困っている人を、自分の体を張ってまで助ける自己犠牲的精神「任侠」。人情にあふれた勧善懲悪の物語が多いのが特徴です。この記事では、「任侠」を描いた小説のなかから特におすすめの作品をご紹介していきます。
ヤクザや暴力団をイメージする「任侠(にんきょう)」という言葉。そもそもは、困っている人や苦しんでいる人を助けるために、自らの体を張る自己犠牲的精神や性質を表す際に使われます。これら本来の意味である「任侠」をテーマにした作品は数多く存在し、ほとんどが勧善懲悪の物語なのが特徴です。
「任侠」は中国における歴史が古く、「情けをかけられれば、命をかけて恩義を返す」と考えた者が、古代中国の春秋時代に存在していたようです。
日本でも同様に、「任侠道」を貫く者や目指す者が登場しました。しかし江戸時代を境に、彼らは社会の最下層でしか生きられなくなってしまうのです。その理由としては、治安が安定して法が行き届くようになり、反乱などが起こらなくなったため、「任侠」の精神が非合法の場でしか活きなくなったことがあげられるでしょう。
そのため現在は、ヤクザやチンピラ、暴力団と同一視されがちな「任侠」ですが、「人情」と同義語の褒め言葉としても使われる場合があります。また「義侠心」や「男気」と同様の意味で使われることもあるのです。ではここからは、「任侠」が描かれたおすすめの小説をご紹介していきましょう。
主人公は、須磨組に所属するダーク荒巻。出所して3年ぶりにシャバの世界に戻ってきましたが、彼を出迎えたのは見慣れない「唐獅子通信社」という看板と、「専務」と呼ばれるアニキの姿でした。
須磨組の組長は新しいもの好きで有名。社内報「唐獅子通信」を発刊してヤクザの争いを批判したり、組長自らがモデルをしてグラビアを飾ったり。また愛娘から「これからはビデオの時代」と言われれば、「唐獅子ビデオ製作会社」を作ってしまう始末。現場はハチャメチャですが、当の本人は「失敗は成功のもと」だと常に前向きです。
ダーク荒巻はなかばヤケになって組長の指示に従いますが、その最中に対立している島田組が登場。とんでもない大騒動が巻き起こってしまいます。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 1981-03-27
1977年に発表された小林信彦の作品です。須磨組を舞台に、ヤクザの世界を面白おかしく表現。ミーハーで自由な性格の組長のもと、どれだけ振り回されても最後までやり遂げる組員たちの姿に、思わず愛着が沸いてしまいます。
殺伐とした雰囲気はなく、巧妙にくり出されるコミカルな内容に、笑いながらもどんどんページをめくってしまうはずです。
昔ながらの「任侠」は古いとし、「シティ・ヤクザ」を目指す彼ら。しかしその過程でやっぱり任侠心が出てしまうのが性なのでしょう。
稲垣は「当たり屋」を、友永は金属片を回収する「ダライコ屋」を生業とする30代の男性です。彼らは生活するうえでの金が必要でした。
ある日稲垣は、友永と拳法の達人であるケンとともに、とんでもない賭けにでます。それは「ヤクザの組長を誘拐し、金を盗る」というもの。ヤクザは絶対に警察に通報しないため、いい鴨だというのです。
稲垣の「1度きり」という約束を信じ、友永とケンは協力をして、1千万円を奪うことに成功しました。ところが稼いだ金も半分になった頃、友永のもとに再び稲垣から連絡がくるのです……。
- 著者
- 黒川 博行
- 出版日
- 2005-05-01
1995年に発表された黒川博行の作品です。「当たり屋」の稲垣と「ダライコ屋」の友永といった、世間からは外れている2人が主役。さらに拳法の達人であるケンを加え、ヤクザの組長を誘拐して身代金を強奪するとんでもない賭けにでます。
見どころは稲垣とヤクザによる、ユーモアたっぷりの騙しあい。舞台となる大阪ならではのユニークさや、どこか脇の甘い展開に、真剣勝負でありながらも思わず笑ってしまうかもしれません。ヤクザの連中も、メンツを潰されまいと必死です。
稲垣と友永はともにめぐまれない子ども時代を過ごし、2人は強い絆で結ばれています。まさに「任侠」を体現した、お互いを信頼して命を懸ける姿には胸が熱くなるでしょう。
主人公は、大学4年生の滝川亮。卒業後の進路は決まっておらず、目標のない日々を過ごしていました。そんなある日、憂さ晴らしと称して、町のクラブが裏で売買していた大麻を盗んでしまうのです。
逃走中に偶然出会った速水という男に助けられ、彼が「速水総業」というヤクザの組長だと知った亮は、そこでアルバイトをすることにしました。
ある日、亮が大麻を盗んだクラブで殺人事件が起こります。犯人は速水総業の組員。事務所へやってきた若い刑事と速水の問答を聞きながら、亮は善悪について考えをめぐらせます。
- 著者
- 福澤 徹三
- 出版日
- 2009-07-25
2008年に発表された福澤徹三の作品です。将来に夢も希望ももっていない大学生の亮が、軽い気持ちで大麻を盗んだことをきかっけに、「任侠」の世界へと身を投じる物語です。
速水総業は昔ながらのヤクザで、「任侠」そのもの。義理堅く、人情を重んじる姿には好感が持てるでしょう。
タイトルの『すじぼり』とは、色を入れる前、線だけの状態の刺青のこと。作中では、速水の舎弟のひとりで亮と親しかった松原という青年が、組同士の抗争の最中に命を落とします。亮は松原の死に対し、自分にも責任があることを感じて、刺青を入れることを思い立つのでした。
「任侠」の世界にいながら、善と悪について思い悩む亮の心境の変化はみずみずしく、青春小説としても読むことができるでしょう。
昨今では珍しく、義理と人情に溢れた「任侠」を貫く阿岐本組。そこで2番目に権力をもつ日村誠司は心配性で、それゆえに苦労が絶えません。
日々組長の気まぐれに振り回されるなか、今回の阿岐本組は、倒産寸前の出版社経営を引き受けることに。呆れながらも日村が問題の梅之木書房に赴くと、癖の強い編集者たちに出迎えられて……。
- 著者
- 今野 敏
- 出版日
- 2015-09-01
2007年に発表された今野敏の作品で、「任侠」シリーズの1作目です。義理堅く、人情味あふれた「任侠」阿岐本組を中心に、ヤクザが畑違いの仕事に奮闘していきます。
「組長の言うことは絶対」であり、振り回される日村はさながら中間管理職のよう。ユニークな世界観ながらも、「最後まで筋を通す」などの「任侠」はしっかりと描かれているのが特徴でしょう。またヤクザならではの人脈の使い方や世渡り方法も発揮され、思わず感心してしまいます。
コミカルでテンポのよい文章と、「任侠」作品でありながら誰も死なない内容で、初心者の方にもおすすめの一冊です。