大学時代の友人が5月1日に令和婚をした。 LINEで送られてきた写真では、彼女とその夫となったひとが二人で婚姻届を広げてはにかんでいた。自分のことではないのに嬉しい、いや、自分のことではないから嬉しいのだろうか。結婚することもしないことも、すっかり身近な話になってきた。
季節毎に居酒屋で開かれる女子会に、Nが残業で遅刻してくるとき「やー、申し訳ない!」と小さな手をぺちんと合わせ、ハムスターみたいに縮こまって入ってくるのはいつもなんだか可愛らしい。
しかしその日は私が大遅刻をした。女子会のメンバーのひとりで、正論を愛し、正論に愛されるKから「いつも暇そうなくせに何の予定があるんだ!」と責められたが、その日はたまたま朝から4つも予定が入っていた。けれど私はその前の予定に付き合ってもらい、一緒に合流したMのこともすでに1時間待たせていた。ビールを飲む前から口の中が苦い。
私は平謝りしながら、下からジョッキを当てて乾杯をした。
ひと段落したとき、Nはちょっと背筋を伸ばし「私、みんなに話があります」と切り出した。
「私、結婚します」の言葉よりも早く「おっ、もしかして結婚すんの!?」と被せてしまった。そういえばNの左手薬指には本物の宝石がついた、今日はじめて見る指輪がきらきらと輝いている。大人の指輪ってこんなにきれいなのか、と思った。
Nは、早回しのようにによく喋り、ねずみ花火のようによく笑い、馬のようによく働く。
「めでたいね!」「意外性ないね!」「めでたいね!」などと言いながら、その日はビールを何杯呑んだかわからない。彼女が左手を顔のそばに近づけて笑う、いかにも結婚報告らしいポーズの写真は全部が全部ブレていて、指輪は銀色の明るい光になっていた。
これまでだって仕事で出会った友人や同い年の子からの結婚の知らせを受けたり、友人や親戚の結婚式に出席したことはあったけれども、大学の同級生から受ける結婚報告というのはなんだか特別に嬉しい。
そして私もこんな話題が身近になるようになったのだな、という謎の感慨深さがある。
Nは5年目の交際記念日に、旅行先の沖縄の海で日付が変わると同時に手紙を贈られたのだそうだ。すかさず「どんな手紙?」「プロポーズの言葉は?」と聞いたけれど、結局教えてくれなかった。
真冬の真っ暗な海を前にして、日付変更とともに読まれた手紙にはなにが書いてあったのだろう。手紙を読んで、情に厚いNはぽろりと泣いたかもしれないし、いつもよりもっと明るく笑ったのかもしれない。
いずれにせよ、花嫁になった彼女はロマンチストに愛されているんだなと思うと、なんだかすこしおかしく、とても嬉しい。
半径5メートルくらいを見回してみれば、付き合った人はいるけれど誰とも結婚していない私がおり、友達は入籍したり、結婚に興味がなかったり、出産を控えていたり、恋人と喧嘩したりとそれぞれだ。横や縦に並べて比べることではないなあと思う。
さまざまなひとがいて、さまざまなことがある。
そもそも結婚ってどこに生まれるものなんだろう、婚姻届の中か、親戚の集まる食卓の上か、だれかと誰かの胸の中なのか、それもそれぞればらばらとありそうだ。考えてみてもよくわからない。一度でも結婚したらわかるのだろうか。
連休中に私の魔窟を片付けた。
本やら展覧会のチラシやら昔の台本やらいろんな紙束が地層を作り、ひっちゃかめっちゃかになった奥から、縦型の白い封筒をぱんぱんに膨らませた、果たし状みたいな古いラブレターが出てきた。その手紙は、札束ならひと月余裕をもって暮らせそうなくらいの厚さだった。
それを書いてくれた人はその時、私と結婚をしたがっていたはずだし、ずっとそばにいたいと言っていたような気もする。二通目にもらった手紙はたしかその半分くらいの厚さになっていて、三通目は書かれなかった。
私はいつか誰かに手紙を書いたり、もらったりするんだろうか。
- 著者
- トミヤマ ユキコ
- 出版日
- 2019-03-23
みんなの結婚、みんなどこか不自由だ。
ある夫婦は古典的とも言えるような夫婦愛を手に入れ、またある夫婦は一歩先行く夫婦像を模索する。で、バンドマンと結婚した大学教員兼ライターのわたしは、そもそも「夫婦として」という構え自体がめんどくさい。
夫婦ってなんだ?なんなんだ?わからないから、調べて、学んで、書いていく。
(本文より)
『夫婦ってなんだ?』は、フィクション・現実のさまざまな夫婦を観察・考察しながら、タイトルの問いへ闊達かつ注意深く迫る一冊。この本で描かれる夫婦像の多様さと同じだけ不自由も自由もあることを、冒頭の一文で思い出す。
いまのところ私は早く結婚するぞとも、一生しないぞとも言い切れずだし、結婚制度の周辺にあるさまざまな問題も気になるけれど、正直なところ結婚についてものを言うには、なんというか自信がない。自信があれば何を言っても良いのではないし、自信がなくとも言ったほうがいいことはたくさんあるけれど、わからないことが多すぎるからだ。
ただ、自信がなくとも面白い本なら読める。何もわからないから考えもつかない状態から、ほんの少しだけ、考えを持ってみようというところへ進める。
そこで痛感したのは、ふたりの前に「ひとりの人として自立すること」の重要さだ。
私にとって「ひとり」の大人として自立するのは、いまだになかなか大きな課題だけれど、わからないことも出来るだけすっ飛ばさずにやっていきたい。
撮影:石山蓮華電線読書
趣味は電線、配線の写真を撮ること。そんな女優・石山蓮華が、徒然と考えることを綴るコラムです。石山蓮華は、日本テレビ「ZIP!」にレポーターとして出演中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」「転校生」、ラジオ「能町みね子のTOO MUCH LOVER」テレビ「ナカイの窓」など。