時代を超えて、今なお「ミステリの女王」として君臨し続けるアガサ・クリスティ。彼女の代表作『そして誰もいなくなった』は、世界中で1億冊以上も発行され、映画化や舞台化はもちろん、オマージュ小説も多数発表されています。特におすすめの作品を厳選してご紹介しましょう。
アガサ・クリスティの長編ミステリ小説『そして誰もいなくなった』。1939年にイギリスで刊行され、日本では1955年に翻訳出版されました。
物語の舞台は、イギリスのデヴォン州にある兵隊島。絶海の孤島で、いわゆる「クローズド・サークル」ものになっています。
年齢も職業も異なる8人の男女が、島の持ち主であるオーエン夫妻に招待されるのですが、そこに夫妻の姿はありません。また8人が集められた理由も謎のままです。彼らに2人の召使いを含めた10人の登場人物が、マザーグース「十人の小さな兵隊さん」の詩になぞらえてひとりずつ殺されていく「見立て殺人」が実行されます。
内容は、謎解きやトリックを重視している「本格ミステリ」。論理性と思索性に富んだストーリーを楽しむことができるでしょう。
ここからは、「クローズド・サークル」「見立て殺人」「本格ミステリ」という特徴を取り入れた、『そして誰もいなくなった』をオマージュした小説をご紹介していきます。
主人公の遥は、日本有数の資産家から招待され、湘南に停泊する豪華クルーザー「インディアナ号」に乗り込みます。遥を含め5人の客と2人のクルーが乗船していましたが、オーナーの姿はありません。
そして、出航の夜に開かれた晩餐会で突然、そこにいる7人を殺人罪で弾劾する音声が、テープから響きわたるのです。
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
1988年に刊行された夏樹静子の作品です。海上のクルーズ船という「クローズド・サークル」もの。晩餐会の翌朝にひとりが殺害され、死者の干支を示す置物が姿を消すという「見立て殺人」が次々とおこなわれていきます。
『そして誰もいなくなった』との違いは、ヒロインが一人称で語っている点。物語自体は本家に忠実な形で進行していきます。最後に残った2人のうちどちらが犯人なのか、そのやり取りにハラハラし、ラストに待ち構えているどんでん返しにはアガサ・クリスティの別作品のオマージュも取り入れられているという巧妙さが魅力です。
作者のクリスティに対する愛にあふれた作品。最後の最後に明かされる、タイトルが「誰も」でなく「誰か」であることの真相に、あっと驚いてしまうでしょう。
都内の名門女子高の、開校100周年記念式典で、演劇部による『そして誰もいなくなった』が上演されることになりました。
ところが上演の最中に、『そして誰もいなくなった』で最初の被害者となるアンソニー・マーストン役の西田エリカが、青酸カリの入った紅茶を飲んで実際に舞台上で死亡。その後も、筋書き通りの順序と手段で、次々と生徒たちが死んでいきます。
- 著者
- 今邑 彩
- 出版日
- 2010-04-01
1993年に刊行された今邑彩の作品です。『そして誰もいなくなった』のストーリー通りに生徒たちが死んでいく「本歌取り」という手法を用いています。これは本来、和歌において有名な歌の1句または2句を自作に取り入れて作歌する方法のことで、小説にすることで存外の面白さを生んでいるのが魅力です。
ひとり目の生徒が死に、劇の上演はすぐに中止されました。部長を務める江島小雪は、顧問の向坂典子とともに犯人捜しに乗り出すことにします。しかし誰の容疑も晴れないまま、殺人は続いていくのです。
読者をミスリードさせる仕掛けが散りばめられていて、事態は二転三転。振り回されながら最後まで楽しめる一冊です。
大分県の大学でミステリ研究会に所属している7人。エラリイ、カー、ポウ、ルルウ、アガサ、オルツィ、ヴァンと、それぞれ古典ミステリ作家の名前にちなんだあだ名で呼びあっています。
3月の下旬、彼らは「十角館」という屋敷がある角島を訪れることになりました。角島は孤島なのですが、半年前に「十角館」を建てた中村青司が、自身が住んでいた青屋敷で四重殺人に巻き込まれ、焼死していたのです。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2007-10-16
1987年に刊行された綾辻行人のデビュー作にして代表作。各方面から絶賛された叙述トリックの巧妙さは、いまも色あせることはありません。
角島という孤島を舞台にした「クローズド・サークル」もの。そして十角館を訪れた大学生たちがひとり、またひとりと理由もわからないままに殺される様子は、『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせる展開です。
一方で、本土にいる元ミステリ研究会員の江南孝明のもとへは、焼死したはずの中村から「お前たちが殺した中村千織は私の娘だった」という手紙が届きます。過去の殺人事件と、現代進行形の殺人事件を、孤島と角島の2ヶ所から追う本格ミステリ小説です。
1983年。特殊な小型飛行船「ジェリーフィッシュ」を発明したファイファー教授をはじめとする技術開発メンバーの6人は、3日間の最終航行試験に臨みます。
ところが、航行中の閉鎖された艇内で、メンバーのひとりが死体となって発見されるのです。
- 著者
- 市川 憂人
- 出版日
- 2019-06-28
2016年に刊行された市川憂人の作品。「21世紀のそして誰もいなくなった」というキャッチコピーで注目され、「鮎川哲也賞」を受賞しています。
飛行船の故障により、機体ごと雪山に閉じ込められてしまったメンバーたち。「クローズド・サークル」の状況で、次々と殺人事件が起こります。そして最終的に、6人全員が殺されるという不可能犯罪となりました。
物語は、殺害の現場と、事件発覚後に捜査を進める刑事の様子が交互に描かれる構成。叙述トリックと『そして誰もいなくなった』の要素がふんだんに用いられているうえ、SFの面白さも堪能できる一冊になっています。
亜衣、真衣、美衣の三つ子の姉妹が住む家の隣に、自称名探偵の夢水清志郎が引っ越してきます。清志郎はもの忘れの名人かつ、面倒くさがりやで、マイペースな性格。とても名探偵には思えません。
ある日、三つ子と清志郎が遊園地へ出かけると、そこで事件が起こります。彼らの目の前で、不気味なピエロが空中で少女を消し去ってしまったのです。
- 著者
- はやみね かおる
- 出版日
- 1994-02-15
1994年に刊行された、はやみねかおるの児童書。大人気「夢水清志郎」シリーズの第1作です。
「伯爵」と名乗る犯人は、予告をしたうえで3人の少年少女を次々に誘拐。しかもいなくなった子どもたちは、皆それぞれに才能がある天才児です。清志郎は、警察と遊園地を運営する社長とともに捜査をしますが、犯人の正体も、消えた3人の行方もわかりません。
ひとり、またひとりと消えていく『そして誰もいなくなった』同様のミステリ要素と、本格トリックに加え、江戸川乱歩の「明智小五郎」シリーズを彷彿とさせる探偵、怪人、三姉妹など、オマージュがたっぷり。児童書ながら、大人の読者でも満足できるでしょう。
殺人は起こらず、誘拐の目的も誰もが納得できるもの。ラストはハッピーエンドで終わるので、ご安心ください。
『そして誰もいなくなった』のオマージュ作品は、作家や作品へのリスペクトが込められていて、元の名を汚すことなく、よりよいものを創作したいという挑戦意欲が感じられる物語ばかりです。読後にもう1度本家を読み直してみると、また違った発見があるかもしれません。