物語では、ともすれば軽く扱われがちな、人の死。本作は「とある人物の死」を、周囲が乗り越えていく様子を描いた作品です。これだけでは「よくある話だな……」と思われるかもしれません。しかし、不安定でふるふるとした心の描写や、登場人物たちの言動がその人物の死に収束していく展開は、秀逸のひと言。今回は、13巻分を使って「死」というものを見事に描いた『潔く柔く』の魅力や名言、結末を考察していきます。 本作は、スマホの漫画アプリでも無料で読むことができるので、気になった方はそちらからもどうぞ!
『潔く柔く』は主要人物である瀬戸カンナと赤沢禄を中心に、それぞれ数話で完結する1ACTという区切りのエピソードでつくられたオムニバス方式の作品です。どのACTもカンナや禄につながっています。
瀬戸カンナは高校1年生のときに、幼なじみの春田一恵(通称ハルタ)を交通事故で亡くしてしまいます。ハルタはカンナことが好きでしたが、その思いを告げることができずにこの世を去りました。
赤澤禄は小学4年生のときに、柿之内希実というクラスメイトの女子から、よく話しかけられていました。彼女いわく、飼い犬が「ロク」といって同じ名前だからほうっておけないのだとか。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2004-11-25
そんななか遠足で田沢湖に行く途中、希実に話しかけられた禄はうっとうしく感じ、彼女を突き飛ばしてしまいます。そして2人で一緒に交通事故に遭い、希実だけが亡くなってしまうのでした。
カンナと禄それぞれ、自身のことを好いていた人を亡くしています。
切ない悲しみを抱えた2人は、今をどう生きるのか。周囲の人物から徐々に彼らの心の形を浮かび上がらせるストーリーです。
ここから先は、本作のキャラの関係性や名言の一部を紹介します!ネタバレを含みますので、苦手な方はご注意ください。
すでに『潔く柔く』が気になった方は、まずはスマホの漫画アプリで読むことをおすすめしています。下のボタンから簡単にインストールできるので、ぜひ利用してみてください。
本作の作者・いくえみ綾は、北海道名寄市出身で、2019年9月時点で札幌市に在住しています。1979年に「マギー」でデビューしました。
2000年に『バラ色の明日』で小学館漫画賞を受賞。2009年に『潔く柔く』で講談社漫画賞少女部門を受賞。そして2013年には『潔く柔く』が実写映画化、2017年に『あなたのことはそれほどでも』がテレビドラマ化している、実力のある作家です。故郷を舞台にした作品が多いのが特徴。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2012-11-08
そんないくえみ綾の魅力は登場する男性キャラにスポットが当てられることが多いです。作品に出てくる男子は、「いくえみ男子」と呼ばれています。
内面を深く描かず何を考えているかわからない、つかんだと思っても離れていってしまう、そんな男子を描いています。
何を考えているか分からなかったり、ミステリアスな雰囲気があったりすると、気になってしまう女性は多いのではないでしょうか。女性は苦労しがちですが、そんな男性が魅力的なのも、また事実。つかめるようでつかめない、ふわりと手をすり抜けていくような男性に特徴のある漫画家です。
いくえみ綾のおすすめ作品を紹介した<いくえみ綾のおすすめ漫画!刺さる言葉がすごい5冊!>の記事もおすすめです。ぜひご覧ください。
ここからは本作の魅力を考察していきましょう。
まずご紹介したいのは、さまざまなキャラの関係性が複雑に絡み合い、展開していく群像劇としての面白さです。
少女漫画の多くは、主要カップルの恋愛がどう成長していくがメインで描かれています。サブキャラの恋愛模様についても描かれることもありますが、物語全体的に見ると少ない割合でしょう。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2005-11-25
しかし本作は、各ACTにて登場するキャラの恋愛や人間模様が細やかさで描かれます。それぞれの気持ちが丁寧に描かれ、物語がそのACT分だけ厚みを増し、リアルな世界観を描いているのです。
たとえばACT5は中学時代ハルタとクラスメイトだった一恵と、ハルタのいとこである清正が物語の中心。高校でクラスメイトとなった2人は、一恵がハルタを主人公にして漫画を描いていることをきっかけに急接近します。
その後、カンナが清正にハルタの写真を見たいと連絡してきたことによって、彼女を入れた3人で遊園地に行くことに。カンナがハルタの思い出話をできるようにするため、清正や一恵が彼女を誘ったのでした。不思議な関係の3人ですが、暖かい空気が流れていて思いやりの心を感じられます。現実でも言葉にならない関係のなかに人の心を感じられる場面があるよな、と思わされる、リアルな展開です。
また、本作は名言が多いことでも有名。
「レンコンのきんぴらより好きだよ」
(『潔く柔く』2巻より引用)
「亜衣が真山に自分のことを好きか?」と聞いたときに、真山がいうセリフです。体の関係まであるのに、レンコンのきんぴらより好きって……と感じますが、なんだかつい笑って許してしまうようなゆるさが感じられる言葉。いくえみ男子の特徴がよく出ています。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2006-06-23
つづいてはこちら。
「俺って この先ずっと 希実さんのこと考えて
生きていかなきゃだめなんですか?」
(『潔く柔く』3巻より引用)
希実の姉の愛実が禄に会いたいと連絡してきます。気が進まないものの彼は会った際に愛実に上記のセリフをいいます。
希実のことを忘れられないゆえに、その重さに耐えかねて出てしまったこの言葉。しかしずっと彼女のことを考えて自分の人生を生きられないことほど辛いことはありません……。人の死との向き合い方を考えさせられます。
最後はこちらです。
「ぜったい死なないでネ キヨ」
(『潔く柔く』4巻より引用)
中学時代にハルタに思いを寄せていた一恵。彼が亡くなってしまったという出来事は彼女にも暗い影を落としていました。
そんななか友人の清正が、付き合っていた彼女とカフェで別れ話をした際に「死ね!」と飲み物をかけられたのを目撃します。こっそり見ていた一恵は、そのあと彼に対して上記のセリフをいいます。ハルタを亡くした過去を考えると、軽いノリで言ったように見えて、重みがあるセリフです。
各ACTの主人公たちの物語は、そのあと違うACTで繋がり、そのつながりがまたストーリーを進めていき……と、時間が経過したから分かることが出てきます。その複雑な絡み合いがあるからこそ、時間が経ってからのキャラの登場が、より物語に深みを与えることになるのです。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2006-11-24
たとえばACT5で登場した清正と一恵が社会人になってから出てきたり、朝美とカンナが社会人になってから再会したりと、高校生時代に登場したキャラが社会人になってどうなっているのかがわかります。そしてその登場によって物語に新たな気づきが生まれるのです。
各ACT進むごとに、どんどん伏線を回収していくので、細かいところまで見つつ、キャラたちの再登場を楽しみに物語を読んでいただきたいです。
最終ACTは、「カンナと禄」編。社会人になり仕事の関連で知り合った2人は、プライベートでもたびたび会うこととなります。
まずカンナは、これまで登場したキャラとの再会などを経て、ハルタのことを好いてはいましたが、彼が抱えていた恋愛感情とは違った思いを持っていたことに気づいていきました。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2010-09-24
一方禄は、自分とは異なる暗いイメージを持ったカンナと交流しながら、実は心の奥底に持っていた同じように暗い気持ちを癒していきます。性格は異なるものの、お互い同じ境遇を抱えていたからでしょう。
最後には、ハルタがカンナに告げられなかった思いが明かされます。なかなか気持ちを告げられずにいた彼が、そのまま亡くなってしまうことになったシーンは、心を締め付けられるシーンです。カンナがそのことで何度も苦しんでいるシーンが、彼目線で描かれます。
切ない展開が続きますが、そんなラストには感動の結末が待っていますので、ぜひ読んでみてください!大事な人を失っても前向きに生きることの大切さを教え、勇気と感動を与えてくれるラストです。