児童小説『鏡の国のアリス』は、イギリスの作家ルイス・キャロルが手掛けた『不思議の国のアリス』の続編です。主人公のアリスが鏡の中を通り抜けると、そこに待っていたのはチェスゲームをモチーフにした異世界と、個性豊かなキャラクターたちでした。「マザー・グース」をはじめとするさまざまなパロディ要素も散りばめられています。この記事では、あらすじや登場人物、名言、「ジャバウォックの詩」、イラストなど魅力を徹底的に解説してきます。
イギリスの作家ルイス・キャロルが手掛けた児童小説『鏡の国のアリス』。同じくキャロルが執筆した『不思議の国のアリス』の続編で、イラストも前作と同様にジョン・テニエルが担当しています。
作中で描かれている出来事は、キャロルと親交のあったアリス・リデルとその姉妹から着想を得ています。特に『鏡の国のアリス』で重要な異世界への出入り口「鏡」は、リデル姉妹が祖父母の屋敷に滞在していた際、客間の暖炉の上に置かれていた大きな鏡がモデルとなっているのです。
物語は、登場人物たちがチェスのルールに従いながら盤面のように広がる異世界を進んで行く構成。書籍には彼らの行動を示した棋譜が掲載されています。同時に、赤の女王や白の女王など、容姿がチェスの駒をモチーフにした者が登場するのも特徴でしょう。
さらに、イギリスやアメリカを中心に親しまれている童話「マザー・グース」に由来するキャラクターや、ナンセンス詩の代表作といわれる「ジャバウォックの詩」など、言葉遊びもふまえた多数の詩が作中に登場。アリスの冒険に大きく関わっていきます。
アリス
『鏡の国のアリス』の主人公。前作『不思議の国のアリス』では明言されていなかった年齢を、本作では「7歳とちょうど半分」だとはっきりと記しています。
ある日、飼い猫のキティとともに遊んでいる最中、突如として鏡の中の世界に迷い込んでしまいました。異世界では、赤の女王の助言から「白のポーン」としてチェスゲームに参加。さまざまな人物と出会いながら、女王になることを目指して鏡の中の世界を進んでいくのです。
白の女王
一般的に白と黒に分かれておこなわれるチェスですが、本作では白と赤に分かれています。白の女王は、白のクイーンの駒がモデルです。
アリスが鏡の国に入り込み、泣いている白の女王の娘を彼女のもとまで運んだことが最初の接触でしたが、その頃はまだ彼女たちにアリスの姿は見えていませんでした。
時間を逆向きに生きていて、「再来週に起こること」をよく記憶しています。
赤の女王
赤のクイーンがモチーフ。アリスに対し尊大な態度で接しながらも、異世界でのチェスゲームへの参加を助言した人物です。
また、アリスに鏡の国の性質を最初に説明したキャラクターでもあり、喉が渇いたという彼女に乾いたビスケットを与えています。
トゥイードルダムとトゥイードルディー
「マザー・グース」に由来するキャラクターで、互いに見分けが付かないほどそっくりな双子です。アリスが見つけた唯一の見分け方は、襟に入れられた「ダム」と「ディー」の刺繍の違いでした。
物の名前を忘れてしまう「名無しの森」に入ったアリスが彼らに抜け道を訪ねるものの、踊り始めたり長い詩を聞かされたりして、なかなか回答を得ることができませんでした。最終的には、「トゥイードルダムとトゥイードルディー」の誌にあるとおり、赤ちゃんのガラガラをめぐって決闘に。さらにそこへ巨大なカラスがやってきて、2人は逃げてしまいます。
ハンプティ・ダンプティ
「マザー・グース」に由来するキャラクターです。謎かけ歌として知られていましたが、ジョン・テニエルの挿絵をきっかけに、卵が擬人化した姿で描かれるようになりました。
『鏡の国のアリス』では、アリスがヒツジの雑貨屋で買おうとした卵が変化。常に不機嫌な態度をとりながらも、自身は王家と関連があることや、言葉に給金を与えることで好きな意味をもたせることができることを話します。「ジャバウォックの詩」の意味を、アリスに言い聞かせたのも彼でした。
ある日、アリスは飼い猫のキティと一緒に、暖炉のそばに置いてある鏡を見ながら、鏡の中の世界を空想していました。すると、いつの間にか鏡の中を通り抜け、チェスの駒が意思をもって動き回る異世界へと入り込んでしまいます。
アリスは、鏡文字で書かれた「ジャバウォックの詩」を鏡に映すことで読みとった後、暖炉の部屋から外へ出ました。しかし彼女がどこかへ進もうとすると、なぜか逆らうように家の前に戻ってしまいます。
赤の女王が近くを通りかかった時、道を反対側に進むことで追いかけ、彼女からこの世界全体がチェスのゲームになっていることを聞くのです。
赤の女王の助言により、ゲームに参加する駒になることを決めたアリス。「白のポーン」となり、最初の一手として2マス進むために列車へ乗り込みます。そうして、鏡の国での冒険が始まるのでした。
多数の名言や印象的なセリフが登場する『鏡の国のアリス』。いくつかご紹介しましょう。
「もしそうだったら、そうかもしれぬ。仮にそうだったとしたら、そうなるだろう。ところがそうではないのだから、そうじゃない。」(『鏡の国のアリス』から引用)
「名無しの森」の中をさまようアリスが、トゥイードルダムとトゥイードルディーに遭遇した際、2人は人形のようにピクリとも動きませんでした。まるでそっくりな彼らの違いを探そうと見物するアリスに対し、彼らは「相手が生き物でも人形でも、まずは礼儀をわきまえるべきだ」と叱ります。
「7歳と6ヶ月か!どうも中途半端な年齢だ。わしのところに相談にきておれば『7歳でやめとけ』と忠告したところだ。」(『鏡の国のアリス』から引用)
自身の年齢を打ち明けたアリスに対し、ハンプティ・ダンプティが返した言葉です。『不思議の国のアリス』の頃から、初めてアリスの年齢が語られたシーンでもあります。アリスは、自分にとって数ヶ月の成長は自然で当たり前なことだと主張しますが、ハンプティ・ダンプティは「当たり前は存在しない」と言っているのです。
「犬から骨をひくと、のこりはなあに?」(『鏡の国のアリス』から引用)
終盤でアリスはチェスゲームに勝利し、鏡の国の新たな女王となりました。赤の女王と白の女王は、アリスに女王としての素質があるかどうかを尋ねます。
互い違いに質問を投げかけてくるものの、内容はどれもでたらめなものばかり。アリスはしだいに苛立ってしまいます。しかし、一見意味のないことが、『鏡の国のアリス』の最大の魅力でもあるのです。ジョークを交えたユニークな表現で、読者もアリスと同じように空想にふける力を養うことができるでしょう。
英語で書かれたもっとも素晴らしいナンセンス詩といわれる「ジャバウォックの詩」。始まりは、作者のルイス・キャロルが家族のために制作した、手書きの回覧誌に記載したものでした。
ジャバウォックと呼ばれる怪物が、名なしの主人公に倒される顛末が綴られていて、「かばん語」と呼ばれる創作語が多数含まれています。
たとえば「ラース」は、ツバメと牡蠣を主食とする緑色の豚の一種。「トーヴ」はタヌキとトカゲと栓抜きを掛けあわせた生き物。「ボロゴーヴ」はモップのような外見をした鳥……このように異なるもの同士を混ぜた生物ばかりが登場するのです。
さらに「ジャバウォックの詩」は、古典イギリス詩とまったく同じ構成で表現されています。『鏡の国のアリス』をきっかけに、実に精密な「物語」として話題となりました。
- 著者
- ルイス・キャロル
- 出版日
- 2010-02-25
本作でイラストを担当しているジョン・テニエルは、イギリス出身のイラストレーターです。絵画は独学で学び、ルイス・キャロルと出会う以前は、風刺漫画や絵本、小説の挿絵を制作していました。
キャロルとの出会いは、『不思議の国のアリス』の出版の際に依頼を受けたことがきっかけです。
彼の作品は、鋭い観察眼から生まれたリアリティのある繊細なイラストながら、ユニークでユーモアあふれる表現が魅力的。『鏡の国のアリス』を手掛けた際は、キャロルと何度も話しあい、時にはお互いの考えをぶつけあいました。『鏡の国のアリス』を読む際は、本文だけでなくぜひイラストにも注目してみてください。