音楽は耳で楽しむもの、と思い込んでいませんか。心が躍るようなリズムや戦慄、楽器の音色などを文章で表して展開していく小説は、身近でありながら専門的な印象があるかもしれません。今回は、音楽に詳しくない人でも読みやすいおすすめの作品を紹介します。
若手ピアニストの登竜門である、芳ヶ江国際ピアノコンクールの幕が上がりました。優勝候補は、名門校に通うエリートのマサルです。
彼に挑むのは、かつては天才少女と呼ばれながらも、精神的ショックでピアノが弾けなくなった亜夜、父親の仕事の関係で引っ越しをくり返しピアノすらもっていない塵、そして年齢制限のため最後のコンクールとなる明石の3人です。
芳ヶ江国際ピアノコンクールで優勝すると世界最高棒のコンクールでも優勝できる、というジンクスがあるため、出場者には大きなプレッシャーがのしかかります。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2019-04-10
ファンタジー、ミステリー、ホラー、青春などさまざまなジャンルの小説を手掛けることで知られる恩田陸の作品。刊行されたのは2016年ですが、連載の開始は2009年で、長期にわたって執筆していました。史上初の「直木賞」と「本屋大賞」をダブル受賞し、2019年には映画化もされています。
コンクールに挑戦する4人をはじめ、審査員など視点を変えながら物語が進んでいく群像劇です。誰が優勝するのかという結果もさることながら、彼らが背負う境遇やピアノに対する熱量は凄まじいもの。天才といわれている人だって、なんでも易々とできるわけではありません。抱えている葛藤が絡み合い、コンクールという短い期間で脱皮していくさまが、読者の心を震わせます。
ピアノの音を文字で表現するという、不可能を可能に変えたと評価を得ている作品。コンクールの臨場感と音色を体感してみてください。
恩田陸の作品を他にも読んでみたい方は、こちらの記事もご覧ください。
恩田陸おすすめ26選!代表作から最新作までジャンル別ランキング
『夜のピクニック』などで高い人気を博している恩田陸。彼女の作品は膨大な読書歴と実体験に基づいており、ジャンルは実に広範です。この記事では恩田陸の物語を、青春、ミステリーといったジャンルごとにランキング形式でおすすめしていきます。
高校2年生の外村は、学校で偶然グランドピアノの調律作業を目にし、心を奪われます。毎日を何となく過ごしていた彼にとって、人生が一変した瞬間でした。
調律師の板鳥に弟子入りを志願し、専門学校で学んで楽器店に就職。憧れだった板鳥のもとで修業を始めるのですが、なかなか思うようにいきません。調律に対する揺るぎない思いはあるものの、自分には才能がないのではと、悩み続けます。
表舞台に立つことがなくても妥協をしないという職人の世界の葛藤と、外村の心の成長を描いた物語です。
- 著者
- 宮下 奈都
- 出版日
- 2018-02-09
2015年に刊行された宮下奈都の作品。「本屋大賞」を受賞し、2018年には映画化もされました。
先述した『蜜蜂と遠雷』が、ピアニストといういわば表舞台を題材にしているのに対し、本作は裏方であるピアノの調律師にスポットを当てています。
主人公の外村は、音楽の経験がありません。そんな彼の視点からピアノの音の響きが語られるので、ピアノの経験がない読者でも同じようにその音色をイメージすることができるでしょう。
先輩の調律師やお客さんとのふれあいを通じて成長していく、ひとりの青年をゆっくりと見守る作品。淡々としていながらも優しい文章が心に染み入ります。一見、音楽とは関係ないように見えるタイトルにも、深い意味が込められているので注目です。
美しい海と、豊かな自然に囲まれた五島列島のとある島。産休に入る音楽教師の代理として島にやって来たのは、美人ピアニストの柏木ユリでした。
合唱部の生徒たちは、全国学校音楽コンクールに向けて練習に励んでいました。もともとは女子生徒しかいませんでしたが、柏木目当ての男子生徒たちが入部したことから、不穏な空気が漂います。ふざけてばかりで練習に身が入らない男子に、女子が不満を募らせるようになったのです。
そんな生徒たちに向けて柏木は、15年後の自分へ宛てた手紙を書くという宿題を出します。しかしその手紙から、生徒たちの思いもよらない境遇や過去が浮き彫りになってきて……。
- 著者
- 中田 永一
- 出版日
- 2013-12-06
2011年に刊行された中田永一の作品。多彩なジャンルの小説を執筆する乙一の別名義です。作風によって名義を使い分けている乙一ですが、中田永一として発表しているのは、恋愛や青春をテーマにしたもの。本作は、アンジェラ・アキの楽曲「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」をモチーフにしています。
自閉症の兄をもち、引っ込み思案ながらも強い信念をもつサトル、普段は明るく振る舞っていても心に闇を抱えているナズナ……中学生たちはまだまだあどけないけれど、それぞれに誰にも話せないような悩みをもち、苦しみながら生きていました。そんな彼らが合唱という共同作業をすることで、先が見えないながらも前に進んでいきます。
「大人の僕も傷ついて眠れない夜はあるけど苦くて甘い今を生きている」という歌詞も、胸に響くものがあるでしょう。彼らの歌声が、五島列島の美しい自然のなかで響く情景が目に浮かぶ、爽やかで泣ける青春小説です。
かつて音楽大学のピアノ科を目指していた優。海外で暮らしている友人から、天才ピアニストと呼ばれていた後輩の修人がピアノを弾いていた、という噂を聞いて驚愕します。
なぜなら修人は、30年前に起きたとある事件で指を失っていたから。ピアノの演奏なんてできるはずもありません。
修人が指を失った事件には、何か秘密があったのではないかと疑い始めた優。過去を思い返すと、高校時代の青春と友情、そして未解決のまま幕を閉じた殺人事件が浮かびあがってきました。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2012-10-16
2010年に刊行された奥泉光の作品です。奥泉は音楽に造詣が深く、フルートやピアノなどの演奏を趣味としていて、バンドを組んで音楽活動もしているほどです。本作はそんな彼が特に好んでいる作曲家ロベルト・シューマンの生誕200周年を記念して発表されました。
ピアニストを題材にした音楽小説なだけでなく、ミステリー要素を含んでいるのがポイント。修人の指の秘密を解くカギは未解決の殺人事件にあると考えた優は、事件の検証を始めるのです。
物語は優の手記というかたちで進んでいきます。くり広げられる音楽議論は時に学術的なほど難解なものもありますが、物語に効果的に重厚感を与えているように感じられるでしょう。後半はどんでん返しの連続で、一気に展開がスピードアップ。最後まで目を離すことができません。
音楽一家に生まれ、チェロ奏者として類まれな技術をもちながらも、第一志望だった音楽高校に落ちてしまったサトル。高慢で自意識過剰なところがあり、ソロで弾くことは得意なのに、合奏になると力を発揮することができなかったのです。創始者のひとりに祖父が名を連ねる高校の音楽科に通うことになりました。
人間関係や恋愛、そして音楽の壁に当たりながら、学校生活を送っていきます。
- 著者
- 藤谷 治
- 出版日
- 2016-06-07
2008年に刊行された藤谷治の作品。全3巻のシリーズもので、2013年には舞台化もされています。
大人になったサトルが回想する形で、高校時代の日々が語られていく構成。淡々としていながらも素直な文章が読みやすく、どこか懐かしさを感じるでしょう。それまでソロ演奏をしていたサトルが、複数人でひとつの音楽を作りあげるオーケストラを経験することで、その難解さと喜びを知っていきます。
音楽小説というよりは、音楽に打ち込む高校生たちの姿を描いた青春小説。嫉妬や軽蔑など人間くさい感情も描かれていて、ひたむきさと甘酸っぱさに心を揺さぶられます。
要所要所に解説を兼ねたセリフが挟まれているので、オーケストラに関する知識がなくても大丈夫。物語に入り込み、ぐいぐいと読み進めることができるでしょう。
昭和最後の夏。中学生のガクは、とあるロックバンドに憧れて、自分もバンドを組もうと思い立ちました。
集まったメンバーは、幼馴染でベース担当のマロと、ドラムでヒロインのリリィ、そしてギターが得意な問題児のかけるです。
文化祭で演奏することを目標に練習を始めるものの、メンバー同士の衝突は絶えません……。
- 著者
- 伊藤たかみ
- 出版日
- 2010-11-05
絵本や児童文学で定評のある伊藤たかみの作品。2005年に刊行されました。
ガクが憧れる「ガンズ・アンド・ローゼズ」は実在するバンドで、ギブソンはかけるがもっているギターのメーカー名。なぜタイトルがひらがなで書かれているのか、その理由は読めばスッキリとわかります。
バンド内ではさまざまな問題が起こりますが、何事にも本気で取り組み、ぶつかっていくガクの姿はすがすがしいもの。中学生らしい無邪気さとがむしゃらさは、日々の忙しさで疲弊している大人にとっては眩しくも見えますが、純粋な元気をもらえます。
「大人も子どもも共有できる優れた作品」を対象としている「坪田譲治文学賞」を受賞しているだけあり、幅広い年代の読者が楽しめる作品だといえるでしょう。