僕が小説の面白さにどっぷりハマったのは19歳でした。 事務所のマネージャーの読み終わった小説を借りた。 この本が、僕を活字の沼に引きずり込んだ。 その本は、初めのうちは遠くからこちらに手招きをしている。 ゆっくりと歩を進めると、急に背後から両肩を掴まれる。 肩を通じて感じる体温はじっとりと心地が悪い。 僕は、気付いた時には本の世界観に入り込んでいた。 「もう逃げられないよ」 耳元で、そう囁かれた気がした。
「みなさんが小説を好きになったキッカケの本はなんですか?」
コラムを書くにあたり、この質問を最近会った人数名にしてみたところ、面白い結果が出ました。
「ハリーポッター」
「指輪物語」
「時をかける少女」
「アルジャーノンに花束を」
……まあこれは僕の周りがたまたまなのかも知れませんが。
ほとんどの人が、小説にハマったキッカケの本は、SF小説だったんです。
みなさんお分かりだと思いますが、SFとは「サイエンス・フィクション」の略で、ざっくりと説明をすると、科学的空想(社会科学や人文科学も含む)が投入された作品群のことです。
日本人ってきっとSF好きが多いと思うんです。
それは、「ドラえもん」という凄い名作のSFを見て育ってきてるからだと思います。
僕もSFが大好きです。
書籍にはいろんなジャンルがありますが、その中でSFの秀でた箇所は。
「斬新なアイデア」。しかもそれを一冊の中で次々に味わえるところだと思います。
こんな世界があったらよいな。こんな冒険してみたいな。と、現実には無い世界を近くに感じ憧れてしまうものですよね。
さて、本題に入ります。
僕が小説を好きになったキッカケとなった本。
それはSF小説です。いや、本当のジャンルがSFなのかはわかりませんが、ジャンルなんて意味はないと思っていますが、僕はSF小説だと思っています。
その本は、世界中を探し回れば存在するんじゃないかと思うほど現実に近く、こんな世界には行きたくないと思うような世界でした。
- 著者
- 村上 龍
- 出版日
- 2009-07-15
1972年夏、キクとハシはコインロッカーで生まれた。
母親を探して九州の孤島から消えたハシを追い、東京へとやって来たキクは、鰐のガリバーと暮らすアネモネに出会う。
キクは小笠原の深海に眠るダチュラの力で街を破壊し、絶対の解放を希求する。
僕がこの小説を読み感じたことは、
自分らしく生きようとすることは、なんて自分らしくない生き方なんだろう。
今から読まれる方、初めに言っておきます。
読み終わった頃、あなたはただただ後味の悪さに包まれていることでしょう。しかしその気分の悪さの中に、なんとも言えない爽快感もあります。
僕はこの本に出会ってから、いろんな小説を読みました。
しかし、この本でしか感じられなかった感覚があります。
この小説は「五感」を刺激してくるんです。
家の中にいるはずなのに、どこからか漂ってくる腐乱臭や香水の香り。
口の中に広がる酸っぱさ。
目の前には活字を通り越して風景が透けて見える。
この感覚を味わうことが出来るのは村上龍さんただ一人だと思います。
独特の比喩表現が、フィクションを現実にしてしまうのです。
「鬼才」という言葉は村上龍さんにぴったりな言葉だと思います。
そしてもう一つ、この小説は他作品には無い異様なまでのエネルギーに満ちています。
まさに「文学にして毒薬」といった作品です。
今回のコインロッカー・ベイビーズ。
本当はコラム連載1回目に紹介させてもらおうと思ってたんです。
僕が今まで周りから、おすすめの小説を教えてほしいと言われたら絶対に紹介する本でしたし、何より小説を好きになったキッカケの本ですから。
でもなぜ連載1回目に紹介しなかったかと言うと、怖いんです。
この本の面白さを伝えようとすればするほど、幼稚な感想しか出てこない。途端に語彙力が乏しくなるんです。
どんな本ですかと言われても言葉が出てきません。作者のパワーに圧倒されて、何と感想を綴ればいいかわからないのが正直なところです。
キクとハシ二人の冒険譚と読むことも可能ですが、深淵なるメッセージ性も感じる。
そしてその部分は未だに読み解けていないのではと残念な気持ちになるんです。
だから僕がこの本を紹介する時は、この言葉しか出てきません。
皆さんにもこの言葉で紹介したいと思います。
「読んでくれ」
読み終わった後、きっとあなたは静かに呟くことでしょう。
ダチュラ、と。