人気お笑いコンビ「オードリー」のツッコミ担当として大人気の若林正恭。近年は作家としても活躍していることをご存知でしょうか。この記事では、自意識をこじらせた彼独特の感性と、人生哲学が存分に現れている本を紹介していきます。
オードリー若林正恭の才能は、お笑いだけに留まりません。2011年以降に歌手、舞台俳優、映画俳優として次々にデビューをし、2013年に初の著書『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を上梓。作家としての道も拓きました。
彼が「読書芸人」と呼ばれるきっかけになったのは、テレビ朝日系列の人気ラエティ番組「アメトーーク!」から。純文学好きを告白し、藤沢周や村田沙耶香、川上未映子らの作品について熱く語りました。
お笑い芸人が純文学好きというのは、ちょっと意外な気もします。輝かしいスポットライトを浴びながら、おしゃべりや芸で観客を笑わせる……そんな仕事を選ぶ人は、明るい性格で目立ちたがりで、人間が好きで、いつも大勢の輪のなかにいるイメージがあるからです。
一方で純文学作品の主人公は、どこか屈折していて、たいてい劣等感など他人に対するネガティブな感情を抱えていて、お笑い芸人のイメージとは結びつきません。
けれど、なかにはいるのです。人見知りが激しく、自意識をこじらせてしまった芸人が……。
若林にとっての執筆活動は、お笑い芸人としての活動だけでは表現しきれない心の内側を吐露する手段として、どうしても必要なものだったのでしょう。
大学を卒業した後、1度も就職をしなかった若林。2000年に春日俊彰とコンビを結成し、20代を長い下積み生活に費やしました。
2008年に「M-1グランプリ」で敗者復活戦から決勝に進出してブレイクした時は、30歳。すっかり世間離れした人間になっていました。自意識が高すぎるあまり、スタバでグランデを注文することもできないし、先輩にお酌をすることもできません。
本作は、未熟な自分をピカピカの「社会人1年生」と位置づけ、2年生、3年生と成長していく様子をユーモアたっぷりに描いた初エッセイ集です。
- 著者
- 若林 正恭
- 出版日
- 2015-12-25
雑誌「ダ・ヴィンチ」で連載されていたコラムがもとになっているので、ひとつの話は数ページで完結。芸人らしくすべての話に必ずオチがついていて、ドキッとさせられる鋭い言葉が随所に散りばめられています。
本作で若林は、「人嫌い」と「人見知り」は別物だといいます。
「本当は人に近づきたい、でも近づいて嫌われたくないという自意識過剰な人が人見知りになる」(『社会人大学人見知り学部 卒業見込』から引用)
時が経つにつれて社会人らしく振る舞うことには慣れていきますが、彼の本質が変わることはありません。社会人大学を卒業する見込みはついても、結局はずっとめんどうくさい部分を抱えながら生きていかなくてはならないのです。
そんな若林にとって憧れの存在は、相方の春日俊彰。ポジティブに振り切り、迷いのない春日の性格は、なるほど対照的でしょう。
雑誌連載当時から、社会に馴染めず生きづらさを感じている多くの人たちの共感を呼び、本作も20万部を超えるヒットとなりました。
オードリーの若林正恭が司会進行を務め、毎回2人の作家をゲストとして招待するトークバラエティ番組「ご本、出しときますね?」が、書籍化されました。
プライベートでも付き合いのある西加奈子や朝井リョウをはじめ、若林がファンだという中村文則、山崎ナオコーラ、藤沢周、角田光代など人気作家ばかりが登場。作家たちが何を考え、どのような活動をしているのかを、さまざまなトークで聞き出していきます。
- 著者
- 出版日
- 2017-04-25
2016年に放送されたトークの内容が、ほとんどそのまま活字にして掲載されています。若林は「自分は中二病」「女子アナは僕レベルの芸人に興味ない」といった自虐ネタで作家たちの心を開き、本音を引き出していくのです。
言葉の魔法使いである作家たちのトークですから、面白くないはずがありません。タイトルの付け方などテクニカルな部分や、日常生活の様子なども押さえつつ、印税や他の作家に対する嫉妬心など、触れにくい話題にもしっかり食いついています。
「安易に弱者の味方をしない(朝井リョウ)」「言霊に気をつける(角田光代)」「嫌いなものの批評はしない(島本理生)」など作家陣のルールや、おすすめの一冊も興味深い内容です。
本作を読むことで、これまで接点のなかった作家やジャンルの作品に、興味を抱くきっかけにもなるでしょう。
灰色で窮屈な国・日本を飛び出して、原色に彩られた開放的な国・キューバへ渡った若林。本作は初めての旅エッセイで、単身海外旅行の緊張と興奮が、写真付きの文章から匂い立つように伝わってきます。
もちろん悩める若林のことですから、ひとりで海外へ飛び出したことにも、旅先にキューバを選んだことにも理由があります。そして異国に到着してからも、思索の旅は続くのです。
- 著者
- 若林 正恭
- 出版日
- 2017-07-14
日本旅行作家協会が主催する「斎藤茂太賞」を受賞。選考委員である作家の椎名誠に「純文学」と言わしめるほど、旅行記に留まらない新鮮さと味わい深さが評価されたました。
キューバへ旅をするきっかけを作ってくれたのは、若林が1年ほど前に雇った家庭教師だそう。そこで「新自由主義」という言葉を知り、自分はその価値観のなかでもがいてきたと気づいた彼は、日本とはまったく異なるシステムで成り立っているキューバへの思いを強くしたのです。
エッセイの前半では、モヒートや葉巻、現地の料理を堪能し、埃っぽい町やカリブ海の風景を楽しみ、陽気で気さくなキューバ人と触れ合います。現地の魅力を全身で感じ、革命やチェ・ゲバラへ思いを馳せ、社会主義の国から日本を見つめ直していました。
しかし後半になると、自分自身への問いかけから別の誰かに話しかけているようなシーンが増えていき、最後の最後で旅の本当の目的が明かされるのです。
キューバ旅行の後、若林はモンゴルやアイスランドなどにも足を運んでいました。異国にひとり、身を置くと、何かを発見できる。そんなことを、彼は本作でも身をもって証明してくれています。
『社会人大学人見知り学部 卒業見込』の刊行からおよそ5年が経ち、40歳を目前に控えた若林。本作は、ようやく生きづらさの本質を悟り、内から外へ目を向けるようになり、人見知りを克服していったエッセイ集です。
斜に構える自分の生き方を「ナナメ」とし、堂々巡りだった生きていても楽しくない地獄の終焉を「夕暮れ」にたとえています。
- 著者
- 若林 正恭
- 出版日
- 2018-08-30
「社会人」シリーズに続いて雑誌「ダ・ヴィンチ」で連載された、「どいてもらっていいですか?」に加筆修正をしたエッセイ集。
周囲の目を気にして生きているから、毎日が楽しくない。理想的な自分であろうとするから苦しくなる。若林は、そんな心境を次のように語っています。
「ぼくはずっと毎日を楽しんで生きている人に憧れていた。ずっと、周りの目を気にしないで自分を貫ける人に憧れていた」(『ナナメの夕暮れ』から引用)
他人を否定的に見るから、自分も他人から否定される恐怖にさいなまれ、他人を上から目線で見るから、自分に実力がともなっていないことが突き刺さる……。やがて彼は、他人を否定することをやめれば問題が解決すると悟ります。ゴルフ好きなおじさんを「クソ」と決めつけるのをやめれば、趣味に打ち込む自分を批判する他人も消えていなくなる、というわけです。
他人を肯定的に見て、自分も興味を引かれた何かに没頭する。そうして若林はとうとう「ナナメ」を抹殺し、自分探しの旅はひとまず完結をしたのです。
作家としての若林正恭は、生きづらさは自分の欠点から目をそらし、他人の欠点をあげつらう己の姿勢から生まれてくると結論づけました。彼の著作は、毎日楽しむことができない、生きづらいと感じているすべての人に読んでほしい、心の指南書です。