昭和の名作家、織田作之助の生誕を祝って設立された「織田作之助賞」。歴代受賞作はどれも心に刺さるものばかりです。この記事では、賞の概要や、これまでに受賞した小説のなかから特に読んでおきたい作品をご紹介します。
昭和のはじめに活躍した作家、織田作之助の生誕70年を記念して、1983年に創設された「織田作之助賞」。
大阪出身の織田作之助は、戯曲や評論など幅広いジャンルで執筆活動をし、坂口安吾や太宰治と並ぶ「無頼派」と呼ばれています。
「織田作之助賞」は当初、公募新人賞として機能していたため、2005年の第22回までは未発表の作品が選考対象でした。2006年からはすでに発表されている単行本が選考対象となっています。
また同時に、24歳までの人が応募できる公募新人賞の役割をもつ「織田作之助青春賞」が設立、さらに2014年からは18歳以下の作者が応募できる「織田作之助U-18賞」も設立されました。
ではここからは、歴代受賞作のなかから特におすすめの作品を紹介していきます。
クロスバイクに乗ることが趣味の昌平とゆり子夫婦。退職後は2人でサイクリングがてら外食をしたり、買い物をしたりと、平穏な生活を送っています。
しかし、ある日昌平が交通事故で骨折。偶然出会った青年、一樹に家事の手伝いを頼むことになりました。
当初は一樹の若者らしい振る舞いに好感を抱いていた2人でしたが、ある時ゆり子は、家の中の物がなくなっていることに気付くのです。
- 著者
- 井上 荒野
- 出版日
- 2018-05-18
2018年に「織田作之助賞」を受賞した井上荒野の作品です。井上は2008年に『切羽へ』で「直木賞」を受賞しています。
昌平とゆり子の暮らしには、老いと死を考えさせられる出来事が起こったり、一樹という青年との出会いだったり、子離れだったりとさまざまなイベントが舞い込みます。そのたびに少しずつ、気付かないうちに、歯車がずれていくのです。
2人が自分たちの老いを実感したり、一樹を疑いはじめたりする心理描写が秀逸。また夫婦の前では好青年に見える一樹の、内に秘めた暴力性も不思議と読者を惹きつけます。最終的に彼らの生活はどのような形になるのか、見届けてください。
アメリカで7人の少年を手にかけた連続殺人鬼「袋男(サックマン)」が捕まりました。「わたし」は、少年時代に台湾で過ごした日々を思い出します。
30年前、ユン、アガン、ジェイという3人の少年は、それぞれ家庭に問題を抱えていました。ユンは兄を亡くし、アガンの両親は仲が悪く、ジェイは養父に暴力を振るわれていたのです。3人は喧嘩もよくしていましたが、あることをきっかけに仲を深めていきました。
そして、ジェイが置かれた不憫な境遇に心を痛め、とある計画を立てるのです。
- 著者
- 東山 彰良
- 出版日
- 2017-05-11
2017年に「織田作之助賞」を受賞した東山彰良の作品です。
冒頭で、7人の少年を殺した連続殺人鬼サックマンが逮捕され、「わたし」が「サックマンを知っていた」と語り、30年前の台湾で暮らす3人の少年たちの姿が描かれる構成。サックマンは一体誰なのかが、物語が進むにつれて明らかになっていきます。
東山彰良は台湾出身で、彼だからこそ描ける1980年代の荒々しい活気と、がむしゃらさと、粗暴さと少しのきらめきが魅力的です。たったひとつの事件をきっかけにどんどん歯車が狂っていく姿を見るのは苦しく、サックマンの正体を知るとより切なさがこみあげてきます。
決してハッピーエンドではありませんが、どこか青春小説のような輝きすら感じさせてくれる作品。読者の心に爪痕を残します。
刺繍作家をして生計を立てている佐知と、自由な母の鶴代は、杉並区の古い洋館に2人で住んでいます。そんな彼女たちのもとに、佐知の友人である雪乃と、雪乃の会社の後輩、多恵美が同居をすることになりました。
彼女たちが暮らす家には、さまざまなイベントが舞い込みます。ダメ男に甘い多恵美のストーカーに雪乃が巻き込まれたり、洋館の離れに住む老人が登場したり、しまいには行方知れずの鶴代の夫が出てきたり……。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2018-06-22
2015年に「織田作之助賞」を受賞した三浦しをんの作品です。谷崎潤一郎の『細雪』をオマージュしているとのこと。4人の女性の、自由でゆるい生活を描いています。
離れに住む老人の影はあれど、ほぼ男性不在の家で生きる彼女たち。ダラダラと寝起きをくり返したり、毒舌だったり、人の話を聞いていなかったり……そのありのままの姿にほっこりとさせられるでしょう。
ただそれだけでは終わりません。物語は後半にかけて、ファンタジー要素も加わり、予想もつかない展開に。タイトルと表紙のイラストにも注目して読んでみるといいかもしれません。心地よい読後感を得られる一冊です。
江戸時代、町人文化が栄えていた大阪に、俳諧師や浄瑠璃作家として活躍する井原西鶴という男がいました。異端で型破りでかっこつけな彼には、盲目の娘おあいがいます。
西鶴は自由きままな性格のため、おあいは少し反抗的。亡くなった母親の代わりに料理や家事をしてはいるものの、厄介な父親だという意識が消えません。
しかし、西鶴が浮世草子『好色一代男』を出版すると、おあいの父親に対する思いは徐々に変わっていくのです。
- 著者
- 朝井 まかて
- 出版日
- 2016-11-15
2014年に「織田作之助賞」を受賞した朝井まかての作品。歴史上の実在する人物、井原西鶴の娘の視点で語られる物語です。
作者の朝井まかてによれば、西鶴に関して明らかになっている史実はわずかしかなく、彼がどのように生きていたのかはわからないそう。どのような思いで物語を紡いできたのか、同じ作家として想像をめぐらせています。
娘のおあいが盲目というのもポイント。彼女は決して父親の表情を見ることはできないけれど、西鶴が書いた『好色一代男』を楽しみ、物語の世界へ想像を膨らませ、そして父親の優しさと愛情を理解するようになるのです。
読みやすくすらすらと頭に入ってくる文章なので、時代小説に苦手意識のある方にもおすすめです。
人生に疲れ、毎日をただ過ごすだけの中年男。散らかった部屋で暮らし、食事はいつも決まった店で食べ、隣人に悩まされ、毎日同じ場所にいるお爺さんを見つめています。工場で懐中電灯を組み立てたり、段ボールを潰したりして仕事をするものの、楽しいことがあるわけではありません。
すぐ近くに住んでいる女性は、彼氏が留学に行ってしまい寂しく暮らしています。最初はマメに電話をしてくれていたのに、いまでは間隔が空く一方。バイト先のトイレの鏡の前で「まだ別れていない」と自分に言い聞かせるほどです。
生きる意味がわからない。それでも人々は大阪の街で、心がぐちゃぐちゃにしながら生きていかなければなりません。そんな2人のどん底の人生に訪れるのは……。
- 著者
- 西 加奈子
- 出版日
- 2009-12-09
2007年に「織田作之助賞」を受賞した西加奈子の作品です。生きる意味を見失い、絶望のなかで日々を過ごす2人の男女のストーリーになっています。
交互に視点が切り変わり、近くに住んでいるのに交わらない2人の生活を描いているのが特徴。生きていれば必ずぶつかるであろう、困難と煩わしさに落ち込む彼らの姿に共感してしまうはずです。
西加奈子の文体は独特なものの、リズム感がよく読みやすいもの。またくすっと笑える会話や心に響く感動を与えてくれる魅力があります。ほとんど天才的と言っても過言ではないストーリーの作り上げ方で、読めば一気に惹きこまれてしまうでしょう。
人生に疲れた2人がどのような物語を生むのか。そして少しだけ力をもらえる感動のラストとは。ぜひ手に取って確かめてみてください。
「織田作之助賞」はどれも魅力あふれる作品ばかり。人と人との交わりが描かれ、時に恐ろしく、時に切なく、時に心あたたまる物語です。ぜひ受賞作を読んでみてください。