鉄道ミステリーといえば、ノスタルジックな昭和の空気を感じる作品群と、アガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』を思いだす人が多いのではないでしょうか。難攻不落に見えるトリックのアリバイ崩しが魅力のひとつです。この記事では、世界や日本の名作、傑作を紹介していきます。
冬のヨーロッパ各地をめぐるオリエント急行の一等車に乗り込んだ、名探偵ポアロ。車内は満席状態です。
途中、乗客のひとりサミュエル・ラチェットが、「脅迫状が来た。護衛してくれ」と依頼をしてきました。しかし彼の傲慢な態度を不快に感じたポアロは、依頼を断ります。
その後、オリエント急行は豪雪で立ち往生。そんななかで、ラチェットが刺殺されてしまうのです。
- 著者
- ["アガサ クリスティー", "Agatha Christie"]
- 出版日
- 2011-04-05
1934年に刊行された、イギリスの作家アガサ・クリスティの作品です。「エルキュール・ポアロ」シリーズの8作目で、クリスティの代表作として評価されています。映画化やテレビドラマ化もされました。
鉄道会社から依頼を受けたポアロは捜査に乗り出しますが、乗客全員には完璧なアリバイがあります。外の雪には足跡はなく、列車が止まってから乗り降りした人もいないようです。美しい列車と贅沢な旅、それにふさわしい優塾な乗客たち、密室状態での殺人事件という鉄道ミステリーの完璧な舞台が整っているといえるでしょう。
トリックはかなり大胆で、その結末は意外すぎるもの。世界で愛されている名作なので、ぜひ読んでみてください。
1957年、福岡市の海岸で、男女の死体が発見されました。男は官僚の佐山、女は赤坂の料亭で女中をしていたお時です。
地元の警察は、服毒による心中と断定しましたが、福岡署のベテラン刑事である鳥飼だけは違いました。佐山のポケットに入っていた車内食堂の伝票に、「御一人様」と書かれていたのです。
- 著者
- 松本 清張
- 出版日
- 1971-05-25
1958年に刊行された松本清張の作品です。作者初の長編小説で、本作がきっかけで彼の名が多くの人に知られることになりました。旅行雑誌「旅」に連載されていたこともあり、国鉄の黄金時代を彩った夜行特急列車「あさかぜ」や、列車時刻表を駆使したトリック、福岡、鎌倉、札幌など各地の魅力が紹介されている鉄道ミステリーです。
死んだ佐山は省内で起きた汚職事件のキーマンだったので、警視庁から三原警部補がやって来ます。鳥飼と2人で捜査を進めていくと、容疑者として料亭の常連客である安田という男が浮かびあがってきました。東京駅のホームで、福岡行きの列車に乗り込む佐山とお時を見たという安田。しかし彼には鉄壁のアリバイがあるのです。
時刻表を使ったトリックと推理主体のアリバイ崩しは、いまでも十分に楽しめるもの。日本を代表する鉄道ミステリーの傑作だといえるでしょう。
時は昭和50年代。寝台特急が一大ブームとなっています。週刊誌記者の青木は、取材と称して東京発、西鹿児島行きの寝台特急「はやぶさ」に乗り込みました。
車内で薄茶色のコートを着た美女を見つけ、思わずカメラのシャッターを切ります。食堂で再会した際に連絡先を聞こうとしましたが、女は去っていってしまいました。その後青木は、食堂にカメラを忘れたことに気付き取りに戻ると、何者かにフィルムが抜き取られています。
ヤケ酒を飲み、夜中に目を覚ました青木は、隣の個室にいる乗客が別人になっていることに気付きます。さらに時刻表を確認すると、いま自分が乗っているのは「はやぶさ」よりも1時間15分遅く東京駅を出発した、「富士」だとわかり……。
- 著者
- 西村 京太郎
- 出版日
- 2009-09-08
1978年に刊行されたトラベルミステリーの巨匠、西村京太郎の作品。累計発行部数が120万部を超える大ヒットとなっています。
青木が寝台特急に乗った翌日、彼が車内で出会った薄茶色のコートを着た女性が、多摩川で溺死体となって発見されました。西鹿児島に向かっていた寝台特急から、どのようにして東京まで運ばれたのかわかりません。ここからはテレビドラマでおなじみの十津川警部も登場し、捜査に乗り出します。
青木が寝台特急で体験する奇妙な出来事によって、一気に物語の世界に惹き込まれるでしょう。時刻表を用いた緻密ながらも壮大なトリックが見どころです。練られたプロットで文章も読みやすいので、初心者にもおすすめの鉄道ミステリーになっています。
日本の三大名探偵といわれる神津恭介の旧友で、探偵作家をしている松下研三。新作マジックの発表会に参加したところ、奇妙な事件に遭遇します。
「マリーアントワネットの処刑台」でマジックのタネとして使われるはずの人形の首が、なくなってしまったのです。その後人形の首は、ギロチンで惨殺された首なし死体のそばに転がっていました。
- 著者
- 高木 彬光
- 出版日
- 2006-04-12
1955年に刊行された高木彬光の作品。「神津恭介」シリーズを代表する本格推理小説です。
松下が遭遇した事件以降、人形の首がなくなった後に同様に人間も殺される連続殺人が起こります。名探偵の神津が捜査に乗り出しますが、犯人はさまざまなトリックを駆使して翻弄。そもそもなぜ、人形の首を切り落として殺す必要があるのかもわかりません。
作中には、夜行列車の「銀河」と「月光」が登場。何者かが線路上に人形を投げ込み、「銀河」が轢いてしまいます。その後、神津が乗っている「月光」で、人形と同様に人間が轢かれる悲劇が起こるのです。
2本の列車が絡む鉄道ミステリーで、大胆かつ予想外のトリックが面白く、読後はタイトルに込められた謎にも驚かされるでしょう。
ある日、埼玉県にある久喜駅近くの線路沿いで、銃殺死体が見つかりました。殺されたのは、労働組合との対立があった紡績会社の社長です。
列車の屋根に血痕があったことなどから、被害者は上野駅近くの陸橋から落とされ、そのまま列車に乗って久喜駅周辺まで運ばれたと考えられました。
警察は、ストライキ中だという労働組合のメンバーや、金銭トラブルがあった新興宗教などに容疑の目を向けますが、なかなか犯人の目星をつけることができません。そんななかで第2の殺人が起きてしまい……。
- 著者
- 鮎川 哲也
- 出版日
- 2013-12-05
1960年に刊行された鮎川哲也の鉄道ミステリー小説。「鬼貫警部」シリーズ初期の傑作で、「日本探偵作家クラブ賞」を受賞しました。
途中から捜査に加わる鬼貫警部は、実直にひとつひとつの可能性を潰していき、犯人に辿りつきます。そこからは怒涛のアリバイ崩し。時刻表トリックに派手さはありませんが、伏線の多さと回収の巧みさは見事で、これだけたくさんのヒントが提示されていたのかと呆然としてしまうのです。
終戦を機にすべての価値観がひっくり返り、人生までもがひっくり返されてしまう……当時の社会情勢が生み出した哀しい犯人の姿が、物語に奥行きを感じさせてくれるでしょう。
1970年に開催されることが決定した大阪万博に向けて、世の中が動いていた時。走行中のひかり66号のグリーン車で、男の遺体が発見されました。
被害者は、大手芸能プロダクションの実力者。捜査本部は、芸能プロダクションの社長同士が、万博のプロデューサー役をめぐって激しく対立していたことを突き止めます。
- 著者
- 森村 誠一
- 出版日
- 2008-05-24
1970年に刊行された森村誠一の作品です。正統派の推理小説としてヒットし、森村は本作をきっかけに本格推理作家としての道を拓きました。
敵対する芸能プロダクションのなかから有力な容疑者が浮上しますが、その人物が、被害者が乗っていた「ひかり」よりも後ろを走る「こだま」に乗っていたことがわかります。しかも車内から2度も宿泊先に電話をかけていて、確固たるアリバイがありました。時刻表トリックを見破るアリバイ崩しが見どころの鉄道ミステリーです。
後半には第2の殺人が発生。2つの事件はどのような関係があるのでしょうか。芸能界の内情も詳しく描かれていて、読みごたえのある一冊です。