「落とし穴の中のしあわせ」を共通点に持つ3冊

「落とし穴の中のしあわせ」を共通点に持つ3冊

更新:2021.12.14

世の中には2人のキャラクターが、活躍する物語があります。 今回は、「どうしようもない絶望的な状況でも、その2人が、その2人にしか分からない、しあわせを感じている物語」に光をあてようと思います。 みんなに祝福されている、「どこからどう見てもしあわせ」というお話もいいのですが、「外から見たら暗い穴だけど、その穴には確かなしあわせがある」というお話が、僕は大好きです。 相対的な幸せではなくて、絶対的な幸せを感じるのです。

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僕たちはいつも、ついつい誰かと比べて、自分の幸福度を測定してしまいます。たとえば「世の中には食べたくても食べられない人がいるの!」という言葉です。ごはんを残す子どもに言われてきた、定型的なセリフです。「相対的に自分たちの環境を考えなさい」という価値観から生まれたものでしょう。

まるで途上国の人たちが、飽食の国で暮らす自分たちよりも、不幸だと決めつけているように聞こえます。

たしかに、僕たちは経済的に発展しているかもしれません。

ですが、いくら飽食でも、いくら潤っていても、この国は1日に100人、この10年間で30万人もの自殺者を出しました。

見方によっては、そこまで幸福だとは思えません。「しあわせ」というものは、誰かと比べて推し量ると、あまりよくないと、僕は思っています。

そんなことをモヤモヤと考えて、読みたくなる物語があります。それが「最悪の環境の中で、ほんの少しの灯りを感じているふたり」です。

今日は「落とし穴のなかのしあわせ、比べようの無い絶対的なしあわせ」という共通点を持つ3冊を紹介します。

溢れ出る哀しさとやりきれなさ

著者
東野 圭吾
出版日
2002-05-17
東野圭吾先生の大長編ミステリーです。僕がこの作品を読んだのは、15歳のときでした。
僕に活字の可能性と、面白さを教えてくれた一冊です。

小学生のときに、殺人という秘密を共有した、2人の男女の人生が描かれていきます。犯罪行為を繰り返しながら、陰から男が女の人生を助け続けるというストーリーです。

“あたしの上には太陽なんかなかった。いつも夜。でも暗くはなかった。太陽に代わるものがあった”

“夜を昼と思って生きてくることができたの”

このセリフが大好きでした。

今回、僕が選んだテーマである「落とし穴の中のしあわせ」が、凝縮されていると思っています。

ちなみにこの本、凄まじいのが、なんと、主人公2人の会話のシーンなどが一切出てきません。連絡を取ったりする様子や、心理描写もまったくありません。それなのに、2人がどんな人間なのかが、読者に少しずつ浮き彫りになっていきます。

最後まで具体的な描写が無いのに、哀しさとやりきれなさを溢れさせ、2人の関係性を読者に想像させる文章力は、まさしく神業ものです。

衝撃的だが「心温まるお話」

著者
乙一
出版日
乙一先生の長編作品です。表紙やタイトルのせいで、ホラーだと思われがちですが、温かくシンプルです。「警察に追われている男が、目の見えない女性の家に黙って隠れ住んでしまう」という設定は衝撃的でした。

社会や他人と、うまくやっていけない内気な2人が、奇妙な同棲を通して、他人と関わっていけるように成長していきます。

少しずつ、自分の家に知らない誰かがいることを認識していく展開を、とても気持ちよく読めます。2人の距離の縮め方は、違和感なく、テンポよく描かれていきます。

食器を割ってしまった後に、気付かれないように、残った破片を片付けてやるシーンや、知らないフリをしながら、そこに誰がいるのかカマをかけていくシーンは、スリリングですがコミカルな、独特の読み味があります。

シチューを二人前作って、2人で無言で食べるシーンがあります。このシーンが持つ感動の種類は、それまで僕が触れたエンタメには無いものでした。

音楽、小説、コミック、映像、演劇、お笑いと、いろいろなエンタメに、僕は影響を受けてきました。オリジナリティとは「特殊なやり方」のことではなく、「特殊な感動を与えられること」なのかもしれません。

僕が音楽クリエイターとして、「変なふたり」や「その人たちにしか分からないしあわせ」に光を当てだしたのは、この作品がキッカケだったように思います。読後感も爽快で、僕にとってターニングポイントになった「心温まるお話」の一つです。

ニートの兄妹。でも幸福

著者
吉田 覚
出版日
2014-05-09
吉田覚先生のコミック作品です。書籍も出ていますが、WEBでも読めます。「ニートの兄妹。でも幸福」という、今までに無かった、新感覚の作品です。

ニートにスポットを当てたストーリーですが、家庭にも人間関係にも悲壮感がありません。その安穏とした空気感は、一貫しています。今回のテーマは「落とし穴の中のしあわせ」ですが、僕たち読者がこの穴の外にいて、穴の中の、彼らを見ているような感覚に陥ります。それだけ、ニートというのは僕たちに「落とし穴」というイメージが強くなってしまっているのかもしれません。

彼らはただただ、幸せそうにすごしています。中途半端に論理的な会話、幼稚な遊びは妙に独創的で、憎めない中毒性があります。

どうしても、ニートを描くフィクションは、社会復帰や家庭問題といったところにフォーカスしがちです。この作品はそこから逸脱したところに、独自性があります。

『働かないふたり』の登場人物たちは、とても魅力的です。それは「相対的に幸福度を測定する」という価値観を持ち合わせていないからでしょう。

だから彼らは誰も蔑まないし、差別もしません。そして、彼らはニートですが、卑屈でも陰鬱でもありません。

作品を通して描かれる幸せは、「外から見たら暗い穴だけど、その穴には確かなしあわせがある」という僕の大好きな色をしています。

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    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

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