ミステリには、さまざまな職業の「探偵役」が登場しますが、刑事もそのうちのひとつ。専門組織ならではの捜査や刑事たちの連携、軋轢(あつれき)などを描く警察小説は、人気の高いジャンルでもあります。そのなかでも「蝶の力学」は、警視庁捜査一課の刑事たちを主人公とした物語です。今回は、ドラマ化もされている人気シリーズの魅力を、ネタバレを含みながら考察していきます。
小説『蝶の力学 警視庁捜査一課十一係』は、麻見和史(あさみかずし)のミステリ小説。警察を舞台にした組織内部の抗争ではなく、事件捜査に焦点を当てた「ミステリ色の強い作品」になっています。
本作はシリーズ7作目として、講談社ノベルスから2015年12月に出版。2017年7月に文庫化された際に、『蝶の力学 警視庁殺人分析班』と改題されています。
刑事だった父の遺志を継ぎ、自身も刑事となった主人公の如月塔子(きさらぎとうこ)。警視庁の刑事部捜査第一課、殺人犯捜査第十一係に所属し、指導役を務める警部補の鷹野秀昭(たかのひであき)とともに、事件を解決していきます。
ある日、資産家の男性・天野が殺害され、妻の真弓が誘拐されるという事件が発生します。遺体は喉に4本の青い花が差し込まれているという猟奇的なもので、異様な空気が漂っていました。
すぐに捜査が開始されましたが、警察を挑発するように「妻の居場所をほのめかす」ようなメールが、マスコミに送られてきます。
- 著者
- 麻見 和史
- 出版日
- 2017-07-14
懸命に捜査する塔子と鷹野でしたが、鷹野が犯人に襲撃されたことにより負傷し、捜査からの離脱を余儀なくされてしまいます。
エース不在のなか、尾留川圭介(びるかわけいすけ)とコンビを組むことになった塔子は捜査を続け、犯人へと迫っていくのでした。
奇妙な姿で発見された資産家の遺体と、誘拐された妻はどうなってしまうのでしょうか。2015年に『石の繭 殺人分析班』がWOWOWでドラマ化されて以降、「殺人分析班」シリーズはスピンオフを含め、3作のドラマが放送されています。
2019年11月17日からは、『蝶の力学 殺人分析班』というタイトルで、新作がWOWOWで放送予定。主人公・塔子役は、これまでのシリーズ同様に木村文乃(きむらふみの)が演じます。
麻見和史(あさみかずし)は、1965年生まれ、千葉県出身です。立教大学文学部の日本文学科を卒業。
2006年、大学の解剖学教室を舞台にしたミステリ『ヴェサリウスの柩』で、東京創元社主催の第16回鮎川哲也賞を受賞し、作家デビューを果たしました。
警察小説を数多く発表しており、「警視庁捜査一課十一係」シリーズや、「警視庁文書調査官」シリーズなどで人気を集めています。
- 著者
- 麻見 和史
- 出版日
- 2012-05-30
医療や工学系の題材を調べて書くことを好んでいることもあり、物語に登場することもしばしば。
警察小説では、内部抗争を描くのではなく、事件捜査に重点が置かれており、謎解きの要素が強いところが特徴です。推理も物的証拠から構築されるものが多く、説得力があります。
また、女性警察官を主人公とした作品が多いところも大きなポイント。彼女たちの成長する姿が、殺伐としがちな物語に花を添えています。
「警視庁捜査一課十一係」シリーズは、その名の通り、警視庁捜査一課を舞台にした物語です。
主人公の如月塔子は、11年前にケガで退職し、病気で亡くなった父の遺志を継いで、刑事となりました。シリーズ1作目の「石の繭」時点で26歳、シリーズ7作目となる本作では、27歳になっています。
- 著者
- 麻見 和史
- 出版日
- 2013-05-15
塔子が所属しているのは、捜査第一課の殺人犯捜査第十一係です。
おもな登場人物は、事件の捜査で数々の実績を上げている捜査能力抜群の鷹野、コンピューターに強いムードメーカーの尾留川。
そのほかにも、穏やかな性格ながら観察眼が鋭いチーム最年長・徳重英次(とくしげえいじ)、経験豊富なチームリーダー・早瀬泰之(はやせやすゆき)、筋肉質で行動力にあふれた主任・門脇仁志(かどわきひとし)などが所属しています。
また本作は、第十一係のチームプレイを楽しむのと同時に、コンビの成長を見守る「バディもの」という側面もあります。
本シリーズは、2018年10月に刊行された「凪の残響」を含めて11作。シリーズを重ねたことにより、塔子や鷹野の過去が掘り下げられており、登場人物の関係性にも深みが増しています。
本作はシリーズ7作目。これまでは鷹野を中心とした推理でしたが、定石ともいえる手が封じられてしまいます。犯人襲撃による負傷で、鷹野はまさかの入院。事件捜査の一線からは、一時的に退くことになってしまったのです。
第十一係のエースであり、塔子の頼れる先輩かつ相棒だった鷹野の不在。塔子は大丈夫だろうかと不安になりますが、心配は不要です。なぜなら、鷹野の穴を埋めるように塔子が奮闘するからです。
また、ムードメーカーの尾留川の活躍にも要注目。今まであまり目立たなかったチームのメンバーにもスポットが当たり、意外な一面を見せてくれます。
……とはいえ、鷹野ファンのみなさんが、彼の活躍の機会がないからと肩を落とすことはありません。
じつは随所でアドバイザーとして登場し、彼のアドバイスがあったからこそ「事件の真相」に迫れたという見せ場もあります。エースとしての存在感は、健在なのです。
謎解きの要素が強いところも、「警視庁捜査一課十一係」シリーズの魅力のひとつ。本作でも、遺体に刺さっていたという「青い花」が、読者をいい意味で翻弄してくれます。
登場するのは、ブルーデージー、ローズマリー、忘れな草、スターチスの4種。花言葉は無関係であると、調査のうえで断定されています。
花が登場すると、花言葉で何らかのメッセージを……と考えがち。しかし登場する花は種類も違うため、植物特有の何かが人体に影響を与える……というのは考えにくい状況です。
一見すると無意味ですが、じつはしっかりと意味がある青い花の存在。読み終わった瞬間に、「そういう意味だったのか!」と驚嘆すること間違いありません。
また、タイトルの「蝶の力学」も、事件を暗示している言葉のひとつです。蝶の力学とは、バタフライ効果のこと。「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきは、テキサスで竜巻を引き起こす」といった文言は、広く知られているでしょう。
これは、わずかな変化が与える「大きな影響」について表現している言葉です。つまり、作中で起きるひとつの出来事が、大きな悲劇を呼び起こすきっかけとなってしまうのです。
1人の資産家の殺人から始まった事件。妻の真弓も殺害され、つぎつぎと怪しいと疑われる人物も殺害されていきます。第十一係の捜査は混迷を極めていきますが、捜査を続けていくうちに、被害者である天野のとんでもない過去が明らかに。
そして、犯人死亡で幕を閉じるかと思われた事件は、作中で語られた「小さな伏線」を回収する形で、真実が明らかにされていきます。
- 著者
- 麻見 和史
- 出版日
- 2017-07-14
事件の謎を解くヒントのひとつは、「なぜ妻が誘拐されたのか」です。車で逃亡する犯人の「不可解な行動」を分析していくと、真実にたどり着けるかもしれません。
意外な犯人と、その真相にたどり着いたとき、複雑にからまった糸がほどけたような爽快感に、思わず唸ってしまうことでしょう。
猟奇的な遺体というところから、奇抜な犯人や動機を想像しがちですが、犯人がわかった後に判明するさまざまな事柄は、いたって即物的(そくぶつてき)で生々しいものばかり。ぜひ本作を手に取って、夢から覚めたような浮遊感を味わってください。
シリーズ7作目ですが、本作単独でも読める作りとなっているため、ドラマをきっかけに手に取る読者にも安心です。2019年10月には、シリーズ最新作となる『天空の鏡 警視庁捜査第十一係』も発売予定。ドラマも新作も、存分に楽しみましょう。