日本は豊かで平和な国です。しかし、近年ニュースで取り上げられる子供を取り巻く環境は、想像もしないほど厳しいものでした。『真夜中の子供』は、博多を舞台に、無戸籍の少年を描いた群像劇。作者の辻仁成が監督を務めた映画も公開される、作品の5つの魅力をネタバレとともにご紹介いたします。
主人公は7歳の少年。日本では子どもを出産したとき、役所に届け出ることで戸籍を得ることができます。戸籍とは、人が生まれ死に至るまでの親族関係を登録公証するもの。日本の国籍を持っていることを唯一公的に証明することができます。
博多の歓楽街、中洲。西日本一とも言われる歓楽街に、夜な夜な1人の子どもが現れます。加藤蓮司は7歳の少年。母のあかねはホステスをしており、その間蓮司は、どこに行くわけでもなく、中洲を駆けまわっていました。
「真夜中の子供」と呼ばれる蓮司のことを、中洲の交番に勤務している警察官、宮台響は何かと気にかけます。 一度は保護され、施設に行った蓮司ですが、母親に連れ戻されてしまいます。
しかし、食べ物を与えられたりすることもなく、育児放棄をされていました。宮台や中洲の大人たちがそれぞれ面倒を見ることで、蓮司はまっすぐに成長していきます。中洲のマンションに住む、緋真という友達もできて心もとない部分がありつつも、健やかな人生を歩めるかと思えたのですが……。
- 著者
- 辻 仁成
- 出版日
- 2018-06-13
博多が舞台ということもあり、博多弁が随所に登場します。重たいテーマですが、厳しい現実の中で生きる少年の真っすぐさ、周囲の大人たちの温かさに救われる作品です。
本作は2020年に映画化されることが発表されました。 複数の企業からの出資を募る、製作委員会方式ではなく、資金をクラウドファンディングで募集。子役のオーディションには、アプリを使いおこなった様子。すでに応募は終了していますが、キャストの発表も期待しましょう。
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辻仁成を知っていますか?バンドマンとして彼を知っている人もいるかもしれませんが、彼の小説を読んでみてください。そこには、甘ったるい嘘と、繊細な言葉と、苛烈な性意識が広がっています。純文学的作品から大衆文学的作品まで、幅広くご紹介。
辻仁成は作家だけでなく歌手や映画監督、演出家、ミュージシャンなど肩書も多く、マルチな才能を発揮しています。1985年にロックバンドでデビューし、1989年にすばる文学賞を受賞した『ピアニシモ』で作家デビューを果たします。
現在、フランスに住んでいる作者。日本での児童虐待などのニュースを知るたび、すごく驚くと語り、虐待や育児放棄が普通に起きるのはなぜか、と考えるようになったそう。そこで、土地勘のある福岡の中洲という小さな場所を舞台にして、世界の中の日本の今とこれからを見つめてみよう、と本作を書くにいたった経緯を話しています。
蓮司を取り巻く状況は、けしてよいものとは言えません。俯瞰で描かれる蓮司の世界、中洲には様々な大人が存在し、日々を生きています。雑多で、時に熱い町は活気と生きる力に溢れていました。放棄する一方で、見捨てられる子供に手を伸ばす大人はいます。中洲という場所や人々の力、厚い人情を通して、描きたかったと、作品に対する想いをコメントしています。
本作の主人公。真夜中の中洲を駆けまわる、7歳の少年。戸籍を持たず、小学校にも通っていません。母の仕事中は中洲をうろつき、中洲の外に出たことはありません。歓楽街の人に守られ、成長していきます。
蓮司の母。ホステスとして働き、蓮司の世話をせず、放りっぱなし。
蓮司の世界を広げてくれる存在、幼馴染の少女。中洲にあるマンションに住んでおり、毎朝橋を渡って学校に向かいます。中洲の中しか知らない蓮司に、外の世界を教える、かけがえのない存在であると言えます。
中洲の交番に勤める警察官。蓮司が現れるようになってから、存在を気にかけており、保護施設に連れていったり、育児放棄をしている母親から離す方法はないかと、様々な手を尽くしていました。
中洲のママ。成長した蓮司の保護者のような人。蓮司の隠れた才能も見抜いており、戸籍のない蓮司に居場所を用意した1人といえるでしょう。他にも、蓮司を可愛がっていた老人、伏見源太が重要な役割を担っています。
スナックのママの御手洗康子、山笠振興会の高橋など、蓮司を可愛がってくれる大人はたくさんいますが。しかし、育児放棄をしている母親のあかね、現在の夫の正数、元の夫である文亮の存在が、蓮司の人生に暗い影を落とすのです。
蓮司は両親に愛されなかった子どもです。守ってくれるはずの母親に邪険にされ、家に居場所がなかった蓮司でしたが、中洲という場所が彼の家となりました。外の世界を知らないというのもありますが、中洲以外の場所は外国であるという認識からも、蓮司がどれだけ町を愛していたかがわかります。
学校に通えず日々を過ごしていた蓮司でしたが、夢がありました。毎年7月1日から15日にかけて開催される、博多の神事である博多祇園山笠。700年以上の伝統ある祭りに、強いあこがれを抱いていたのです。
神々しくもエネルギーに溢れた祭りの熱気と、人々の優しさに触れた蓮司は、中洲の町で生きていくことを強く意識しました。
何かになること、成すことだけがだけが、夢や人生というわけではありません。蓮司にとって、中洲は唯一無二の居場所で、エネルギッシュな温かい街で暮らす。そんなことを夢に描くのです。
すべて博多弁で書かれている本作。これが、歓楽街の空気、祭りの熱気を作り出しています。頭の中で、街のイメージを想像することができる文章にも、ぜひご注目ください。
大人との関わりは多いものの、学校に通っていないために同年代の子どもとの接点がない蓮司。そんな彼の友達であり、よき理解者でもあるのが緋真です。学校に通ってはいますが、蓮司と同じように中洲で働く母を持ち、中洲にあるマンションに住んでいます。
2人はすぐに仲良くなりますが、蓮司にとって緋真はそれ以上の意味を持つ存在となります。子どもとの付き合いのない蓮司にとって、同じ目線で、同じような世界を見ることができるのは、緋真だけなのです。
しかし16歳になり、あかねの元夫が現在の夫を暴行する事件が発生し、蓮司は中州から姿を消してしまうのでした。
文亮が暴行事件を起こした後、蓮司が中洲から姿を消しました。かくまわれていたのですが、その時に外の世界での出来事を話して聞かせていたのは、緋真でした。蓮司にとって、緋真は友人であり、外の世界と自分をつないでくれる存在なのです。
成長した後は微妙に関係性が変わり、緋真は蓮司に対して友人以上の感情を抱きます。愛情と保護欲を抱き、蓮司に近づく女性に嫉妬をする。少女から女性に変わっていく、緋真の心の変化もみることができます。
蓮司は、あかねの元夫が起こした暴行事件をきっかけに、中洲から姿を消しました。9年後、宮台は中洲で成長した蓮司と再会します。彼は仲良くしていた老人、源太の家にかくまわれて生活していたのでした。16歳になった蓮司は、年齢をごまかしてホストクラブで働いています。
最初は店の仲間からバカにされていた蓮司でしたが、やり手のママである瀧本優子に見出され、ホストとして頭角を現します。指名が付くようになり、瞬く間に夜の町で活躍する存在となった蓮司。そこにあかねが戻ってきて、蓮司の稼いだお金を湯水のごとく使ってしまうのでした。
どうにかあかねを切り離そうとしますが、うまくいかず、ホストをやめることになった蓮司でしたが、収入のなくなったあかねからの嫌がらせが続くようになります。そんなとき、暴行事件で刑務所に入っていた文亮が出所。あかねを探して中州にやってきます。
そこで彼が口にしたのは、蓮司の父親は自分である、ということ。ずっと正数が父親だと信じていた蓮司は混乱、嘘をつき自分の人生に立ちふさがる存在であるあかねに対する不満が爆発し、あかねをナイフで刺してしまうのでした。
蓮司は警察に連行されます。しかし、多くの人々の優しさと愛情に触れ、まっすぐに育った蓮司は、町に帰ってきます。そして、中洲の町の人々は蓮司を迎え入れます。あらためて、中州という町で生きていくことを誓うのでした。
作品の中には様々な善意と悪意が登場します。悪意を身近に置きながらも、蓮司は多くの善意を吸収して成長しました。
人の心が温かく、無償の優しさは尊いものだと感じる物語はないでしょう。子どもは自分で自分を守ることも難しい。そんな存在を、誰かが守り育む、手を差し伸べることが自然なのだという社会でありたいと強く思う物語です。
蓮司の状況を考えると胸が苦しくなりますが、彼の真っすぐさ、町の大人たちの温かさに救われた気持ちになります。中洲の町の描写も秀逸で、とくに博多祇園山笠の描写に心が躍り、最後のシーンでは胸が熱くなる本作。気になった方はぜひ、手にとって読んでみてくださいね。