イギリスの作家メアリー・ノートンによる「小人の冒険」シリーズ。人間と交流しながら生きる小人たちの暮らしや冒険を描いています。『床下の小人たち』は、シリーズの第1作目。現実とファンタジーの狭間のような世界観が魅力の本作について、登場人物やあらすじ、構造、結末の解釈などを紹介していきます。
『借りぐらしのアリエッティ』というタイトルで映画化され、多くの人に知られることとなったイギリスのファンタジー小説「小人の冒険」シリーズ。『床下の小人たち』は、その第1作目にあたります。
本作に登場する小人たちは、鉛筆ほどの大きさ。古い民家の片隅を生活拠点とし、人間から日用品や食料を「借りて」暮らしています。
それぞれの苗字は、家の家具から名前をもらっていて、たとえばアリエッティ一家は広間の大時計が最寄りの家具だったことから、「クロック」としているのです。
ではまず主な登場人物を紹介していきましょう。
アリエッティ・クロック
『床下の小人たち』の主人公で、13歳の少女です。字の読み書きができるため、毎日日記をつけています。好奇心は旺盛ですが、外の世界に出たことがありませんでした。父親とともに初めて外に出た際、人間の男の子に姿を見られてしまったことで物語が動き始めます。
ポッド・クロック
アリエッティの父親で、「いちばんの借り手」とされています。人間の少年に最初に目撃された小人です。
ホミリー・クロック
アリエッティの母親。外の世界に出たことのない娘を過剰に心配する、少々口うるさい性格をしています。物語の当初から住んでいた家のことは、とても気に入っている様子です。
『床下の小人たち』のもうひとりの主人公ともいえる人物。リウマチの療養で親戚のおばさんの家で暮らしていたところ、アリエッティと出会いました。
少年の姉。本書は、メイおばさんが弟から聞いた出来事を、自身が開催している編み物教室にて生徒のケイトに語る、という構成になっています。
ロンドンで編み物教室を開いているメイおばさん。教え子のケイトに、自身が子どもの時に弟から聞いた「ある出来事」を語ります。
当時、リウマチに侵されていた弟は、療養のために親戚のおばさんの家で暮らしていました。この家の床下にはポッド、ホミリー、アリエッティという小人の一家が住んでいて、彼らはたびたび床上にやって来ては人形用の食器やピンなどを「借りて」生活をしています。
ある日、好奇心旺盛なアリエッティは、父親と一緒に床上へと向かうことにしました。彼女にとっては初めての外の世界。浮かれるのも束の間、人間の少年に姿を見られてしまうのです。
小人たちにとって、人間に見つかることはとても危険なこと。しかし少年は、アリエッティたちのためにさまざまな物を差し入れしてくれるようになり、彼らはしだいに打ち解けていくのでした。
ところが、少年の行動に不信感を抱いた家政婦が調査をし、「小人を見た」と大騒ぎをしてしまいます。少年は部屋に閉じ込められ、床板ははがされ、しまいにはねずみ駆除の業者まで呼び出されることに……。
一瞬の隙をついた少年たちによってアリエッティたちは逃げることができましたが、その後は姿を見せることはありませんでした。
後に、この出来事を弟から聞いたメイおばさん。小人たちを探しまわりますが、やはり見つけることはできません。ただ、彼らに用意した贈り物がなくなっていることや、アリエッティが書いていた日記帳が発見されたことなどから、話を聞いていたケイトはその存在を確信するのです。
本書は、メイおばさんの弟がかつて彼女に語った出来事を、ケイトという少女に語っているという構成です。しかも本書自体の語り手はケイトではないと記されています。
つまり、床下で暮らすアリエッティの視点、床上で暮らす少年の視点、そして物語をケイトに語るメイおおばさんの視点、さらには作品を執筆した作者のメアリー・ノートンの視点でも読むことができる構成になっているのです。
読者は、「小人はいる」「小人はいない」「小人はいるかもしれないし、いないかもしれない」「あくまで楽しいファンタジー小説である」という考え方を自由に選択することができます。
一見複雑にも思えますが、視点を変えるたびに新たな心境を堪能することができる作品なのです。
「アリエッティの「も」という字には癖があったのだが、弟にも同じ癖があったのさ」(『床下の小人たち』から引用)
メイおばさんの意味深長な言葉で締めくくられている『床下の小人たち』。
くり返しますが本作は、弟である少年から聞いた出来事をメイおばさんがケイトに語り、それを読者が読むという構成です。「小人は存在する」と思える楽しさに、ケイトも読者も惹き込まれていきます。
しかしラストの一行には、この物語がすべて「弟の作り話だった」とも受け取れる内容が綴られているのです。
リウマチで療養中だったメイおばさんの弟。親戚の家で暮らしていたこともあり、ひとりの時間はとても寂しく孤独だったのでしょう。さまざまな空想に耽っていたのかもしれません。しかしこの弟は戦死してしまっているので、物語が真実なのかそうではないのか、知る由がないのです。
そのほか、弟と離れて暮らしていたためこちらも孤独を感じたメイおばさんが、弟との繋がりを深めるために考えた「メイおばさんの物語」と解釈することもできます。
読者の感じ方しだいで何が真実なのかが変わるラスト一行。本作の最大の魅力かもしれません。
- 著者
- メアリー ノートン
- 出版日
- 2000-09-18
小人の存在が現実なのか空想なのか、さまざまな可能性を秘めている『床下の小人たち』。本書は、小学校高学年用に翻訳されたものです。
文章がユニークで、たとえば小人たちは人間のことを「インゲン」と呼ぶなど訛りがある喋り方。原作のイメージを忠実に表現したものになっています。
ファンタジー小説ではありますが、魔法を使えたり異世界に飛んだりするわけではありません。床下に小人が住んでいて、実は人間から物を借りて暮らしている、というもしかしたら本当にありえそうな物語の魅力を感じてみてください。