうぞよろしく。乾杯。

こちら、地元農家と地元酒造会社による、低農薬栽培米で作った地酒「艶三郎」です。純米無濾過生原酒(右)と、純米醸造火入酒(左)。どちらもそれぞれおいしゅうございました。

夏子の酒

著者
尾瀬 あきら
出版日
2004-06-11

ものすごくざっくり言うと、造り酒屋の娘・夏子が、亡くなった兄の遺志を受け継ぎ、幻の酒米を復活させ、おいしいお酒を造る、話。

日本酒造りの工程や、杜氏を頂点に置く蔵人制度、酵母菌やら、酒造好適米やら、とにかく日本酒がどうやってできるかについて、すごく詳しくなれます。

こういうの知ってると、よりお酒飲むのも、選ぶのも、楽しいなあ。

酒米を作ることから、米作りや農業における問題点を物語に組み込んだり、日本酒の消費量自体が減衰する中での、造り酒屋と大手酒造メーカーの競争原理や、日本酒業界の流通事情などなど。

中でも、農薬の空中散布や減反政策、日本酒へのアルコール添加とか、とても興味深い。

連載が1988年から1991年なので、今から30年近く前の話ですが、そのぶん、それから米作りを取り巻く農業の状況がどう変わっていったか、とか、各地の酒蔵が今どういう取り組みをしているか、とか、ビフォアアフターを自分で俯瞰しながら読めるので、なんだか歴史モノを読んでいるような楽しみかたが。

そんで、物語の主軸はモノを作るひとのこだわりや、信念なので、話が古びないんですよねえ。それって、酒造りに限ったことではないのでな。

本当に、いいものを創り出そうと思うひと、理想と、それを実現させるためには、成り立たせるためには、どうするか。そのせめぎあい。泣いてまうやろ。

ところで、知ってました? これ今、絶版なんですってよ? まさか!

コレを読んで酒蔵を継ぐことを決めたひとも、蔵人になったひとも、実際にいたり。

日本の酒造りを学べる学習マンガ、職業マンガとして、ずっと残ってほしいのですが。

新品で買えないついでに、こちらも投下。

日本酒を味わう 田崎真也の仕事

著者
田崎 真也
出版日

日本酒の成り立ちと、それを作るひとたちの熱意を「夏子の酒」で学んだら、では飲んでみなあかん。

この本のすごいところは、さすがソムリエ、実際にテイスティングしながら「原料米の違い」「生酛・山廃と、速醸の違い」「酵母の違いなどなど、それぞれの条件で味わいがどう違うのかを、言葉で表現していくのですよ。すごい新鮮。

例えば、精米歩合の違いで味わいに差が出るか、という章では、お酒はこんなラインナップ。

試飲した酒
①若戎大吟醸<YK-50>(山田錦50%)
②若戎大吟醸<YK-40>(山田錦40%)
③春鹿純米大吟醸雫酒(山田錦30~40%)
④春鹿純米吟醸封印酒(山田錦、アキツホ55~60%)

どうですか。この暗号具合。YK-50てのは、Y山田錦、K協会9号酵母、精米歩合50%、の意味なんですけど。

こうやって、比べる要素を限定して、味わっていくんですが、味を表現する言葉がなんせ豊かで。ひゃー。すげえな、利き酒師とかソムリエとかそういう、感覚を言語化するひとって。

具体的にはこんな感じです。

少し、バタークリーム、カッテージチーズ、クッキーのような乳性の香りと、木やナッツの香りがします。

香りには、青リンゴとグリーンのメロン、オレンジの花がみられます。マシュマロ、ミネラル、そして新緑や新芽の香りが感じられます。

面白い。これ、日本酒に対する表現すよ。なのにアタイときたら、甘い、辛い、きりっと、まろやか、ふわっと、うーん、他なんかありますか。まあなんせ語彙が貧弱すぎて。

他にも「普通酒・本醸造・純米酒を飲み比べてみる」「杜氏による違いを探る」など、いろいろ面白いので、お酒が好きなひとはきっと楽しめると思います。

日本酒とくに飲みたくないひとには、あんまり、あれかもしらんけども。

おかげさまで、夫は1週間近く寝込んだ後、復活しました。今では毎晩おいしくお酒飲んでいます。日本酒は体質に合わないらしく、全然飲めないんですけど。

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