気まぐれに表れては消える、屋台のバーが舞台の『まどろみバーメイド』。夜が苦手といういつも眠そうな女性が主人のその店は、いつもお客の悩みにヒントになるようなカクテルを出してくれます。 それぞれのお客の人生やバーテンダーの素顔などの人間ドラマを描きます。実際のバーの監修を受けており、お仕事漫画としても評価が高いです。 この記事では、2019年7月には同名の実写ドラマが始まる、本作の魅力をご紹介しましょう。
- 著者
- 早川 パオ
- 出版日
- 2017-07-14
とある街のオフィス街、商店街、あるいは住宅街、時には公園。夕刻から深夜にかけて、さまざまな場所で謎の屋台が出没します。それは世にも珍しい移動式の「屋台バー」。店主はまだ若いバーメイド(女性バーテンダー)の月川雪(つきかわゆき)。
普通のバーでも無数の人生が交差しますが、神出鬼没の屋台バーはすべての出会いが一期一会です。雪はお客さんそれぞれに合わせた最高のカクテルを提供し、夢か幻のような素敵な体験をさせてくれます。
バーに集う人々の悲喜交々にスポットを当てたヒューマンドラマの本作。カクテルの描写が非常に丁寧で、酒に関する幅広い知識から、大人向け漫画として人気となりました。
この記事では、酒好きな方もそうでない方も、思わず飲んでみたくなるカクテルを、おすすめエピソードと交えてご紹介したいと思います。
また、2019年7月には雪役・木竜麻生、伊吹騎帆(いせきほ)役・玄理、陽乃崎日代子(ひのさきひよこ)役・八木アリサが出演する実写ドラマが放送予定です。
中年サラリーマンの剣堂はある日、公園の端で営業する屋台バーを見つけます。客は物珍しげな若い女性ばかりで、酒に一家言のある剣堂にとって屋台バーの第一印象はよくありませんでした。彼はバーメイドの雪を困らせるつもりで、焼酎ベースの変わったカクテルを注文します。
そんな彼に雪が出したのは焼酎カクテルの「村雨」。希少な月下美人を焼酎に漬けて香り付けするこだわり、彼の体調まで見抜いた繊細な気遣いが剣堂の胸を打ち、頑なな心をほぐしてしまいます。
村雨とは急激に降り止む通り雨のことで、名のとおりスカッと抜ける切れ味のよいカクテルです。一般的なレシピでは麦焼酎45ml、ドランブイ10ml、レモンジュース1tsp(ティースプーン1杯)をステア(かき混ぜる)します。
雪はあえてそれをシェイクした上に、通常のロックグラスではなくカクテルグラスで出しました。これは実は、気温や剣堂の体調まで考慮し、最高の「村雨」を楽しんでもらうための工夫でした。雪の気配りとテクニックが光るエピソードと言えます。
母を亡くし、山形から上京してきた木下優。弁当工場に勤めている彼女は、工場でのある事件をきっかけにボロボロになっていました。そんなつらい時、しばらく屋台バーに通っていた優は、母が生前飲んでいた「なみだのウイスキー」を懐かしんで雪に注文します。
雪は耳慣れないそのウィスキーを想像でつくってみたものの、当たらず、優はさみしそうにその場を去ってきました。
その後、雪は優の望みを叶えるため、はるばる山形県最上郡まで飛び「なみだのウイスキー」を探し求めて……。
- 著者
- 早川パオ
- 出版日
- 2017-12-15
水割りであること、「泣き痛や」という謎かけのような母の言葉しかわからない幻のお酒。その正体は1年のうち決まった時期にしか採れないイタヤカエデの樹液を使った、甘いカクテルでした。樹木を傷付けることで得られることから「泣きイタヤ」と呼ばれていたのです。
レシピはシングルモルト宮城峡とイタヤカエデ樹液の1:1。香りを楽しむためにワイングラスに注ぎ入れたら、グラスを回して混ぜるだけ。シンプルながら宮城峡の深みと香り、カエデ樹液の強烈な甘さで泣けるほど美味しい「なみだのウイスキー」の完成です。
雪は自分の足でこの秘密を突き止め、思い出のカクテルで優の心を癒すことに成功します。ウイスキーそのものではなく、割るもののほうに秘密が隠されていたのですね。一人のお客様の一杯のお酒のためにここまで追究する雪の魅力が感じられるエピソードです。
3巻では、雪にとって重要な、別れと出会いのエピソードが掲載されます。ミステリアスだった彼女の過去とは……?
- 著者
- 早川パオ
- 出版日
- 2018-07-13
雪の一家は彼女の母が料理長を務める小さな洋食屋を営んでいました。大好きだった母を亡くし、大切な店も父の決定で閉店することになった雪は失意のどん底にいました。凍える真冬、暖房のない店を片付けていてつい寝入ってしまった雪は、偶然通りがかった騎帆に発見されます。
騎帆はとにかく体を温められるように「ブルショット」を飲ませました。雪はくしくもその日が20歳の誕生日。後に友人となる騎帆とカクテル、この2つの出会いから雪のバーテンダーへの道が始まったのです。
「ブルショット」はウォッカ30mlに、ビーフブイヨン60mlを加えたホットカクテルです。カクテルといえば甘いイメージがありますが、これはスープに近い飲み物。
カクテルに多くの種類とアレンジがあることを知った雪は、これに母との思い出のあるトリュフオイルを加えます。深い香りとコクがプラスされ、一層美味しさが際立ちます。
3巻では他にも、1巻に登場した客である剣堂に依頼され、雪が香港で活躍するエピソードも見所です。一杯のお酒が人の心を動かし、人生を変えていく瞬間に、酔いしれてみてもいいかもしれません。
騎帆の勤めるホテル「エリシオン」の高級バーは、出来たばかりのホテル「アヴァロン」に人気を取られて苦境に喘いでいました。雪もかつてエリシオンで働いていたのですが、客の嗜好で大胆にアレンジすることが問題となり、辞めさせられたのです。
しかしエリシオンはそのように伝統と基本に忠実なあまり、発展性がありませんでした。
- 著者
- 早川パオ
- 出版日
- 2018-12-14
実はアヴァロンの香港出身の人気バーテンダーは、雪の尽力で招致に応じた経緯があります。変化に富む雪が、停滞するエリシオンの危機を招いてしまった、というそれぞれの対比が興味深いです。
ご紹介したいカクテルは作中で騎帆が提供したこちら。テキーラ40ml、カルーア20mlの「ブレイブブル」と、それをベースに容れ物をロックグラスからカクテルグラスに変更し、レモンピールを絞って香りをつけた「ピカドール」。勇敢な雄牛を冠する刺激的で力強いカクテルが、レモンの香りだけでクールで爽やかな印象に変貌します。
騎帆が客の「勇気を出したい」との注文で作るこの2種のカクテルが示唆的です。中身自体は変わっていない、というところがポイント。苦境のエリシオンにもそんな変化が……?
5巻の前後でフィーチャーされるのは、派手な見た目とは裏腹に、これまで雪の友人ポジションに収まってあまり目立たなかった日代子です。普段フレアバーデンダー(パフォーマンスで楽しませるバーテンダー)として生きてきいる彼女ですが、実はブランドショップ「ヒノサキ」の末娘でした。
- 著者
- 早川パオ
- 出版日
- 2019-06-13
日代子はヒノサキの経営危機を救うため、実姉達から神代グループの御曹司と政略結婚を迫られます。フレアバーデンダーを諦めきれない日代子は、杉並区民祭のパフォーマンスで自分の実力と夢を姉に証明し、縁談の破棄に奔走することになります。
日代子が結婚相手にパフォーマンスで見せたのは「スカイダイビング」や「ジンアンドイット」というカクテルですが、今回はそのうち、より意味深な「ジンアンドイット」をご紹介しましょう。
ドライジン30ml、スイートベルモット30ml(本編ではビーフィーターとチンザノロッソ)を合わせるだけという、常温で作れるもっとも簡単な1杯。カクテルが洗練される前の原初のお酒で、カクテルの王「マティーニ」の元になったとも言われています。
華やかなのに荒削りで、磨けば頂点にも立てる……果たして日代子もそんな存在になれるのでしょうか?
いかがでしたか? 感動的なエピソードとともに、奥深いカクテルについて触れられるのが本作の魅力です。気になった方は本書片手にバーを訪ねてみたり、カクテル作りに挑戦してみてもよいかも知れません。