自分そっくりの女性の死体を発見した女装癖の主人公が、彼女になりすまして問題だらけの学校の教師になるというまさかの展開から始まる『でぶせん』。数々の問題を偶然解決していくという学園ギャグ漫画です。2016年には、横浜流星などがキャストを務め、Huluオリジナルドラマにもなりました。 個性の強いキャラクターやギャグに笑いながらも、しっかりしたサスペンスの筋を追うこともできる作品です。本作はスマホの漫画アプリでも無料掲載されています。
主人公の福島満は極度の肥満と低身長の青年です。過度な女装趣味がたたって多額の借金を抱えたことから自殺を決意。富士の樹海で生涯を終えようとしていたところ、偶然にも自分そっくりな女性・福島満子の死体を見つけました。
- 著者
- 朝基 まさし
- 出版日
- 2014-12-05
かくして満はミツコと名前を偽ることになるのですが、そこから奇妙なことが起こり始めます。気がつけばミツコは、満子本人が赴任するはずだった不良ばかりの帝辺高校の女教師となっていたのです。
あれよあれよという間に、学校でも最悪のクラス2年寅組の担任となって、不良の相手をするはめに。何とか強運でほぼすべての問題を解決していきますが、実はその日常の影には、本物の満子を殺害した犯人が潜んでいました。
ミツコは果たして、再び彼女を亡き者にしようとする犯人の手を逃れて、平穏な学園生活と新しい人生を謳歌することができるのでしょうか?
下ネタ、暴力シーンが見所の本作は実写化不可能と言われていましたが、地上波ではなく動画配信サービス「Hulu」のオリジナルドラマとして実写化されました。主要人物の義志沢月人を俳優・横浜流星が担当するということでも話題となりました。
原作者の安童夕馬(あんどうゆうま)はペンネームで、本名は樹林伸(きばやししん)です。1962年生まれ、東京出身の漫画原作者です。他にも青樹佑夜など複数のペンネームを持っています。
もっとも有名な作品は天樹征丸名義の作品、『金田一少年の事件簿』でしょう。樹林伸はもともとは「週刊少年マガジン」の敏腕編集者で、『シュート!』、『GTO』などを担当していました。『MMR マガジンミステリー調査班』の主人公キバヤシは彼がモデルです。
- 著者
- さとう ふみや
- 出版日
- 2004-08-04
樹林伸は出せば当たる何でも屋のヒットメーカーのような原作者です。手がけた作品はミステリーが多いですが、『GetBackers-奪還屋-』ではSFアクション、『神の雫』においてはワインを主題としたグルメもこなしました。『でぶせん』はギャグなので少々毛色が異なりますが、どの作品でも登場人物の機知や知略が光るので、読んでいて爽快感のある作家と言えます。
樹林伸と作画・朝基まさしは、本作の元になった作品『サイコメトラーEIJI』からのコンビです。
本作にはまともな登場人物はいません。一見まともに見えたとしても、後に驚くべき内面の持ち主と判明するキャラばかりなのです。
なかでも特筆すべきは主人公の福島ミツコ(あるいは満)です。警察マニアで女装癖のある23歳の男。実は彼、『サイコメトラーEIJI』の番外編で登場する準レギュラーでした。
強運で事件を解決する名物キャラで、その特性は本作でも遺憾なく発揮されます。トラブルに巻き込まれやすい体質ですが、持ち前の強運でなぜかうまく収まるのです。
ミツコは、女装癖だけでも特徴的ですが、極度の「マゾ」でもあります。妄想や夢で加虐されるイメージを見るたびに興奮してしまいます。
そんなミツコの分身ともいえるのが、本物の満子です。ミツコ自身は無自覚ですが、ミツコが満子の遺体から持ち去った指輪を媒介として、窮地に体を乗っ取って登場します。口調はおどろおどろしくなり、見た目も怖くなりますが、達人的な身体能力で暴力に対抗します。
しかし生前の満子が見た目とは裏腹に、ブサカワキャラで慕われていたというのもポイント。ミツコにとってはありがたい環境です。
また、主人公だけでなく、生徒も全員がバラエティ豊か。ヒグマのように凶暴で大柄な不良、義手の美少女、いじめを憎むあまり過激になった問題児、ヤクザの息子を名乗る凶悪な少年などなど、どのエピソードでも個性的な生徒の見所が満載となっています。
本作の7割はミツコの強運と言っても過言ではないでしょう。ミツコはあらゆる問題に頭を悩ませることなく、下手をするとそもそも問題が起こっていることにすら気づくことなく、難題を解決していきます。
見た目で誤解されていた生徒は優しい態度で改心させたり(自分の大切な持ち物を守ろうとしただけ)、火事で死にかけていたところを救出して異性として好意を持たれたり(自分の大切な持ち物を拾おうとしただけ)。
出来すぎなできごとばかりが起こり、その活躍ぶりの話には尾ひれがついてどんどん脚色され、持ち上げられていきます。この荒唐無稽っぷりが本作の魅力です。
ギャグが面白い一方で、青年漫画らしい過激な描写も多々登場します。
ミツコは着任早々、教室のドアを開けた時に斧が飛び出して死にかけます。黒板消しのノリで斧を仕込むなど、生徒の過激な悪戯にはまだギャグテイストが感じられますが、本作のバイオレンス要素はこれにとどまりません。ミツコの妄想に出てくる暴力表現はこの比ではないのです。
話の冒頭で、ミツコは自分の正体がバレる夢を見るがお決まりですが、その夢の内容が尋常ではありません。豚の丸焼きのように焼かれて下半身を食べられたり、生皮を剥がれてテーブルクロスや置物にされたり、直接的な暴力よりもよっぽど恐ろしい表現がなされるのです。
しかしミツコはそんな妄想に恐れをなすわけれはなく、決まって興奮し、絶頂に達するのです……。怖がっていいのか笑っていいのか読者を複雑な気持ちにさせる、独特の魅力があります。
本物の満子を襲った犯人……その正体は意外なほど身近な人物でした。犯人は幼少期、満子によっていじめから守られていました。しかし、中学進学と同時に満子が転校してからは再びいじめに遭い、両親が自殺するなど悲惨な人生を歩むことに。
犯人はそのすべてが満子のせいだと逆恨みしたのです。
- 著者
- 朝基 まさし
- 出版日
- 2016-09-06
犯人は帝辺高校の不良のどさくさにまぎれて再度殺害するはずが、失敗続き。しかも気づけばミツコの功績(?)で最悪のクラスは団結し、学校全体の雰囲気までも変化していました。
そこで犯人はついに実力行使を決意。ミツコをもっとも慕うクラスの四天王を拉致し、すべての始まりの地、富士の樹海へと誘き寄せるのです。
犯人の恨み辛みが積み重なり、学園ギャグ漫画のクライマックスへと突入します。肩透かしの動機に反して、手口は凶悪そのもの。おまけにミツコは満子の指輪まで失って(つまり満子の加護も喪失)、知らず知らずのうちに窮地に陥っていってしまいます。
結末にいたるまでの犯人の暗躍と、ミツコと生徒の絆は本作1番の見所となっています。
雪だるま式に膨れ上がった勘違いの結果とは言え、ミツコによってもたらされたクラスの団結力は、最後により一層強固に。感動的なラストは、ギャグのノリなのになぜかミツコ同様、涙してしまうはず。
感動のラストは、ぜひご自身の目でご覧ください。
いかがでしたか? 本作を読んでいると、不細工なはずのミツコが段々と愛らしく見えてくるから不思議です。豪快な勘違いで問題解決していく展開が面白いので、ぜひ実際にご覧ください!