漫画『ヤヌスの鏡』を「メタモルフォセス」まで考察!34年ぶりドラマ化!

更新:2019.7.10 作成:2019.7.10

もし、もう1人の自分がいたら。もうひとつの心があったら。そんな問いかけから始まる漫画『ヤヌスの鏡』は、多重人格症を題材としたサスペンス漫画です。1985年にドラマ化された本作ですが、2019年に34年ぶりの再ドラマ化が発表されました。美しくどこか危うい人気作を、考察を交えてご紹介いたします。ネタバレも含まれますので、ご注意ください。

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漫画『ヤヌスの鏡』は名作!34年ぶりにドラマ化決定!タイトルの意味とは?【あらすじ】

宮脇明子の漫画作品『ヤヌスの鏡』は、1981年から1982年にかけて、集英社「週刊セブンティーン」にて連載されました。その後、本編に連なる短編を2作発表し、続編として『ヤヌスの鏡 メタモルフォス』が発売されています。

主人公の小沢裕美(ヒロミ)は、気弱で心優しく真面目な女子高校生。幼い頃は、鏡の中に自分とそっくりな顔の、性格は正反対なユミという友達がいました。成長とともに、鏡の中のユミは姿を見せなくなりましたが、幼い頃の夢を見たことがきっかけで「ユミが今も存在していたら」と想像を巡らせます。

そんな時、友達とクラスメイトに、髪をほどかれ赤いリップを塗られてしまいます。普段の清楚で真面目な印象からは一変、鏡の中には妖艶さすら漂う自分とは思えない美少女が映し出されていました。普段とは違う姿に、裕美は恐怖を感じてしまいます。

著者
宮脇 明子
出版日
1999-10-15

ある日、仄かな憧れを抱いていた進東から遠回しに交際を申し込まれました。異性交遊は不潔なものだと祖母から教え込まれてきた裕美は動揺してしまいます。そして、泣きながら鏡を覗き込んだ裕美の眼には、結んだ髪を下ろして挑発的な笑みを見せるユミの姿が。それ以降、裕美の周辺では奇妙なことが起こり始めるのでした。

裕美という少女と鏡の中で出会う奔放な少女、ユミ。2人の関係は、タイトルにもなっている古代ローマの神「ヤヌス」の姿を想像させます。ヤヌスは出入り口と扉の守護神。頭頂部の前後に顔があるという、いわば双面神です。常に1つに合わせた姿で表現されているヤヌスは、裕美とユミの姿と重なります。

1985年12月から1986年4月にかけてテレビドラマが放送。特徴的なセリフやナレーションが話題となり、人気を博しました。そんな本作が、2019年8月に再びドラマ化されます。裕美とユミを演じるのは、桜井日奈子。「フジテレビオンデマンド」での配信が予定されています。
 

作者・宮脇明子とは

宮脇明子は1958年11月26日生まれ、広島県三原市の出身です。1976年月刊誌「なかよし」でデビュー。1981年より週刊「セブンティーン」で連載が開始された本作がドラマ化され、大きな注目を集めました。

メディアミックスされた作品も多く、オールドミスの養護教諭が探偵役を務めるミステリー『名探偵保健室のオバさん』が1997年にドラマ化。拉致監禁をテーマに、加害者と被害者の心理を描き出す意欲作『運命の恋人』も1997年にスペシャルドラマが放送されました。

著者
宮脇 明子
出版日
2003-02-18

作者は非常に画力が高く、現在の漫画と比べても見劣りしません。さらに作者の大きな特徴は、人間の暗部を包み隠さず描写しているという点。美しい人は限りなく美しく描かれますが、中身も全て美しいとは限りません。外見が美しいからこそ、心の闇の部分はより際立ち、読者に強い印象を残します。 

また、少女向けの雑誌に連載された作品としては異例なほど、甘い展開がありません。サスペンスやホラー作品でも、恋愛模様など、心の休まるシーンが多少含まれているものですが、宮脇作品は辛口です。

キャラクターたちは恋愛感情を持ちつつも、人間関係という部分に重きを置いているため恋愛展開少なめなところが、異色であり魅力でもあります。

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!登場人物がインパクト大!

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!登場人物がインパクト大!
出典:『ヤヌスの鏡』1巻

本作の主人公、小沢裕美(ヒロミ)は内気で真面目な少女です。穏やかな気質の母親と、真面目そうな父親、そして厳格な祖母の下で育ちました。ふわふわとした印象がある少女ですが、祖母の教育の影響により、極度の潔癖症の上、自分の気持ちを抑え込む傾向にあります。

裕美が鏡の中の友達として認識していたユミは、裕美とは対照的な少女。自由奔放で物おじせず、子どもっぽい裕美に対し、大人っぽく妖艶でミステリアスな魅力があります。裕美が大人しいせいか、誰に対しても攻撃的で執念深いというのも彼女の大きな特徴でしょう。

性格は正反対ながらも、同一の存在である彼女たち。裕美とユミの関係性は複雑ではあるものの、ひっくり返したように正反対である、というところに必然性があり、引きつけられます。

二人に大きな影響を与えているのが、祖母のタカ。母方の祖母で、裕美の実母が男性と関係を持った末に自殺したという過去から、裕美を厳しく育てています。作中では裕美に対して理不尽なまでの仕打ちをし、苛烈な性格が窺えます。

裕美、ユミ、そして祖母のタカが物語を構成する主軸となりますが、裕美の学校での人間関係や、ユミが関わる不良少年少女たちも物語に大きく影響します。

なかでも、裕美を気に掛ける先輩・進東健一や、不良少年たちとかかわりを深めるユミに憧れている家出少年・堤達郎など、同年代の男性陣の未成熟な部分や、純粋さ、無鉄砲さにも注目です。

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!主人公が多重人格という設定がドラマチック!

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!主人公が多重人格という設定がドラマチック!
出典:『ヤヌスの鏡』1巻

ユミとは、裕美が極度のストレスから無意識に生み出したもうひとつの人格。以前は多重人格症と呼ばれていましたが、現在は解離性同一性障害と呼ばれている症状です。

母親を失い、祖母から厳しくしつけられた裕美は、自分の心を守るためにユミという存在を生み出してしまったのでした。

裕美は成長してからも、祖母の支配下ともいえる生活を送っています。しかし、ふとユミを思い出し、彼女ならば違う行動をとるだろう、と想像を巡らせるところをみると、自由へのあこがれや祖母への反発心があるということが分かります。

裕美が受けたストレスをそのまま具現化したように、周囲に攻撃的なユミ。同じ人間の中にあるふたつの人格が、ドラマを生み出していきます。
 

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!悪いのは祖母だけなのか?隠された過去の物語を読む

作中でもことあるごとに裕美を折檻し、心理的にも肉体的にも追い詰めていく祖母のタカ。裕美の母親が自殺した原因の一つは、高圧的なタカの存在もあったからなのではと言われています。まさに支配者といえる女性で、読者も好印象を抱かないような人物です。

そんな彼女の意外な過去と、裕美につらく当たる理由が描かれた物語があります。その短編は文庫本『ヤヌスの鏡』3巻に収録されています。

著者
宮脇 明子
出版日
1999-10-15

短編『ヤヌスの鏡-原説-』は、裕美たちが生まれるずっと前、タカがまだ若かったころの物語。

華族出身で気位の高い母親に育てられたタカは、あふれる美貌と高い位を持った貿易会社社長の娘でした。ある日、家に異母妹を引き取ることになります。目の前に現れたのは、タカとそっくりな容姿を持った気弱な少女、水鏡(みか)でした。

タカと水鏡、そしてタカの婚約者の物語が語られるのですが、水鏡との関係が、その後のタカに大きな傷を残したと言っても過言ではないでしょう。恵まれているのに、何もかもが思い通りにならなかったタカ。裕美への仕打ちを見ているからこそ、複雑な心境になります。

そして、『ヤヌスの鏡-秘伝-』は、裕美とユミに関わる秘められた事件が明るみになるという物語。裕美のはとこが登場し、裕美に起こった悲劇と自身の罪を告白していきます。タカの躾は苛烈ですが、最初からそうだったのだろうか。その謎が明かされる物語。本作は、2つの短編を読むことで、裕美をとりまく環境への理解が深まるのです。

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察! 秀逸な心理描写と美麗な画面に引き込まれる

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察! 秀逸な心理描写と美麗な画面に引き込まれる
出典:『ヤヌスの鏡』1巻

宮脇明子の高い画力は評価が高く、華やかな画面と人物の美しさに定評があります。描きこみは細かいですが無駄な線はなく、少女漫画特有のきらきらとした雰囲気はあるものの、過度ではありません。サスペンス調の物語に合った落ち着きと、華が感じられます。

また、コマ割りや表現方法がとても秀逸で、物語に引き込んでいく力があります。印象的な場面や小道具を挟むことで、その人物の心理を読者に想像させることができます。しかし、ユミに関してはモノローグがあまり多くはなく、彼女の本心がどこにあるのか、言葉にしていることは本当なのか、読者に疑念を抱かせる作りになっているところも大きなポイントです。
 

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!名言多数!

本作に登場する、印象深い名言をご紹介します。

「おばあちゃんが憎い」
(『ヤヌスの鏡』2巻より引用)

実の父に不幸があり、亡くなったことを知らされた後の裕美の言葉。娘を捨て、裕美を捨てた男を、タカは天罰が下ったと笑いましたが、裕美にとっては実の父親。普段感情を押し殺している裕美が、タカに対して激しい感情を始めて見せたシーン。祖母の支配下から脱出しようという裕美の成長がうかがえます。 

「ヒロミがたっぷりと泣いてくれるはずだから」
(『ヤヌスの鏡』2巻より引用)

実の父を手にかけた後のユミの言葉。すべてにおいて攻撃的で、実の父へも復讐をはたした形になったものの、ユミにも裕美同様、血を分けた父親であるという気持ちがあったのでしょう。ユミの複雑な心境が現れている名言です。

著者
宮脇 明子
出版日
1999-10-15

「いたわってあげなきゃならないただのお年寄りだったなんて……オバアちゃんが……」
(『ヤヌスの鏡』3巻より引用)

タカが倒れ、入院しているときの裕美の心境が語られた言葉。タカは裕美にとって絶対的な存在でした。しかし、倒れたことで祖母が想像以上に年齢を重ねていたことに気が付きます。裕美の中のタカへの恐怖が薄れていくことを象徴している名言です。

「ひとは自分の眼というフィルターを通した虚像しか見ることはできないのだから」
(『ヤヌスの鏡』3巻より引用)

告白をされた後のユミの心情が綴られたモノローグより。皆と表現はするものの、人はだれかと同じものを見て考えることは不可能に近く、それぞれが自身の眼を通した世界を見ています。その人自身を見ているのか。ユミの憂い顔に、自身にもそんな問いかけを投げかけます。

「本当ってのはね。本当って言葉と、本当って思ってる心があるだけよ」
(『ヤヌスの鏡』1巻より引用)

真実は一つとはいうものの、それが本当かどうかは誰にもわからない。ユミがとある事故に関わったのかと問われ、口にしたセリフです。開き直りともとれますが、存在自体が不確かなユミが口にすることで、説得力が増します。事実さえ捻じ曲げる力を持つ、本当という言葉の持つ力をあらためて感じることでしょう。

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!結末が複雑!考えさせられる最後

漫画『ヤヌスの鏡』の魅力を考察!結末が複雑!考えさせられる最後
出典:『ヤヌスの鏡』1巻

作中で裕美は、自分以外の誰かによって、自分の知らないどこかで何か良くないことが起こっているという自覚はあるものの、それが自分の中のユミによるものだとは理解していませんでした。しかし裕美はユミを認識。ユミは裕美にタカを殺してしまおうと持ち掛けます。

裕美はタカが倒れたとをきっかけに、その心理的な抑圧から抜け出すきっかけを得ていました。恐ろしい事件を起こし、罪を重ねようとするユミを、裕美はどうにかしようと考えます。そんな裕美の考えを知り、ユミも激しく抵抗するのでした。

裕美とユミは互いと戦いながら、母親が身投げをした海にやってきます。自身を消そうとした裕美ですが、進東の存在と偶然が重なり、その命は助かりました。病院で眠り続ける裕美は、果たしておどおどしていた裕美なのか、それともユミなのか。

目が覚めた時、どちらの人格が残っていたのかは明確に記されてはいません。統合されたのかもしれないし、新たな第3の人格が出現した可能性もあるでしょう。本当の自分は誰なのか。あの日ユミが語ったように、「本当」とは本当という言葉と心があるだけなのだと思わされる最後です。
 

続編『ヤヌスの鏡 メタモルフォセス』も面白い!あらすじと魅力を考察!

短編とは別に、本編の正式な続編となるのが『ヤヌスの鏡 メタモルフォセス』です。主人公は海辺の病院に勤務する天涯孤独の女性、ヒロミ。彼女には17歳以前の記憶がありません。ある日、看護師たちが噂する、多重人格症の容疑者が起こした殺人事件を耳にしたとき、妙にその言葉に引っかかりを覚えます。 

多重人格という言葉を検索したところ、そこに「ヒロミ」と「ユミ」という名前の、多重人格症の少女の話を目にします。その少女の話が心に引っかかっていたあるとき、幼い少女を怒鳴りつける高齢女性の姿を見たヒロミは、杖で殴られそうになった少女をかばい、倒れてしまいます。その出来事があった後から、ヒロミの周囲では不可解な事件が頻発するようになるのでした。
 

著者
宮脇 明子
出版日
2009-07-17

意味深な最期を迎えた本編ののち、成長した「ヒロミ」が主人公の物語。作者なりの回答編ともいえるでしょう。不可解な事件が起こっていることから、やはり裕美もユミも存在しているのではないか、と想像が膨らみます。今回もサスペンス展開ですが、ヒロミは果たしてどうなるのか、数年の時を経て語られる物語の結末を見届けてください。

主人公の少女たちの心情を思うと、心が痛むほどに苛烈で繊細な物語である本作。連載されている時代が80年代なので、現代とはファッションや考え方が多少異なりますが、違和感なく引き込まれていきます。ドラマでは舞台を現代に移す様子。今を生きる裕美とユミの物語にも注目です。