エンターテインメント性の高いミステリ文学に贈られる「横溝正史ミステリ大賞」。2019年からはミステリとホラーという2大ジャンルを融合して「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」と改称されました。この記事では、歴代受賞作のなかから特におすすめの名作をご紹介していきます。
あの金田一耕助を生み出した小説家、横溝正史にちなみ、新しいミステリ作家を発掘しようと設立された「横溝正史ミステリ大賞」。株式会社KADOKAWAが主催している新人文学賞です。
大賞受賞者には正賞として金田一耕助像、副賞として500万円が贈られ、さらに受賞作品は単行本としてKADOKAWAより刊行。受賞作は選考委員の合議によって決定され、雑誌「小説 野性時代」上で発表されます。
これまでは「横溝正史ミステリ大賞」と「日本ホラー小説大賞」という2つの賞がありましたが、2019年より統合して「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」となりました。ミステリ、ホラーというジャンルの区別をすることなく、よりエンターテインメントとして優れた作品を選考することが可能になっています。
開催回数は「横溝正史ミステリ大賞」を引き継ぎ、2019年4月におこなわれた選考会は第39回とされました。
中学校教師として熱心に生徒に関わり、定年後も教育支援をおこなうNPOに参加。教育に情熱を燃やし、分け隔てなく周りの人を大切にした坪井誠造は、生徒だけでなく同僚や近所の人からも慕われる人でした。
本書は、そんな坪井の通夜に訪れた7人の参列者が、それぞれの視点から生前の坪井とのエピソードを語る形式で進んでいきます。
通夜ぶるまいの席で、故人を偲び思わず漏れた言葉がきっかけとなり、パズルのピースのように繋がっていく彼らのエピソード。会話が広がるにつれて「神様」のような人格者に向けられる数々の疑惑。果たして坪井の裏の顔とは……?
- 著者
- 藤崎 翔
- 出版日
- 2016-08-25
2014年に「横溝正史ミステリ大賞」を受賞した藤崎翔の作品です。
多くの人に慕われた姿からは想像もできないような、極悪非道な犯行の容疑が次から次へと坪井にかけられていく残酷な展開が続きます。ただ所々に散りばめられたユーモアのおかげで、暗くなりすぎることなく一気にラストまで読み進めることができるでしょう。元お笑い芸人という異色の経歴をもつ藤崎翔の、読者を楽しませたいというこだわりなのかもしれません。
見どころは、いい人だとされている人の裏の顔を知りたいという怖いものみたさの精神や、人への評価がその場の雰囲気で二転三転する様子。人間の本質をリアルに感じられます。予想できない展開が続いた後、意外な方向からくるラストのどんでん返しにも驚かされるはずです。
元弁護士の八木沼悦史。ホームレスの支援活動をしていた息子の慎一が、同僚の2人を殺害した容疑で逮捕されました。慎一は必死に無実を訴えるものの、状況証拠から死刑判決になります。
それから15年の月日が流れ、死刑の執行が迫ったある日。被害者の妹である菜摘のもとへ、「メロス」と名乗る真犯人から「捕まえてくれ」と連絡が入ります。
息子の無実を信じていた八木沼は、菜摘や弁護士の石和とともに必死に犯人を探すのですが……。
- 著者
- 大門 剛明
- 出版日
- 2011-04-23
2009年に「横溝正史ミステリ大賞」を受賞した大門剛明の作品。冤罪や死刑制度といった重たいテーマに真正面から向き合った社会派ミステリー小説です。
『走れメロス』になぞらえたストーリー展開も秀逸で、ミスリードを誘う伏線が張られ、真相は最後のページまで予想がつきません。ようやく辿り着いた事件の真相に衝撃を受けるとともに、過ぎてしまった時間のあまりの長さに読者のほうが辛くなってしまうでしょう。
被害者の遺族はもちろん、担当弁護士や慎一と交流があったホームレスなど、さまざまな立場の人が冤罪や死刑制度について議論しているのが見どころ。単に賛成か反対かだけでなく、矛盾点や不条理な点も含めて考えてほしいという作者の思いを感じられる一冊です。
元刑事の尾木遼平。ある事件をきっかけに、40代なかばにして仕事も家族も失ってしまいました。売りに出している自分の家に3人のワケありの同居人を住まわせ、奇妙な共同生活を送っています。
ある夜、家出をしたという早希が新たな同居人として転がり込んできました。明るい性格をした彼女はすぐに同居人たちと打ち解け、尾木の家にもなじんでいきましたが、平穏な日々は長くは続きません。早希が、殺人事件の容疑者として捕まってしまうのです。
しだいに、尾木や同居人たちも事件に巻き込まれていき……。
- 著者
- 伊岡 瞬
- 出版日
- 2008-05-24
2005年に「横溝正史ミステリ大賞」を受賞した伊岡瞬の作品です。
早希が抱えるトラブルは、同居人たちの辛い過去を思い出させるもの。彼らを守ろうとボロボロになりながらも悪に挑み続ける尾木の姿に、おもわず胸が熱くなります。作中に登場する、人の悲しみが虹の種となる「虹売り」という絵本のエピソードもまた切なく、印象的です。
「横溝正史ミステリ大賞」を受賞した当時は『約束』というタイトルだった本作。刊行時には『いつか、虹の向こうへ』と改題されたことも、自分の虹について思いを馳せる主人公の尾木の心情がより反映されているのではないでしょうか。
高校生の高村昴は、暴走族のリーダー格として活動していましたが、ある事件をきっかけに仲間からも警察からも追われる身となってしまいました。そんな折、高村の前に突然見知らぬ男が現れ、彼が置かれている問題を解決することを条件に、ある依頼を持ち掛けてきます。
男に言われるがまま連れてこられた病院で、ひとりの少女と出会った高村。彼女は、医学的には脳死判定を受けているものの、月明かりの夜に限って会話をすることができる不思議な少女でした。
- 著者
- 初野 晴
- 出版日
- 2005-08-25
2002年に「横溝正史ミステリ大賞」を受賞した初野晴のデビュー作です。
脳死判定を受けた葉月は、昴に「臓器移植を必要としている人々に、自分の臓器を運んでほしい」と話します。19世紀に出版されたオスカー・ワイルドの『幸福な王子』になぞらえたストーリーで、月明かりの夜だけ言葉を発せられるという一見ファンタジックな様相ですが、身体の一部が少しずつ欠けていく姿は読者の胸を締め付けます。
脳死と判定されても、そこに存在はしている葉月。生きるとは、生きているとはどういうことなのかを考えさせられる一冊です。
ゲームの制作会社で働いている島汐路。ある日、同僚2人がビルから転落するところを目撃し、かつて両親が崖から飛び降りて死んだ事件を思い出します。
そして同じ頃、故郷では女子中学生が同級生を猟銃で射殺するというショッキングな事件が発生。一見無関係に思えるこの2つの事件に奇妙な共通点「ケイジロウ」を見つけた汐路は、故郷に帰り事件について調べてみることにします。すると、自身の両親の心中事件との関係が見つかって……。
- 著者
- 川崎 草志
- 出版日
- 2004-05-25
2001年に「横溝正史ミステリ大賞」を受賞した川崎草志の作品。川崎自身がもともとゲーム制作会社で働いていたこともあり、業界の内情や開発の様子などはリアリティ抜群です。
ストーリーは、つかみどころのないインターネット社会における人間関係と、閉鎖的な田舎の村という対照的な世界に潜む「歪み」に焦点を当てたもの。サスペンスやホラーの要素も入り混じり、まさに「横溝正史ミステリ大賞」にふさわしい作品といってもいいかもしれません。
見過ごしてしまいがちな小さな「歪み」に、人間はどれほど影響を受けてしまうのか。背筋がぞくりとする場面もありますが、読みやすい文章でぐいぐいとページをめくらせてくれる一冊です。
「横溝正史ミステリ大賞」の歴代受賞作から、特におすすめの5作を紹介しました。人間の本質や現代社会への問題提起などさまざまなテーマを扱いながらも、エンターテインメント性を感じさせてくれる作品ばかりです。今後は「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」に注目して、面白い作品を見つけるきっかけにしてみてください。