【連載】どんなことがあっても、水曜日はやってくる

更新:2019.3.16 作成:2019.3.16

寝たら明日が来てしまうので、眠るのが怖い。寝なくても朝が来ることなんてわかっているし、寝なければ次の日が余計辛くなることだってわかっている。それでも、すんなりと眠りにつくことは、今日という最悪な1日がこのまま終わることと、同じような明日が来ることを甘んじて受けているようで、耐えられない。

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消化できない鬱屈を電波に乗せて

 

たとえば0時に部屋のあかりを消して、目をつむるとする。頭の中には大嫌いなあの人の顔や、明日起こるであろう憂鬱なこと、数年前に言われた言葉、ずっと後悔していること……いろんなことが浮かんでは消える。

小さい時は「死ぬ」とか「死ね」とかいう言葉は言ってはいけないと思っていたけど、ここ数年はひとりでいる時に息を吐くように「死にたい」と口から出るようになった。吐き出さないと、体の中に溜まった何かを消化できない。ひとり暮らしの私の部屋にはきっと、たくさんの「死にたい」が沈殿している。

それはしだいに怒りへと変わる。しかし何に対して怒りをぶつければいいのかわからないし、仮にどこかに思いっきり怒りをぶつけたとしても事態は好転しないことはわかっている。だから結局、また「死にたい」に行きつくのだ。

死にたくなると、本を読む気力も出ない。テレビも観飽きたし、スマホを持つのもかったるい。でも眠りたくない……そんな深夜の私が行きついたのは、ラジオだった。

ラジオといえば中学生や高校生、もしくは年配の方が聞くものだと思っていた。在りし日の私も、音楽番組や好きなタレントの番組を聞いていた。深夜にやっている生放送は、かの有名なオールナイトニッポンは知っていたが、そのほかはどんなものが流れているのか想像もつかなかった。

ある夜聞いたラジオ番組は、テレビでも活躍するお笑い芸人がパーソナリティを務めていた。リスナーが日常で感じた怒りを、文章にして送るコーナーがあった。パーソナリティはさも自分が体験したかのように読んでくれる。それはもう、音量に気をつけないと驚いてしまうような怒鳴り声で、ありったけの憎悪や嫉妬をぶちまけるのだ。

その剣幕に、つい笑ってしまった。それから毎日、深夜1時に始まるその番組を聞き続けている。

生放送を聞いていると、こんな真夜中に、腹のなかに鬱憤をためている人がたくさんいることがわかる。そんなこと……と思うような内容もたくさんあるが、きっと他の人からすれば私が抱えているものもくだらないものだろう。

ラジオはテレビと違って、「マル」をつけなくていいところに魅力があると思う。何か結論付けなくていいし、最終的な意見を述べなきゃいけないわけではない。(もちろんパーソナリティはトークのオチは考えているとは思うが)

リスナーはメールに吐き出したい想いや渾身のネタを書き、パーソナリティはそれをただただ受け止める。そこからトークが広がることもあるし、「何言ってんだこいつ」で終わることもあるが、どんな変化球や悪球を投げても、受け止めてくれるのだ。

誰にもぶつけられない、やり場のない想いを抱えている人にとって、それがどれだけの救いになるか。

 

著者
せきしろ
出版日
2017-06-28

この本の主人公もまた、ラジオに救われ、ラジオに自らの存在意義を見出していた。作者は、いまや構成作家として活躍し、小説やエッセイ、脚本なども手掛けるせきしろだ。本作を読むと、かつて伝説のハガキ職だったことがわかる。

「半自伝的小説」とあり、どこまでが実際にあったことでどこからが創作なのかは定かではないが、とにかくヒリヒリするような痛々しさがリアルに書かれているのだ。

「周りにおもしろいやつがいない」という理由で高校卒業間近に北海道から上京。お笑い芸人を目指すものの、大小の裏切りを経験し、やがて彼の世界との接点は深夜ラジオだけになった。純粋でまっすぐるすぎる性格ゆえか、はたから見たらクソみたいな生活を送るようになるのだ。

「公園にある時計を見るともう午後一時半になっていた。私は銀行へ生き残高照会をする。残高は59円のままだった。きっと母親はまだ家を出ていないのだ。これから外出するのだろう。実家から最寄りの銀行までは歩いて一〇分くらいだ。今から外出の用意をし、家を出て、銀行に着いて手続きをする。計算すると入金は二時一〇分といったところだろうか。」

 

「私は深呼吸をひとつしてから「お願いします、お願いします」とキャッシュカードに願いを込めるという非科学的な行動をし、カードを今まで以上にしっかりと、そして丁寧に差し込んだ。
(中略)
しかし残高は59円のまま。入金がない。頭が混乱した。落ち着いて考えようとまた公園に戻る。先ほどまであった余裕はもうない。三時までに振り込みされていないと本日の入金はない。となると、ハガキが買えない。」(『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』より引用)

生活費を削ってハガキを買う。現実を見ずに、投稿を続ける。ラジオに逃げる、それでいいのだ。

私はある夜もラジオを聞いていた。番組の終盤、とある言葉が聞こえてきた。

「どんなことがあっても、水曜日はやってくる」

いわゆるジングルというもので、CMの前後などにBGMとともに流れる。サウンドステッカーとも呼ばれている。

いったいどんな意図が込められて、この言葉がジングルに選ばれたのかはわからないが、横になっている私のこめかみが濡れていった。

明日が来てほしくないと眠るのを拒否していた私だが、明日になったらまたラジオを聴けばいい。どんなに死にたくなっても、生きていたら夜になる。夜になれば、誰かの消化できない鬱屈が電波に乗って拡散されて、私の怒りも一緒に散らばっていくのだ。
 

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