日本では知らない人はいないであろう文豪・太宰治。彼の作品は映画化や舞台化されているものも多いですが、今回ご紹介する『グッド・バイ』もその1つです。2020年に大泉洋と小池栄子のW主演で映画化されました。 本作は太宰治が死の間際まで書いていた遺作といことでも有名な作品です。今回はそんな『グッド・バイ』のあらすじと魅力をご紹介、未完のまま終わった本作の結末を考察していきます。
雑誌の編集長として働く34歳の田島周二は、田舎に住まわせている妻子とは離れて暮らしています。1人で暮らす彼には、愛人を10人も囲っているという噂がありました。どうしてそれほどのお金があったのかというと、実は編集長の仕事は世間に向けた表向きの仕事で、裏では闇商売に手を出しお金を稼いでいたのです。
そうやってずいぶんと時間を過ごしてきた田島でしたが、34歳になった頃、そろそろ自分も妻子を呼び寄せ、小さな家を買って平穏な暮らしを送ろうという気になります。そのためには愛人達との関係を解消しなければなりません。
優柔不断な性格で、それでいて愛人達には自分に妻子があることを最初から打ち明けているなど妙に律儀なところもある田島の考えた策は、まさかのものでした。知り合いの文士の助言を受け、永井キヌ子という美女とウソの夫婦になるというのです。
本作は、大泉洋と小池栄子のW主演で映画化され、2020年2月14日に公開されました。太宰治というと暗いイメージがあるかもしれませんが、本作は喜劇として仕上げられているため、苦手な方にもおすすめです。
詳細は映画公式サイト、または動画でご確認ください。
2.14(金)公開『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』予告篇
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太宰治は、いわずと知れた日本の文豪です。その作品は数多く、人間の本質をつくシリアスなものから、どこか笑いを誘うコミカルなものまで様々あります。
母親が病弱だったことや、心中事件で相手の女性だけが亡くなったこと、結婚して新しい生活を始めたことなど、波瀾万丈な私生活ですが、それに呼応して、作品もシリアスだったりコミカルだったりと変化しているようです。
なかでも、『斜陽』や『人間失格』などは太宰治の人間観を表しているものだとされ、今でも名作として名高い作品となっています。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
今回ご紹介している『グッド・バイ』は、どちらかというとコミカルな作品として知られています。太宰治が死ぬ間際まで書いていた作品であることや、タイトルが「グッドバイ」であるということから、遺書だといわれることもあるそうです。
ただ、『グッド・バイ』の前に書かれていた『人間失格』も同じように遺書と言われることがあります。今となっては真実は分かりません。
『グッド・バイ』はコミカルで明るい作品で、なおかつ未完となっています。もしこれが遺書のつもりで書かれたというのであれば、太宰治は死の間際、いったい何を考えていたのだろうかと思わずにはいられません。 そんなところに思いをはせて読んでみるのもいいかもしれませんね。
太宰治の自死によって未完のまま終わってしまった本作には、登場人物はほぼ4人しかいません。ここではその4人を映画のキャストと合わせてご紹介します。
田島周二
映画では大泉洋が演じるキャラクターで、本作の主人公です。死別した最初の妻との間に娘が1人いますが、再婚した今の妻に預けて2人とは離れて暮らしています。妻子と離れて何をしているかというと、「オベリスク」という雑誌の編集長として働いていました。
しかし、実はその商売は表向き。裏では闇商売に手を出し、儲けていたのです。自由奔放で遊び人、映画では「ダメ男」と評されていますがまさにそのとおりで、欲のままに稼ぎ、遊ぶ割には性格は優柔不断。
それでいて女達にはどこか律儀なところもあって、関係は解消しようと思う割に愛人達となかなか別れることができません。そんな優柔不断な性格が、本作のドタバタ劇の発端となります。
永井キヌ子
映画では小池栄子が演じるキャラクターです。小池栄子は、舞台版の「グッド・バイ」でも同じキャラクターを演じています。
担ぎ屋という商売をしていて金にがめつく、自分が身に着けるものに対しても無頓着です。そのため普段は汚らしい恰好をしているのですが、身なりを整えると絶世の美女へと変貌するのです。
声が汚いのが玉に瑕ですが、その美しさは愛人達に身を引かせるには十分でした。個性が強く、物語を引っ張る重要なヒロインとなっています。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
文士
映画では漆山連行という役で松重豊が演じるキャラクターです。原作では文士という名前で登場します。
名前のとおり作家を生業とする男で、愛人との関係解消を考える田島に、絶世の美女を妻として愛人の前へ連れていけば、相手のほうから身を引くはずだと助言をしました。その言葉がきっかけで、田島はキヌ子と手を組むことになります。本作のキーパーソンともいえるでしょう。
青木さん
田島とキヌ子が手を組み、作戦を開始した最初の愛人です。日本橋の美容室で働いている三十路の女で、戦争で夫を亡くした身の上。厳しい生活をしていたところ、客として美容室にやってきた田島と出会い、彼の愛人となって生活費を援助してもらうようになりました。
キヌ子とは違う美人でしたが大人しい性格で、キヌ子を前にすぐに身を引くことになってしまいました。
太宰治というと、どこかシリアスで暗いイメージを持っている方も多いのではないでしょうか?しかし、『走れ、メロス』のオチなどでも有名なように、彼の作品には滑稽で明るい雰囲気の作品もあります。本作もそんな作品のうちの1つです。
そもそもストーリーの大筋が、愛人達と別れるために絶世の美女と嘘の夫婦を演じるというもの。そんな設定だけでもコミカルですし、物語を進めていく田島やキヌ子のキャラクターも、人間くさくて面白みがあります。
田島のダメ男なのにどこか律儀な感じや、キヌ子の普段は汚らしいのに着飾ると絶世の美女という部分は、キャラクターがたっており、読者に分かりやすい印象を与えるでしょう。
また、文章や台詞もテンポよくコミカルです。昔の文体なので少し慣れない部分はあるかもしれませんが、全体的に軽く、読みやすい作品となっています。「膝栗毛」を「アシクリゲ」と言い間違えるなど、キヌ子の少し抜けたところも魅力。台詞もテンポが良くて、まるでお芝居を見ているような気になれるかもしれません。
未完ではありますが、気軽に楽しく読んでみたい太宰治作品の1つです。
「家庭の幸福は諸悪の本」というのは、太宰治が『ヴィヨンの妻』で書いた言葉。その意味は、個人の幸福を優先して自分が社会的な存在であることを忘れれば様々なところで良くないことが起こる、というものです。
家庭の幸福は個人の幸福を代表するものです。しかし同時に、人は社会の中で生きる社会的な存在であり、家庭の幸福を優先するあまりにそのことを忘れてはいけないと、太宰治は考えていたのではないかと思われます。
実際、太宰治は、家庭の幸福を願いつつも、それが作家として生きる者にとってよいことかどうかと悩んでいたといわれています。
本作では、主人公の田島が、妻子との家庭の幸福を得るために愛人と別れることに対し葛藤をする場面も。彼は、自分の幸せのために愛人を捨てることに悩んでいたのです。この場面はもしかしたら太宰治が日々感じていることから生まれたものなのかもしれません。
本作には太宰治らしい言葉で、コミカルさを感じつつも思わずこれはどういうことだろう? と考えてしまう言葉がたくさんあります。
たとえば、田島は愛人達と別れて妻子と平凡で幸せな暮らしをしようと考え、そのためにキヌ子をお金でやとっています。しかし金にガメつい彼女は思っていた以上にお金がかかったのです。割に合わないと思った田島はどうにか元を取るため、同情を引くことを考えました。
そこで田島はキヌ子に言ったのが、この言葉です。
「僕が女たちと別れて、小さい家を買って、
田舎から妻子を呼び寄せ、幸福な家庭をつくる、という事ですね、
これは、道徳上、悪い事でしょうか」
(『グッド・バイ』より引用)
平凡で幸せな暮らしを望むことは決して悪いことでありません。しかし、田島の場合は、それを手に入れるためには愛人達と別れる必要がありました。それはつまり、愛人達を捨てるということでもあります。
一方の幸せを手に入れるために一方の人を捨てるという行為に葛藤する……。そんな自分を演じ、キヌ子の同情を引こうとしたのかもしれません。
田島の思惑はともかく、実際に一方が幸せになるために一方を切り捨てなければならないということは世の中に存在するでしょう。その時、何を選択することが道徳上よいことで、許されることなのか、そんなことを思わず考えてしまう名言です。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
『グッド・バイ』は、もともと朝日新聞に掲載する連載小説として書き始められました。しかし、その執筆途中で太宰治が自殺してしまい、そのまま未完となった作品です。
そのため、太宰治が本当に書こうとしていた結末は誰にも分かりません。ただ、太宰治に執筆を依頼したという朝日新聞の末常卓郎という担当編集者は、こう語っています。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
「彼が書こうとしたものは逆のドン・ファンであった。(中略)
最後にはあわれグッド・バイしようなど、露思わなかった自分の女房に、
逆にグッド・バイされてしまうのだ」
この言葉どおりだとすると、『グッド・バイ』の結末は、数々の女性を口説き落としたドン・ファンとは正反対に数々の愛人と別れを告げた田島が、これから一緒に暮らそうと思っていた女房に別れを告げられてしまうというものだったのかもしれません。
ただ、これは前述どおり、今となっては誰にもわからないことです。この作品にどんな結末が用意されていたのか、ぜひ実際に読んで考察してみてください。
2020年に公開された映画には、『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』というタイトルが付けられています。『グッド・バイ』は同名で舞台化されており、その際に上演された作品が映画版の原作となっています。
原作では田島やキヌ子など、ほぼ4人の登場人物しかいませんが、映画版では愛人役として数人の人気女優が登場するようです。また、田島と離れて暮らす女房・静江を木村多江が演じることも発表されているので、こちらも映画では重要な役割を負うことも予想されます。
また、田島周二役の大泉洋は脚本を読んだ際に「面白い!ドキドキする!」とマネージャーに伝えたそうです。そのことからも映画版の『グッド・バイ』は、コミカルで楽しく、ドキドキワクワクするようなドタバタな喜劇なのではないかと考えられます。
気になる方はぜひ、映画館へ足を運び、原作と見比べてみてください。 公式サイトや動画などでもその様子が確認できますのでご覧になってみてください。
214(金)公開『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』本予告
いかがでしたか? 太宰治は誰もが知る文豪ですが、その作品を教科書でしか知らないという方も多いかもしれませんね。また、なんとなく暗いイメージを持っている方もいるのではないでしょうか?
『グッド・バイ』は未完ではありますが、太宰治らしい面白さのある作品なので、これを機会にぜひ手に取ってみて、意外な一面をご覧くださいね。