言いたいことは山ほどある。したいことだって、いくらでもある。でも、それをしたことによって自分に降りかかるリスクを思うと恐ろしさが勝って、何もできないままでいるのです。そうして動けないままで、気づけば大人になっていたのでした。 もし同じような葛藤を抱えている人がいたら、ぜひ本作を読んでみてください。そのまっすぐさが腹立たしくも、ものすごく羨ましく感じられるはずです。
見ていて、思わずイライラしてしまいます。テレビドラマ化もされ、映画化も決定した作者の代表作『宮本から君へ』の主人公・宮本浩が、その最たる例でしょう。
うまくいかないことだらけで、うまくいっても「自分の正義に反する」とでもいうかのように不満げで、周りに合わせたり空気を読んだりすることのできない人物……。
やっぱり、どうしても苦手です。そんなに真っ直ぐで素直でなくてもいいから、多少嘘つきでもいいから、周りに同調して、作り笑いをして、その場をうまくやり過ごしてほしい。
でも不器用な宮本は、それができません。たとえ仕事は半人前でも、彼の中には曲げられないポリシーのようなものもあります。そして、それを貫き通します。
なんでだよ、イライラするなぁ。そもそも、そういうの言っていい立場じゃないし、「俺が俺が」ってお前どんだけ偉いつもりなんだよ。と、読んでいて毎度そう思ってしまうのです。
この作品以外にも、新井作品の主人公は苦手な人物が本当に多い。ひどい時は漫画に向かって、ソイツに向かって悪態をついてしまうほどです。
なんで、こんなに不器用なんだ?どうしてうまく生きられない?自分だったらこうはせず、その場をうまく逃げ切るのに。そう思って読み進めているうちに、ハタと気付くのです。空気を読んで、周りに同調して、うまく逃げて、それで今、自分の状況ってどうなんだろう、と。
- 著者
- 新井 英樹
- 出版日
- 2015-09-30
本作『なぎさにて』の主人公・杉浦渚も、宮本に通ずるものがあります。舞台は日本。私たちが生活する日常と、ほとんど同じ世界です。しかし大きく違う点は、世界各地に存在する謎の巨木の存在。
2011年、人類発祥の地・ケープタウンに突如現れたそれは、徐々に広がりを見せていきました。そしてある日、木が爆発。その瞬間、その場にいた100万をも超える人々の命が消えたのです。
そんななかで、人々にある症状が蔓延。「豆の木症候群」と呼ばれるその症状にかかった人は、終末的世界のなかで享楽に走ったり、投げやりに生きたりするようになります。
そんななかで渚は、ある男子生徒に告白して逃亡。そして数日後に同じ人物に告白して、また逃亡しようとするという行動を起こします。それまで1回も話したことのなかった相手であるその男子生徒は、笑いながら彼女にこう言うのでした。「『豆の木症候群』だ」と。
面識のない男子生徒に勢いで告白したり、今まで目立たなかったのに性格が変わったりと、誰がどう見ても「豆の木症候群」な渚。そんななか、正論を語る祖母や冷静な父と対立する場面が描かれていきます。
彼女の主張は非論理的で、「だからどうするんだよ?」と返したくなるような発言ばかり。何かしたいのだけど、その何かが明確じゃないから、行動も言動もブレブレです。宮本同様、見ていて非常にイライラします。
しかし、自分が彼女と同じ立場だったらどうだろう。言いたいことでも空気を読んで言わず、やりたいことは勇気が出なくてやらずじまい。そんななかで、いつ死ぬかわからない恐怖に晒されたら……。もしかしたら彼女のように、ただ衝動に任せて行動するのかもしれないと、そう思ったのです。
- 著者
- 新井 英樹
- 出版日
- 2016-04-28
渚や宮本をはじめ、新井作品の主人公たちは自分の気持ちに素直で、ある意味衝動的に行動しているように見えます。自分が正しいと信じて疑わず、そのエネルギーをそのままぶつけるのです。その行動力は凄まじいもので、そこには一貫した強い意志があります。それは、私にはないものです。
本当に不器用だなぁ、バカだなぁ、と思いつつも、その真っ直ぐさは実に羨ましい。周りの反応や、自分の未来を気にしてくすぶったままの私には、腹立たしくありつつも、非常に輝いて見えてしまうのでした。
そんな生き方を見たくて、彼らのエネルギーを感じたくて、私は新井作品を読むことをやめられないのです。
- 著者
- 新井 英樹
- 出版日
- 2017-01-30
新井作品の主人公はもともと強い意志を持っている人物が多いなか、渚は巨木の出現をきっかけに自分を変えたいと動き出した人物。そういった意味でも本作は、私個人には非常に刺さる内容だったのです。
私は、今まで賢く生きてきたつもりでした。人から嫌われないように、自分を必要以上に追い込まないように、極力リスクを回避して行動してきました。しかし、その結果に得たこの現実が、かつて想像したものだったかというと、決してそんなことはありません。
もしかしたら渚たちのように、周りからバカだと思われても、誰かと衝突しても、自分の衝動に赴くまま生きた方が楽しかったのかもしれない。そう思ってしまうのでした。
現実は恐ろしいことばかり。勇気を持って一歩踏み出した結果必ずしもよい方向に転がるなんて、そんな都合のよい展開はありません。新井作品は、その残酷さも描いています。それでも、くすぶったまま平和に生き続けるより、燃えるような一瞬の感動に出会えた喜びの方が大きいかもしれない。そういった気持ちを感じさせてくれるのです。
ちなみに本作『なぎさにて』は、第3巻のラストで衝撃的な事実を突きつけられます。なんと、未完のまま終了してしまうのです(しかも、めちゃくちゃ気になるタイミングで!)。しかし、作者はこの展開を「個人的なこだわり」だとしたうえで、いつの日かわからないけど完結させたいと語っています。
何年後になるかわかりませんが、いつか来るであろうその日を楽しみにしながら、私は待ち続ける覚悟です。とにかく気になるから、完結させてくれ!頼む!!
困シェルジュ
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