本作は「エルキュール・ポアロ」シリーズ、「ミス・マープル」シリーズなどの原作者として知られる、英国ミステリーの女王アガサ・クリスティーの作品。作者が自らが「最高傑作」と言い張るほどの自信作であり、それだけの完成度を誇った作品でもあります。 殺された資産家と不思議な屋敷、そして、そこに住む一癖ある資産家の親族たち……そこで、遺産を巡った凄惨な殺人事件がくり広げられるのです。 日本のミステリーやサスペンスに多大な影響を与え、映画化もされた本作の魅力を、あますところなくご紹介します。
外交官チャールズ・ヘイワードには、婚約者がいました。彼女の名は、ソフィア・レオニデス。2人はカイロで知り合い恋仲になりましたが、帰国早々、ソフィアの祖父の訃報が告げられます。
さらに彼女によると、祖父アリスタイド・レオニデスは殺されたと言うのです。
チャールズは、ロンドン警視庁の副総監である父に詳細を聞くと、アリスタイドという男は法スレスレのやり方で成功したような男であり、くせのある人物だったということが判明するのでした。
彼には後妻と、2人の息子、息子たちの妻、ソフィアを含む3人の孫という家族が残されていました。アリスタイドは遺産相続で殺されたとみなされ、ソフィアにも疑いがかかります。その結果、彼女はチャールズとの婚約を破断にしようと考えるまでに思い詰められてしまうのです。
彼女と結婚したいチャールズは父に頼み込んで、事件を担当しているタヴァナー警部の伴をする形で、レオニデス邸へと赴きます。
そして、そこで見たのは、奇妙に膨れ上がったねじれた家と、そこに住む、ねじれた心の家族たちでした。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2004-06-14
本作は2017年に映画化(日本での公開は2019年)された、アガサ・クリスティーの傑作です。原題は『CROOKED HOUSE』で、主演は演技派女優のグレン・クローズ。その他にはテレンス・スタンプ、マックス・アイアンズなど、イギリス出身の俳優たちで固められています。
本作での探偵役は、外交官のチャールズ・ヘイワードです。彼は婚約者が殺人事件の容疑者になってしまったために事件に首を突っ込むわけですが、彼が遭遇したのは、奇妙なデザインの屋敷と、そこに住む癖の強い住人達でした。
遺産相続を巡って巻き起こる殺人事件という設定は、1978年に日本でテレビドラマ化された、エラリー・クイーンの『Yの悲劇』とよく似ていると言われます。
- 著者
- エラリー・クイーン
- 出版日
富豪や資産家の死、その遺産を狙う親族たちというのは、日本でも「犬神家の一族」などに見られるミステリーの王道。名家や富豪の家庭にまつわるスキャンダラスな事件が魅力で、今なお人気を集めています。
特に名家となれば奇妙な言い伝えがあったり、家宝があったり、歴史上の人物にルーツがあったりするなどのパターンがあるので、それだけでストーリーが出来上がってしまうのです。名家でなくても、事業に成功して一代で富豪になった人物の人生となれば、必然的に普通の人にはお目にかかれないストーリーが出来上がってしまうはず。
日本でもイギリスでもこうした話が好まれるのは、ゴシップ的なものを大衆が求めているからではないでしょうか。実際、アガサ・クリスティーの作品に出てくる探偵ミス・マープルは、当初は詮索好きの老婦人という設定だったそうです。
作者アガサ・クリスティーは、英国を代表する女流ミステリー作家で、20世紀初頭を代表する作家の1人。 有名な名探偵エルキュール・ポアロや、ミス・マープルの生みの親でもあります。
幼少時期から空想好きで読書をたしなみ、第一次世界大戦では薬剤師の助手として活動していました。ここで得た知識は、処女作『スタイルズ荘の怪事件』でも大いに役立てています。
風変わりな母親の影響で幼少時期は正規の教育を受けられず、結果、空想好きで内向的な少女になったそう。本作を読んでみると、彼女のそうした経験が作品内容に少なからず影響を与えていると感じられるでしょう。
- 著者
- アガサ クリスティー
- 出版日
- 2004-07-01
1926年には、大胆な結末で有名な『アクロイド殺し』を発表。同時に、謎の失踪を事件を起こしてしまいます(原因は未だに判明していませんが前年度に母親を亡くしたり、夫が不倫していたなど家庭内にトラブルを抱えていたよう)。
代表作は「エルキュール・ポアロ」シリーズ『オリエント急行殺人事件』で、1974年と2017年にそれぞれ映画化されました。その他には、同じくポアロを主人公にした『ABC殺人事件』『邪悪な家』。本作同様、マザーグースの詩になぞらえた事件『そして誰もいなくなった』などがあります。
さらに、作者が本作とともに「最高傑作」と位置付けて名高い『無実はさいなむ』(2018年BBCでドラマ化)などがあります。こちらの作品も、資産家レイチェル・アーガイルの殺人事件と、それに巻き込まれた親族たちの抱える苦悩を描いた物語です。
舞台となっているのは高級住宅街スウィンリ・ディーンに佇む、ある屋敷。
この屋敷はスリー・ゲイブルズ(「3つの切妻」という意味)と呼ばれていますが、チャールズの見立てでは3つどころかもっと多くの切妻(家屋のつくりで、山形の屋根のこと)があるので、大変に巨大で複雑な屋敷のようです。3つの独立した家に分かれていて、それが名前の由来になったそう。切妻の影響で、奇妙なねじれた外観になりました。
そこに住んでいたかつての家主アリスタイドはギリシャの移民で、24歳の時にイギリスにやって来ました。小柄でパッとしない男ですが、実は優れた商才の持ち主で、レストランを開業するとたちまち成功を治めます。そして7、8件の経営に成功すると、ロンドンで有名なレストランを手に入れてしまうのです。
やがて巨万の富を手に入れた彼は他の商売にも手を出し、それも成功をおさめました。
しかし同時に、法スレスレのやり方をおこなっていたので、「心のねじれた男」と言われるほど敵も多かったよう。とはいえ意外にも女性にモテる一面もあり、先妻とは恋愛結婚でした。
ねじれた家の家主らしく、心もねじれてしまったそんな彼を中心に、物語は動き出します。
ここからはそれぞれの登場人物を解説していきます。
主人公で探偵役。外交官です。カイロでソフィアと出会い、彼女と婚約を交わしたことから、今回の事件に関わるようになります。父は、ロンドン警視庁の副総監です。
ヒロイン。チャールズの恋人で、彼と結婚の約束を交わします。しかし、祖父が殺されたことから自身も容疑をかけられるようになったため、チャールズから身を引こうとする人物です。
故人。ギリシャ移民で、一代にして成功を収めた実業家です。気性が激しく残忍である一方、人望が厚い一面も。87歳にして若い後妻を設けるなど精力旺盛ですが、糖尿病を患っており、常用しているインシュリンの注射器に毒を入れられたために亡くなりました。
アリスタイドの53歳年下の妻。容疑者の有力候補です。後妻ということで家族からはあまりよく思われておらず、それが容疑をかけられている理由の1つでもあります。
アリスタイドの長男。人柄は穏やかですが、父親とは逆で商才がなく、経営している会社が破綻寸前のため借金を抱えています。妻は舞台女優。
アリスタイドの次男で、ソフィアの実父。外観は長身の好男子ですが、冷淡な性格です。本当は現実逃避型の人間。歴史関係の本を好み、空想癖があります。妻は科学者。
ソフィアの弟で、フィリップの長男。まだ10代半ばの、色黒の美男子です。
ソフィアの妹で、フィリップの次女。探偵小説を好み、今回の事件に興味を抱いています。
ユースティスの家庭教師。ブレンダとの不倫疑惑があるため、彼女同様に容疑をかけられています。
アガサ・クリスティーの作品では、時折マザーグースを引用しています。
『そして誰もいなくなった』では「十人の小さな兵隊さん」が引用され、『ねずみとり』では「3匹の盲目のねずみ」を引用しました。
そもそもマザーグースとはイギリスやアメリカで親しまれている童謡集で、「上は王室から下は乞食まで」という言葉があるほど、身分階層を問わず親しまれています。そのレパートリーは600種類を超え、子守歌から言葉遊びまでさまざまなパターンが存在するのです。
しかし、実はその意味を読み解くと、残酷なメッセージが隠されていたりします。ミステリーやサスペンスでマザーグースが引用されているのは、このためではないでしょうか。
- 著者
- アガサ クリスティー
- 出版日
本作でもマザーグースの1つ「ねじれた男がおりました」の最後の一節が引用されています。物語の序盤でソフィアが自身の家庭環境について語るとき、この一節を引用したのです。
ねじれた男がいて、ねじれた道を歩いていった
ねじれた垣根で、ねじれた銀貨を拾った
男はねじれた鼠をつかまえるねじれた猫を持っていた
そしてみんな一緒にちいさなねじれた家に住んでいたよ
(『ねじれた家』より引用)
これは、本作の登場人物が、この詩に表されているとおりの人間性であることを暗示しています。
「ねじれた男」は「つむじ曲がりな男」を意味しているので、アリスタイド・レオ二デスのことを暗示しているのでしょう。「ねじれた道をあるいていった、ねじれた垣根で、ねじれた銀貨を拾った」は、法スレスレのやり方で財産を築き上げたことを意味しています。
「みんな一緒にねじれた家に住んでいたよ」は、もちろんレオ二デス家の人々でしょう。このように、本作の登場人物のキャラクター性は、このマザーグースの一節に表されているとおりなのです。
さて、1番の疑問は「男はねじれた鼠をつかまえるねじれた猫を持っていた」の一文ですが、これは一体……。
物語が進むにつれて、レオ二デス家の秘密が明かされていきます。借金を負っていた者、家族に対して屈折した感情を抱いていた者、家族の秘密を握っている者……。それぞれの事情が見えてくるなかで、もはや怪しくない人物などいない状況となってくるのです。
ソフィアに言わせると、この家庭には愛情がないわけではないそう。しかし愛情がもつれあい、結果まっすぐに生きる事ができないような環境になってしまったらしいのです。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2004-06-14
彼女は、この家について、こう言います。
「“ねじれた„と言ったのは悪い意味じゃなくて、
ひとりひとりではまっすぐに立っていられないという意味なの。
それぞれが、ちょっと曲がったり絡みあったりしているということよ。」
(『ねじれた家』より引用)
屈折した愛情でしか保てない、この家に起こる新たなる惨劇。そして、いよいよ遺言状の中身が明かされようとします。
果たして犯人の正体は何者なのか?その結末は、ぜひご自身の目でお確かめください。アリスタイド・レオニダスは、本当に家族を愛していたのか?と、思わず考えさせられることでしょう。また家族といえど、遺産絡みの争いはおそろしいものだと感じるかもしれません。
真相がわかった後でも、もう1回読み直してみると、また別の見方ができる作品『ねじれた家』。面白いミステリーは、真相がわかった後でも面白いのです。ぜひ映画作品と、合わせてチェックしてみてください。