「事件解決の手がかりは、すべて出そろいました」という決まり文句で、真相解明の前に読者に謎解きを求める「読者への挑戦状」。今回は、読者自身が刑事や探偵になりきって作品を楽しめるおすすめの作品を紹介します。
ミステリー小説の醍醐味のひとつ「読者への挑戦状」とは、作中の探偵や警察が真相を突き止める前に、事件や犯人に関するすべての情報を提示したうえで、作者が読者に対して「謎解きをして真相を当ててごらんなさい」と問いかけるもの。
この手法を生んだのは、ミステリー界の帝王と呼ばれるアメリカの小説家エラリー・クイーンです。まずは、「読者への挑戦状」が初めて用いられた『ローマ帽子の謎』を紹介しましょう。
- 著者
- エラリー・クイーン
- 出版日
- 2011-08-31
1929年に刊行された、エラリー・クイーンのデビュー作。作者と同じ名前の名探偵エラリー・クイーンが登場し、タイトルに国名が含まれる「国名」シリーズの1作目です。
ニューヨークの劇場で、上演中に観客が毒殺される事件が起きました。被害者は、悪徳弁護士として名高いフィールドという男。犯人が劇場内にいたことは間違いありませんが、彼が身に着けていたはずのシルクハットが見つかりません。
ニューヨーク市警きっての豪腕リチャード・クイーン警視と、その息子で推理小説作家のエラリー父子が、行方不明になった帽子を探しながら難事件を解決していきます。
謎解きがされる前の終盤で「読者への挑戦状」が挿入されるのですが、この時点で犯人を当てるのはなかなか難しいもの。事件現場が劇場ということと、帽子の行方が関係するのですが……。エラリー・クイーンの作品を未読の方は、最初に読んでほしい作品です。
マジックの新作発表会で、水谷良平と京野百合子のペアは、人形とギロチンを使ったマジックを披露することになっていました。しかし大勢の観衆が見守るなか、鍵のかかった白木の箱の中から人形の首が消失してしまうのです。
その後、人形と同じようにギロチンで首を切断された百合子の死体が見つかります。発表会の場に偶然居合わせた探偵作家の松下は、友人で名探偵の神津恭介に相談をするのですが……。
- 著者
- 高木 彬光
- 出版日
- 2006-04-12
1955年に刊行された高木彬光の作品。「神津恭介」シリーズを代表する本格推理小説です。
名探偵の神津は、ワトソン役の松下と捜査に乗り出すものの、犯人はさまざまなトリックを駆使して彼らを翻弄。第2、第3の殺人が起きてしまいます。
被害者が殺害される前に、必ず人形が「殺される」のですが、その理由は一体何なのでしょうか。本書のタイトルがすでに挑戦的でしょう。
作中には「読者への挑戦状」が2つも用意されています。予想外の大トリックと、作者が巧妙に仕掛けたミスリードに引っかかることなく、真犯人を当てることができるでしょうか。
時は1979年。占星術師の御手洗潔と、友人で事件記述者の石岡和己は、43年前の1936年2月26日に東京で起きた連続殺人事件について、ある人物から調査を依頼されます。
くしくも「二・二六事件」と同じ日に起きたその事件は、画家の梅沢平吉が密室状態の自宅アトリエで殺害されたもの。さらに現場からは、6人の女性の猟奇殺人をほのめかす、恐ろしい手記が見つかっていました。
- 著者
- 島田 荘司
- 出版日
- 2013-08-09
1981年に刊行された島田荘司のデビュー作。人気の「御手洗潔」シリーズの1作目にあたります。発表から30年以上の時を経て2012年に「東西ミステリーベスト100」において3位、2014年にイギリスの新聞「ガーディアン」が主催した「世界の密室ミステリーベスト10」にて2位に選ばれた名作です。
現場に残された手記には、占星術と錬金術をもとに6人の処女からそれぞれ体の一部を切り取り、それらを繋ぎあわせて完璧な肉体をもつ「アゾート」を作り出すと書かれていました。梅沢平吉が殺害された後、実際に彼の6人の娘の死体が全国各地で発見されます。
容疑者はすでに密室で殺害されているというのに、誰が梅沢の手記を読み、そのとおりに犯行におよんだのでしょうか。
「今さら言うまでもないが、読者はすでに完璧以上の材料を得ている。また謎を解く鍵が、非常にあからさまなかたちで鼻先に突きつけられていることもお忘れなく」(『占星術殺人事件』より引用)
本作の「読者への挑戦状」は、かなり挑発的なもの。迷宮入りとなった事件の真相を、御手洗とともに暴いてみませんか?
英都大学の推理小説研究会のメンバー4人は、夏合宿として矢吹山のキャンプ場にやって来ました。雄林大学の10人、神南学院短期大学の3人と親しくなり、青春を謳歌します。
しかし合宿3日目の朝、神南学院短期大学の山崎小百合が「下山する」とメモを残して姿を消してしまうのです。
さらに突然、矢吹山が噴火。残されたメンバーは逃げようとしますが、山崩れが起きて下山することができません。そんななか、一夜明けると雄林大学の戸田文雄の死体が見つかって……。
- 著者
- 有栖川 有栖
- 出版日
1989年に刊行された有栖川有栖のデビュー作。すべての作品に「読者への挑戦状」が挿入されている「学生アリス」シリーズの1作目です。
4日目の朝に殺された戸田文雄は、「Y」というダイイングメッセージを残していました。陸の孤島と化したキャンプ場内では、その後も第2の噴火が起き、立て続けに殺人事件が発生します。
クローズド・サークルやダイイングメッセージなどエラリー・クイーンを意識した構成で、もちろん「読者への挑戦状」も挿入。本格推理小説の醍醐味がたっぷりと味わえる作品です。
1920年代のパリで活動した画家たちの総称「エコール・ド・パリ」。国籍も作風もさまざまな彼らの作品に魅入られた有名画商が、密室で殺害される事件が起こります。
謎を解く鍵は、被害者が遺した解説書「呪われた芸術家たち」のなかに隠されていました。
- 著者
- 深水 黎一郎
- 出版日
- 2011-05-13
2008年に刊行された深水黎一郎の作品。芸術とミステリーを融合させた「芸術探偵」シリーズの1作目です。
フランスを中心にヨーロッパを放浪していた、フリーターの神泉寺瞬一郎が探偵として登場。彼の伯父で刑事の海埜刑事がワトソン役です。
事件の捜査と、作中作である「呪われた芸術家たち」の論評が交互に展開する構成。エコール・ド・パリの栄華と悲劇を描いた作中作が突出して面白く、作者の学識の深さに驚かされるでしょう。
「読者への挑戦状」では、作中で海埜刑事がしてきた推理を完全否定。読者のミスリードを誘う巧妙な仕掛けが施されています。
時は天保。江戸の猫間藩下屋敷の書物蔵で、大奥の警備をする御広敷番が切腹をして死んでいるのが見つかりました。
藩主の側室である和泉ノ方は、不祥事の発覚による失脚をおそれ、御使番の藤島内侍之佑に「外部からの密室殺人をでっち上げよ」と命じます。
- 著者
- 幡 大介
- 出版日
- 2012-07-13
2012年に刊行された幡大介の作品。それまで時代小説しか書いていなかった作者が、密室、見立て殺人、館トリック、首なし死体など本格ミステリーにチャレンジしています。
内侍之佑が、徒目付の水島静馬とともに密室破りに挑戦。しかし猫間藩の国許では、不気味なわらべ歌のとおりに次々と首なしの死体が発見されます。
全体にコメディタッチで進む物語と、突然メタ展開となる構成は好みが分かれるところですが、ミステリー好きにはこの斬新さが魅力的に映るはず。挿入されている「読者への挑戦状」も大胆不敵で一風変わったものになっています。
ただ真相を知ると、巧みに張り巡らされていた伏線に驚くこと間違いなし。ラストシーンでは感動できる傑作です。
「読者への挑戦状」があるミステリーは、読者をより楽しませたいという作者のプロ意識と心意気が感じられる爽快感がともなっています。気になったものからぜひお手にとってみてください。