ドイツの作家ミヒャエル・エンデが手掛けたファンタジー小説『はてしない物語』。児童向けでありながら、壮大な世界観と作者の豊かな遊び心で、大人も楽しめる作品となりました。この記事では概要やあらすじを説明したうえで、「虚無」の正体、装丁の素晴らしさ、続編の魅力などを紹介していきます。
1979年にドイツで、1982年に日本で発表された『はてしない物語』。作者はドイツの児童文学作家、ミヒャエル・エンデです。彼は本作の翻訳を担当した佐藤真理子と結婚し、長野県にある黒姫童話館には彼に関する資料が展示されているなど、日本と馴染み深い人物でもあります。
『はてしない物語』は前半と後半の二部構成になっていて、主人公のバスチアンが古本屋で1冊の本と出会うところから物語が動き始めます。ではまず、あらすじを簡単に紹介していきましょう。
バスチアンは、容姿にコンプレックスを抱えている少年です。クラスメイトからはいじめられ、また母を亡くして以来、父との間にも確執ができ、孤独な日々を送っていました。
ある日もいじめっ子に追われ、慌てて古本屋に逃げ込みます。そこで偶然、「あかがね色の絹で装丁され、互いの尾を咬んで楕円を描く2匹の蛇の文様があしらわれた表紙の本」と出会います。タイトルは『はてしない物語』とありました。バスチアンは店主の目を盗んで本を持ち出し、読み始めるのです。
本の舞台は、「虚無」の拡大により崩壊の危機に立たされている「ファンタージエン」と呼ばれる国。今は病に倒れている「幼ごころの君」が支配していて、「幼ごころの君」と国を救うためには「救世主」を探さなければなりません。ある少年がその使命を承り、旅に出るのですが、努力は虚しく国は崩壊してしまいます。
「幼ごころの君」は「さすらい山の古老」のもとへ行き、どうすれば国を救えるか尋ねました。すると「さすらい山の古老」は、「人間界から、あかがね色の本を読む10歳の少年を連れてくること」と言うのです。
これを読んでいたバスチアンはすぐに自分のことだと察し、「ファンタージエン」の世界へと吸い込まれていきました。
もともと創作が得意だったバスチアン。「アウリン」という力を授かり「ファンタージエン」を再建すると、現地の住人や場所に「名前」と「物語」を与えていきます。自身のコンプレックスだった容姿も変え、この世界を満喫していました。
ところが力を使うたびに、バスチアンは現実世界の記憶をひとつずつ忘れていってしまいます。さらには女魔術師サイーデにそそのかされ、「ファンタージエン」の新しい帝王になろうと考えるようになりました。
そして権力を振りかざし、友人たちを国から追放。戦争を起こし、「元帝王の都」に向かいます。そこは、バスチアンと同じように力を使って願いを叶え続け、すべての記憶を失った「元ファンタージエンの王」たちが徘徊する場所でした。
バスチアンもついに記憶を自分の名前以外の記憶を失ってしまうのですが、友人のおかげで現実世界へと戻ることができました。
そして古本屋に『はてしない物語』を返しに行くと、その店主もかつて「ファンタージエン」の救世主だったことが明かされるのです。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」(『はてしない物語』より引用)
本作には、この1文がたびたび登場します。これは『はてしない物語』のなかに、未完の物語が多々存在しているということ。
作者のミヒャエル・エンデは、「ファンタージエン」の世界を「共有する世界」と称しています。つまり「ファンタージエン」はエンデだけが作り出した物語ではなく、読者自身でその先の展開を描くことができる、読者との共同制作本だといえるのかもしれません。
また本作の対象年齢は一般的に小学校6年生から中学生以上とされていますが、漢字にルビがふられているので、物語を読むのが好きな子どもであれば、もっと幼いころから読むことができるでしょう。
作中では、「ファンタージエン」を崩壊に導いた「虚無」が具体的に何だったのか、記されていません。
物語冒頭、主人公のバスチアンは容姿にコンプレックスを抱え、学校ではいじめられていました。父親との関係もうまくいかず、現実世界に安心できる場所はありません。この時彼が感じていた「虚無」は、寂しさや虚しさだったと考えられるでしょう。
そんなバスチアンが入り込んだ「ファンタージエン」は、その世界自体がさまざまな人と共有している場所であると同時に、人間の想像力が作りあげている場所でもあります。
現実と空想は本来相容れないものですが、誰かと共有することは可能です。本作でもラストの場面では、バスチアンが古本屋の店主と「ファンタージエン」での出来事について語りあいました。その時彼はようやく、現実世界でも自分の居場所を見つけることができたのでしょう。
作者のミヒャエル・エンデは『はてしない物語』をとおして、バスチアンにも、そして寂しい思いをかかえている読者にも、「虚無」に飲み込まれないようメッセージを送っていたのかもしれません。
主人公のバスチアンが作中で手にした『はてしない物語』は、「あかがね色の絹で装丁され、互いの尾を咬んで楕円を描く2匹の蛇の文様があしらわれた表紙の本」です。そして彼が読んでいる物語のなかにもまったく同じ装丁の本が登場し、そこから彼は救世主になるのは自分なのだと察することができました。
そして、実際に私たち読者が手に取る本も、物語と同様の装丁で出版されているのです。これはエンデの希望によるもので、読者が物語を読んでいる最中に、「バスチアンが手にしている本と同じだ」と気付かせる仕様になっています。
そのため読者もただの傍観者ではなく、物語の当事者となって読み進めることができるのです。
また作中の文字の色も、「現実世界」があかがね色、「ファンタージエン」が緑色と分けられていて、現実世界と空想の世界が混合しないように工夫が施されています。
1995年、作者のミヒャエル・エンデは65歳の若さで亡くなりました。2000年代になるとドイツの作家たちが集まり、『はてしない物語』の外伝や続編が執筆されるようになったのです。日本では「ファンタージエン」シリーズと呼ばれ、話題を呼んでいます。
なかでも1作目にあたる『ファンタージエン 秘密の図書館』は、「ネシャン・サーガ」シリーズで有名なラルフ・イーザウが手掛けたもの。バスチアンが『はてしない物語』に出会った古本屋の店主の、前日譚となっています。
店主はなぜあの本を持っていたのか、「ファンタージエン」でどのような旅をしたのかなど、本編で語られなかった謎や伏線を回収しているのです。
かつてバスチアンが「ファンタージエン」を再生させ、生還しましたが、この世界に再び迫りくる「虚無」に対抗するために若い作家たちが立ち上がった、というコンセプト。新しい冒険をぜひ追いかけてみてください。
- 著者
- 出版日
- 2012-11-29
『はてしない物語』に登場する人物名や地名、キーワードなど146項目を解説した事典。たくさんいる登場人物の特徴や、エンデ自身の創作に対する思想などを知ることができます。
『はてしない物語』には人物名ひとつをとっても深い意味が込められていて、深堀りしていけばいくほど新しい発見や解釈をすることができる物語です。大人も何度も楽しめる作品、ぜひ本書とあわせて読んでみてください。