世界恐慌をきっかけに「持てる国」がおこなった「ブロック経済」。第二次世界大戦の原因になったといわれています。この記事では、各国がとった政策の仕組みと、日本がおこなった円ブロックや大東亜共栄圏についてわかりやすく解説。あわせて、経済への理解が深まるおすすめの関連本も紹介するので、チェックしてみてください。
1930年代に実施されていた「ブロック経済」。イギリスやフランス、アメリカなど、自国と同じ通貨を用いる植民地を「持つ国」が、植民地と関税同盟を結び、その他の国へ需要が漏れ出さないようにした経済体制のことです。第三国には高い関税や協定などの障壁を張り、貿易への参入を妨害していました。
自由貿易のもとでは、自国の内需が増えれば輸入も拡大するのが一般的。しかしブロック経済を用いて貿易の障壁を高くすると、国内需要の流出と、外国産の品物の流入を阻止することが可能になります。経済活動がブロックの中で完結できるよう、資源、工業力、市場が十分にあることが条件です。
自国の経済を守る方法としては、ほかに「通貨の切り下げ」があります。これは自国通貨の価値を下げることで、国内産業の保護や輸出競争力の強化を図ろうとする政策です。
いずれも貿易相手国の負担を増加させることで、自国の経済の保護を図る政策で、「近隣窮乏化政策」ともいいます。
ブロック経済が用いられる背景となったのが、1929年にアメリカで発生した「世界恐慌」です。
第一次世界大戦後、主な戦場として荒れてしまったヨーロッパに代わり、アメリカが世界経済の中心となりました。「黄金の20年代」と呼ばれる未曽有の好景気が続きます。しかし生産力が過剰となり大量の売れ残りが出るように。すると企業の株を手放す人が増え、「暗黒の木曜日」と呼ばれる10月24日に、ニューヨーク証券取引所で株価の大暴落が起こりました。
当時のアメリカは世界経済へ大きな影響をもっていたため、各国が不景気に見舞われることになるのです。
混乱に陥った各国がとった対策が、「通貨の切り下げ」と「ブロック経済」です。通貨の切り下げは、国内産業を保護しつつ輸出競争力を高める狙いがありましたが、各国が揃って通貨を切り下げた結果、為替が乱高下して、かえって貿易が停滞してしまいました。
1930年代に入ると、ブロックを構築するのに十分な植民地や通貨圏を有していた「持てる国」のイギリス、フランス、アメリカがブロック経済を展開します。
その一方で、ドイツやイタリア、日本など植民地を有していない「持たざる国」は、十分な規模のブロック経済を構築することができませんでした。
自国のみを優先する政策を続ける「持てる国」の姿勢に、「持たざる国」の間では不満が高まっていきます。第二次世界大戦を引き起こす枢軸国が「持たざる国」であることは、偶然ではありません。
「持てる国」のイギリス、フランス、アメリカが展開したブロック経済をそれぞれ紹介していきます。
イギリスがおこなったのが、「スターリング=ブロック」です。スターリングとは、イギリスの貨幣であるポンドのこと。1932年に開かれた連邦経済会議にて、大英帝国内部で相互に輸出入関税率を優遇する制度が導入されました。
参加したのは、イギリス本国、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、アイルランド、英領インド、香港、アデンなど、大英帝国とその植民地。しかしイギリス連邦のカナダが参加しないなど、覇権国としての地位がすでに揺らいでいることを感じさせるものでもありました。
フランスがおこなったのが、「フラン=ブロック」です。金本位制の維持を目的としていたため、「金ブロック」とも呼ばれます。オランダ、ベルギー、スイスが参加しましたが、他のブロックと比べて工業力に劣っていたため、十分ではありませんでした。やがて金本位制を維持することが難しくなり、1936年に解体されています。
アメリカがおこなったのが、「ドル=ブロック」です。南北アメリカ大陸をひとつの通貨圏としたもので、イギリス連邦に属しているカナダとも密接な関係を結びました。
アメリカ、イギリス、フランスと比べると小規模だったものの、「持たざる国」だったドイツや日本もブロック経済を構築しました。
ドイツがおこなったのは、「マルク=ブロック」。参加したのは、ドイツとオーストリアです。日本がおこなったのは「円=ブロック」で、参加したのは台湾、朝鮮、満州など。
各国がブロック経済を構築した結果、世界の貿易は大幅に減少しました。1929年から1933年の間で減少幅は7割に達し、数千万人もの失業者が出たそうです。
このような社会不安を背景に、マルク=ブロックと円=ブロックは、スターリング=ブロックとドル=ブロックと対立を深めていきます。生存に必要な資源や市場を巡り、やがて第二次世界大戦に突入するのです。
第二次世界大戦中、日本の近衛内閣は、日本を中心とする東アジアのブロック化を構想。「大東亜共栄圏」と標語を掲げます。日本、満州、中華民国をひとつの経済共同体とし、東南アジアを資源の供給地域、南太平洋を国防圏として位置付け。東はニュージーランド、西はインドまで含む広範囲のものでした。
第二次世界大戦が終わると、大東亜共栄圏は戦争に向けてのプロパガンダに過ぎなかったという認識が広がりましたが、その一方で東南アジアでは、日本が欧米の支配からアジアを解放したとする意見もあり、この構想にする評価は定まっていません。
- 著者
- 武田 知弘
- 出版日
- 2015-08-07
第二次世界大戦が引き起こされた原因を、経済の視点から読み解く一冊。責任はヒトラーにあるという考えに一石を投じています。
世界恐慌で各国が混乱するなか、イギリス、フランス、アメリカなど「持てる国」は、国際協調ではなくブロック経済を展開し、第三国を切り捨てて自国を守ることに努めました。その一方で「持たざる国」であるドイツや日本が生き残るためには、既存の世界秩序に戦いを挑むほかに選択肢が無かったのです。
経済的な対立の先に悲劇があることを知ることは、今後の世界経済の未来を考えるうえでも重要でしょう。
- 著者
- 蔭山 克秀
- 出版日
- 2014-10-18
予備校の講師が社会人のための「学び直し講座」として経済についてまとめた作品。経済は歴史を見ると理解が深まるとし、本書では8世紀の封建制から21世紀のアベノミクスまでを取り扱っています。
1300年以上の歴史を振り返ってみると、驚くほど似たような場面や状況があることに気付くでしょう。たとえば世界恐慌からブロック経済に代表される保護貿易政策がおこなわれ、第二次世界大戦へと繋がった流れ。リーマンショックから保護貿易主義が台頭し、アメリカと中国の貿易競争に繋がる流れと酷似しています。
まるで語りかけるようなわかりやすい文章が魅力的。経済の概要を学びたい初心者におすすめの一冊です。