小説家としてだけでなく、児童文学作家や詩人、翻訳家としても活躍する三木卓。幼いころから貧困と左足の障害を抱えながらも、数多くの作品を生み出してきました。この記事ではそんな三木の生い立ちとともに、特におすすめの本をご紹介していきます。
1935年生まれ、東京都出身の三木卓。幼少期は新聞記者である父親に連れられて、6年間大連で過ごしました。敗戦後の帰国途中に父親を亡くし、それ以降は母子家庭で育つこととなります。
貧困に加え、小児麻痺による左足の障害に苦しみながら、静岡県立高校、早稲田大学文学部ロシア文学科に進学。卒業後は河出書房に就職し、ロシア文学の翻訳や詩の制作に携わるようになりました。
1973年に発表した小説『ミッドワイフの家』が「芥川賞」の候補に、同年発表した『砲撃のあとで』のなかの一編「鶸」で「芥川賞」を受賞。本格的に作家としての道を歩み始めることになりました。
小説や詩以外にも児童文学や絵本などさまざまな作品を発表し、数多くの賞を受賞した三木卓。1999年に「紫綬褒章」、2007年に「日本芸術院賞」、2011年に「旭日中綬章」を授与され、作家としての功績が認められています。
三木の描く作品はリアリティを感じられるものが多く、登場人物から溢れ出る生々しさが魅力でしょう。
1973年に発表された、短編と中編の全3編が収録されている作品です。「芥川賞」の候補作にノミネートされ、話題になりました。
「若者がもつ異性への畏怖、憧れ、情欲」がテーマになっています。なかでも「炎に追われて」は、童貞であることにコンプレックスを抱いている男子大学生が、妹に欲情し、妹の友達にも心を奪われ、最終的に定食屋を営む年の離れた未亡人に手を出していく心の動きが繊細に描かれた内容です。
- 著者
- 三木 卓
- 出版日
- 2018-11-02
性の問題にぶち当たり、悩む若者たちの姿を繊細に表現した作品。「セックスするから子どもができる」ということを念頭に置き、生々しく欲求を描きます。
ただ、けっして露悪的ではなく、どこか同情してしまうような登場人物たちが魅力です。情けなくて滑稽で、でも人間らしい物語になっています。
1975年に発表された作品。1980年に映画化され、ホラーよりも怖いと話題になりました。
穏やかな日々を過ごしていた家族の生活が、ある日突然陰ります。幼い娘の歩き方に違和感が出て、食事も満足にとらなくなり、自傷行為をし、赤い色や大きな物音に過剰な反応を見せるのです。
娘は、破傷風に感染していたのでした。
- 著者
- 三木 卓
- 出版日
- 2010-12-15
三木卓自身の、娘が破傷風に感染した経験をもとに執筆された作品です。いまでこそ予防ワクチンなどの対策がとられていますが、当時は感染症に関する知識が乏しく、作中でも病名がわかるまでいくつもの病院を転々としています。
娘の病気が判明すると、両親は寝る間も惜しんで必死に看病をします。その一方で、もしかしたら自らも感染しているのではという恐怖に陥り、しだいに精神を病んでいくのです。
隔離された病室での生活、痙攣の発作など、治療の様子が事細かに綴られ、読者も恐怖心を煽られます。我が子を思う愛情と、極限状態における心の揺らぎを描いた一冊です。
1983年に発表された童話集。翌年には「野間児童文芸賞」を受賞しています。
主人公は、まだ幼い男の子のリョウくん。かげぼうしにジュースを飲ませようとしたり、ビー玉を埋めてビー玉の木を生やそうとしたり……あらゆることに興味をもちながら、ちょっとずつ成長していく物語です。
- 著者
- 三木 卓
- 出版日
- 2013-02-20
リョウくんは、猫や犬などの動物たち、さらには身の回りの物と会話をすることができる男の子です。これだけ聞くと不思議な世界観なのかと思いきや、もしかしたら幼い子どもの考えていることはこんなものなのかもしれません。
挿絵を担当しているのは、『ルドルフとイッパイアッテナ』でお馴染みの杉浦範茂です。想像力を膨らませてくれる味わい深いもので、リョウくんの世界が豊かに表現されています。
1997年に発表され、「谷崎潤一郎賞」を受賞した作品です。
全7編の連作短編集で、古都鎌倉を舞台に、そこに住む人々の素朴な毎日が綴られています。
- 著者
- 三木 卓
- 出版日
- 2002-12-10
各編の登場人物は若者もいれば老人もいて、皆それぞれに自分の日常を送っています。普段はすれ違うだけですが、誰かの何気ない行動が、時には誰かの人生の助けになることもあるということを丁寧に表している作品です。
他の編の登場人物が何気ないところで物語に登場するのも、読んでいて楽しいポイントでしょう。
鎌倉という、新旧が混在する独特の土地で暮らす人々の、心の影が交差する路地を体感してみてください。
2012年に発表され、「伊藤整文学賞」を受賞した三木卓の作品。逝ってしまった妻への想いを綴った私小説です。
三木は、青春の日々のなかで出会ったひとりの女性と恋に落ちます。若さと怖いもの知らずのエネルギーで駆け抜けていましたが、娘が誕生してからその関係が崩れていきました。
さらに、長年の別居生活を経て離婚を考えた時には、Kはすでに病魔に侵されていたのです。
- 著者
- 三木 卓
- 出版日
- 2017-02-10
自分勝手でわがまま、時に横暴でもあった妻ですが、三木卓が抱く感情はけっして怒りだけではありませんでした。突然別居生活を言い渡され、妻と娘には年に1度しか会うことができなくても、その想いは変わりません。
また妻も、自身の病気が発覚した際に真っ先に夫の三木に伝えます。お互いに強がりで、天邪鬼で、それでも心の底では信頼しあっていたことが如実にわかる文章。半世紀におよぶあたたかな愛の物語です。