日本の各家庭にお風呂が普及したのが、昭和40年代の高度成長期。それまでは皆銭湯に通っていました。銭湯には家庭のお風呂にはない、大きな浴槽ならではの醍醐味があります。 『のの湯』は、3人の女子が銭湯を巡る日常を描いた漫画。ドラマ化も決定している本作のほっこりとした見所を、紹介いたします。
本作は、東京の下町を主な舞台とし、都内に実在する銭湯が登場。主役は3人の女性と銭湯で、入浴しながらあれやこれやと女子トークをくり広げていきます。
主人公・鮫島野乃(さめじま のの)は浅草で車夫をしている女性。毎日の楽しみは、仕事終わりに入るお風呂でした。浅草で引っ越し先を探していた野乃は、ある日銭湯に貼ってあった手書きのチラシを発見します。トイレ、台所は共同、6畳間の下宿スタイル、銭湯入り放題で家賃4万円という条件でした。
入居を希望した野乃は、アパート湯毛荘に住むことになりました。
- 著者
- ["釣巻 和", "久住 昌之"]
- 出版日
- 2015-06-08
湯毛荘には管理人の孫・湯毛岫子(ゆげ くきこ)と、カルフォルニア出身のラテン系アメリカ人・アリッサ=リベラが住んでいました。湯毛荘では、希望者が都内の銭湯で使用できる共通入浴券30枚を無料でもらうことができます。お風呂好きの野乃は、岫子やアリッサとともに、銭湯に通い始めます。
本作では、入浴シーンが必ずあるところがポイント。お色気要素はなく、入浴が日常の一部であることを象徴するように、ごく自然で健康的です。会話の内容も恋のこと、仕事のことなど様々で、共感できる部分も多いでしょう。とはいえリアルな女風呂の様子を描いていますので、男性読者も秘密の世界を覗き見させてもらっている気分も味わえるかもしれません。
また、本作は2019年4月14日よりBS12にてテレビドラマが放送されることが発表されました。奈緒、都丸紗也華、高橋ユウらが出演します。
本作は原作を久住昌之、作画を釣巻和が担当しています。
作画を担当している釣巻和(つりまき のどか)は1987年生まれ、東京都出身の漫画家です。ペンネームではなく本名で、以前は子鞠和(こまり のどか)名義で作品を発表していました。同人活動を経て、2006年講談社「アフタヌーン四季賞」に準入選して商業誌デビューを果たします。
『童話迷宮』、『くおんの森』、『あづさゆみ』など、話題作を次々と発表。現代を舞台にした作品でも、どこかレトロでファンタジックな世界観と高い画力で人気を集めました。
- 著者
- 釣巻 和
- 出版日
- 2008-11-20
原作担当の久住昌之は、1958年7月15日生まれ、東京都の出身です。大学を卒業後にメディア表現を学ぶ美学校に進学、1981年に同期生だった泉晴紀とコンビを組んだ漫画家、泉昌之としてデビューをします。
その後も漫画原作者を中心に活動をし、ヒット作を数々と発表。ドラマ化され話題となった『孤独のグルメ』や『花のズボラ飯』、『サチのお寺ごはん』など、メシ漫画ブームの火付け役となりました。漫画原作だけでなく、酒やつまみなど様々なテーマで著書を発表、音楽活動もしており、マルチな才能を発揮しています。
本作の原作は久住昌之が担当していますが、3人娘の会話や野乃の車夫という設定などは、釣巻和のアイディアで生まれたのだとか。特に会話の内容に、女性ならではの視点が盛り込まれています。
本作の見所のひとつは、湯毛荘で知り合い、裸の付き合いを経て仲良くなった3人娘です。
車夫をしている野乃は、大の銭湯好き。力仕事をしているせいか、細身ながらがっしりとした身体つきをしており、筋トレを欠かしません。見た目の印象とおり、ボーイッシュな印象を受けますが、可愛いものが好きだったり、天然パーマなところを気にしていたりと、女性らしい面も持っています。
湯毛荘の管理人の孫である岫子は20歳。左右で髪の色を変えていたり、普段は青色のカラーコンタクトをいれたりと、ファッションに気を使っている、とても個性的な女性です。動物が好きで、トリマーを目指して専門学校に通っています。ちょっとクールでツンデレ気質ですが面倒見はよく、お風呂は1人が好きといいつつ、野乃たちに付き合ってくれます。
カルフォルニア出身のラテン系アメリカ人のアリッサは、東洋文化を学びに留学中の20歳。長い黒髪と高い身長が特徴です。家族にも肌を見せることに抵抗があるという文化の違いがあるため、銭湯に行くことに抵抗がありましたが、野乃たちの影響もあり銭湯好きになりつつあります。
3人は経歴も価値観も違い、普段は接点がありません。しかし、銭湯で裸の付き合いをしているせいか、とても仲良し。恋や仕事など、様々な事を湯につかりながら話しあいます。
最初は距離がありましたが、言葉選びに遠慮が無くなったり、喧嘩して仲直りをしていく過程に、確かな友情と絆が感じられ、3人の姿に頬が緩むストーリーです。
先ほども書いたとおり、湯毛荘にはお風呂がなく、都内の銭湯で使用できる共同入浴券を無料で配布しています。それを使って野乃たち3人は銭湯を渡り歩いているのですが、作中で登場する銭湯はすべて実在の銭湯。野乃たちと同じ湯につかることができます。
銭湯には釣巻和が実際に訪ねて入浴しており、浴室をはじめとした内装はもちろんのこと、銭湯を取り巻く空気感も丁寧に描き込まれています。
また、周辺にあったお店など、銭湯を中心とした風景も描き込まれているところも魅力的。銭湯単体だけではなく、銭湯を中心とした日常の景色も楽しむことができます。
作品の中で登場した銭湯もあらためて紹介され、釣巻和のおすすめポイントが掲載されています。作中で紹介された銭湯を訪ねれば、野乃たちと同じお湯を楽しめるだけでなく、作品内でどのように表現されているのかも知ることができ、作品と銭湯をより深く味わうことができるでしょう。
湯毛荘や野乃の職場がある浅草が、本作の主な舞台です。浅草は東京の下町としても知られていますが、下町と言えば人情。人と人との関係がどこか近く、密だからこその情の厚さがあります。本作でも下町ならではの人情を感じる場面が多く、人との温かなやりとりに、心がほっこりすることでしょう。
そんなホッコリする空気感で、一緒のアパートに暮らす3人娘が中心のストーリーですが、喧嘩をしないわけではありません。そんなときは、岫子の祖母で大家の千夜子や、お手伝いのツル、町の人たちや銭湯の客がそっと見守ったり、時に言葉をかけてくれます。
どこか気まずくなったり、距離が空いてしまっても、どこからか延びてきた手が、再び人の縁を繋いでくれるのです。
物語に直接関係のないところでも、下町の人情や温かさを感じられるところも本作の大きな魅力。野乃たちが入浴する風景のなかにも、大勢の人で使用するからこその繋がりや、気遣いを見ることができます。登場する銭湯利用客は、とてもおおらかで、下町の銭湯ならではの、ゆるく温かい空気が物語にマッチしています。
野乃が湯毛荘に住みはじめ、岫子やアリッサと仲良くなっていく始まりの巻。見所は3人の出会いと、友情が深まっていくところで、イチオシのエピソードをご紹介します。
それはずばり、野乃と岫子との出会い。人懐っこく犬っぽい野乃と、犬好きなのに猫のようなツンデレな岫子のやり取りが微笑ましいエピソードです。
- 著者
- ["釣巻 和", "久住 昌之"]
- 出版日
- 2015-06-08
野乃が湯毛荘を初めて訪ねたとき、ペットシッターのアルバイトをしていた岫子からヘルプの電話がかかってきます。
複数の犬の散歩に苦戦していた岫子を助けにいった野乃でしたが、逃げ出した犬を捕まえる時に水溜まりにダイブ。泥だらけになってしまいます。野乃の提案で銭湯に行った2人は、同じアパートに住むことになると知り、距離を縮めるのでした。
野乃は人懐っこい性格で、人との間に壁を作りません。対する岫子は初対面の人とは少し距離があり、警戒心もあります。
あまり空気を読まず、ぐいぐいと攻めてくる野乃に対し、何だかんだと流されてしまう岫子の押しの弱さに、にやりとしてしまうでしょう。仲良くなるのにもう一押しだ、と野乃を応援したくなります。
関係が少し深まり、それぞれの仕事や学校のこと、家族や恋のことなど、様々なことにスポットがあてられます。仲がよくても、恋愛感や価値観の違いはあるもの。3人で合コンに参加するなど、年頃の女性らしい恋に積極的な面も見られ、銭湯トークでは、秘密の女子会に潜入したような気分を味わえます。
- 著者
- ["釣巻 和", "久住 昌之"]
- 出版日
- 2016-05-06
岫子の誕生日エピソードがとにかく可愛らしく、ほっこりするでしょう。
野乃の引く人力車で下町を巡るのですが、野乃のお人好しっぷりに岫子がモヤモヤする場面があるなど、仲良くなったからこその軋轢も見られました。人間関係は一筋縄ではいかないなと思い知らされると同時に、どんな気持ちもさっぱりと洗い流してくれる銭湯の魅力を感じられるエピソードです。
また、都内の銭湯だけではなく、鎌倉の銭湯に行くという、お出かけ回があるのも本巻の特徴です。今までは日常の中で銭湯が描かれましたが、銭湯を目的としてお出かけします。少しテンションが高くなっている3人が可愛らしく、ほっこりしてしまいます。
本作は銭湯での入浴シーンが多くありますが、お色気要素ではなく、健康的に描かれているのが特徴的です。湯につかることが、日常で自分たちを癒してくれていることをあらためて実感します。ぜひ、『のの湯』で癒されてくださいね。